“册(さつ)” の例文
新字:冊
下宿(げしゆく)には書物(しよもつ)は唯(たゞ)一册(さつ)『千八百八十一年度(ねんど)ヴインナ大學病院(だいがくびやうゐん)最近(さいきん)處方(しよはう)』と題(だい)するもので、彼(かれ)は患者(くわんじや)の所(ところ)へ行(ゆ)く時(とき)には必(かなら)ず其(そ)れを携(たづさ)へる。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
私(わたくし)は丁度(ちやうど)其(その)時(とき)、何(なに)か一(ひと)つ話(はなし)を書(か)いて貰(もら)ひたいと頼(たの)まれてゐたので、子供(こども)にした話(はなし)を、殆(ほとんど)其(その)儘(まゝ)書(か)いた。いつもと違(ちがつ)て、一册(さつ)の參考書(さんかうしよ)をも見(み)ずに書(か)いたのである。
寒山拾得縁起 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
この本(ほん)が出來(でき)ましたら、木曾(きそ)の伯父(をぢ)さんの家(うち)に勉強(べんきやう)して居(ゐ)る三郎(らう)のところへも一册(さつ)送(おく)りたいと思(おも)ひます。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
それは、子供(とも)向(む)きに寫眞(しやしん)の沿革(えんかく)から撮影(さつえい)、現像(げんぞう)、燒付(つけ)の法(ほう)、それに簡單(かんたん)な暗箱(あんはこ)の作(つく)り方までを説明(せつめい)してある。たしか博文館(はくぶんくわん)發(はつ)行の少(せう)年理科(りくわ)叢(そう)書の一册(さつ)だつたかと思(おも)ふ。
一二册(さつ)手(て)に取(と)つて見(み)ると、いづれも婦人用(ふじんよう)のものであつた。宗助(そうすけ)は其(その)口繪(くちゑ)に出(で)てゐる女(をんな)の寫眞(しやしん)を、何枚(なんまい)も繰(く)り返(かへ)して眺(なが)めた。夫(それ)から「成効(せいかう)」と云(い)ふ雜誌(ざつし)を取(と)り上(あ)げた。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
太始(たいし)天元(てんげん)册(さつ)に見えて居るといふ丹天の氣、黅天(きんてん)の氣、蒼天の氣、素天の氣、玄天の氣などといふのは、天の四方及び中央に五色を配した空言なるが如く、何の特別意義も無きかと見ゆる。
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
彼(かれ)の書物(しよもつ)は女主人(をんなあるじ)が橇(そり)の中(なか)に積重(つみかさ)ねて、軒下(のきした)に置(お)いたのであるが、何處(どこ)からともなく、子供等(こどもら)が寄(よ)つて來(き)ては、一册(さつ)持(も)ち行(ゆ)き、二册(さつ)取去(とりさ)り、段々(だん/\)に皆(みんな)何(いづ)れへか消(き)えて了(しま)つた。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
假令(たとへ)その土地(とち)が、どんな山(やま)の中(なか)でありましても、そこで今度(こんど)、父(とう)さんは自分(じぶん)の幼少(ちひさ)い時分(じぶん)のことや、その子供(こども)の時分(じぶん)に遊(あそ)び廻(まは)つた山(やま)や林(はやし)のお話(はなし)を一册(さつ)の小(ちひ)さな本(ほん)に作(つく)らうと思(おも)ひ立(た)ちました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)