両掌りょうて)” の例文
旧字:兩掌
劉備青年は、錫の小壺を、両掌りょうてに持って、やがて岸を離れてゆく船の影を拝んでいた。もうまぶたに、母のよろこぶ顔がちらちらする。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
両掌りょうてをそろえて、顔をおおった。まぶたがしきりとかゆかった。坊津での傷は、ほとんどなおっていて、その跡がしわになっているらしかった。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
どもりながらそう云って、彼は両掌りょうてで、顔をおおった。感きわまって子供のように泣きだした。おさえていたものを抑えきれなくなったのだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
「誰か呼んでいるぜ」兄は立ち止ると、両掌りょうてを耳のうしろにのようにかって、首をグルグル聴音機ちょうおんきのように廻しています。
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
さらば最期ぞ、覚悟はよいか、いえばおとせは顔ふりあげて、なんの今さら未練があろう、早う早うと両掌りょうてを合わす、松もかつ散る氷のやいば……
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ただ廊下に立ち聞くおさよは、相馬中村と聞いて、危うく口を逃げようとしたおどろきの声を、ぐっと両掌りょうてで押し戻した。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
亡霊ぼうれいのようなはかなさで、あなたはまた誰にかののしられたのか、両掌りょうてで顔をおおい、泣きじゃくりながら近づいて来るのです。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
私が顔を洗っている間、彼女は私のたもとが水にれないように両掌りょうてでつかんでいた。私の脇にも客が一人いて、やはりその相方あいかたがなにかと気を配っていた。
朴歯の下駄 (新字新仮名) / 小山清(著)
……眼の中が自然おのずと熱くなって、そのままベッドの上に突伏したいほどの思いにみたされつつ、かなしく両掌りょうてを顔に当てて、眼がしらをソッと押え付けたのであった。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
忠弘の前に差出さしだして、パッと開いた女の両掌りょうては、ひどい血まめで痛々しくれ上って居ります。
と云いながら草鞋穿の足を挙げて、多助が両掌りょうてを合せて拝んでいる手と胸の間へ足を入れて、ドウンと蹴倒しまして、顛覆ひっくりかえる所を土足でふみかけ、一方かた/\の手に抜刀ぬきみを持って
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
机に両肱りょうひじをついて、あご両掌りょうてで受けて、じっと庭前をながめこんだのであります。
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
彼は、その中にはいり、すぐごろりと仰向きにねころんで、両掌りょうてを枕にした。
次郎物語:03 第三部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
「あの若者がとびこんだところから、あなたもとびこみなさい。」むすめ躊躇ちゅうちょしなかった。彼女かのじょは小さな心臓しんぞうを、両掌りょうてににぎられた小鳥のように、ときめかせながら岩のところに下りていった。
おしどり (新字新仮名) / 新美南吉(著)
あの後、私は専用の雪白せっぱく湯槽ゆぶねの中に長々と仰向きになった私自身であった。船中でも入浴ほど心の安まるものはない。私は湯にひたり、薄紅いかくの石鹸をいつまでも私の両掌りょうての中にもてあそんでいた。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
両掌りょうてで頬のあたりをこすって
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
あなたの赤むけの両掌りょうて
原爆詩集 (新字新仮名) / 峠三吉(著)
城太郎の足の裏に、自分の両掌りょうてを踏ませて、武蔵は、かなえを差し上げるように、ぐっと自分の頭上より高く彼の体を上げた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
車が路を離れた時、母衣の中とて人目も恥じず、俊吉は、ツト両掌りょうておもておおうて、はらはらと涙を落した。……
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
肩のあたりの骨が細く、服の加減で、少年のようなおさなさを見せている。何か漠然とした不安が、私をとらえた。男は、両掌りょうてを後頭部に組み、そのままうしろに寝ころがった。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
美女の頸筋くびすじは後ろから、二太刀三太刀斬られておりますが、刃物がなまくらなのか、腕が鈍いのか、とうとう切り落し兼ねたままで、その上不思議なことに両掌りょうてをしかと
そうしてこんな炭山やまの中には珍らしいお作の柔かい、可愛らしい両掌りょうての中に、日一日と小さく小さく丸め込まれて行くのであったが、それにつれて又福太郎は、そうしたお作との仲が
斜坑 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
劉備は、やむなく、肌深く持っていたすずの小壺まで出してしまった。李は、宝珠ほうしゅをえたように、両掌りょうてを捧げて
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
細い、霜を立てたように、お冬が胸に合せた両掌りょうてを、絹を裂くばかり肩ぐるみ、つかみしに左右へさばいた。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
平次の声に驚いて多勢の者が飛込んで来ましたが、死んで行く娘の命をどうする事も出来ません。平次は少し引き下がったまま、両掌りょうてを合せて静かに静かに念仏をとなえておりました。
そのまま、暫くの間、眼を閉じ、唇を噛んで、荒い鼻息を落ち付けていたが、そのうちに彼は思い出したように眼を見開いて、泥塗どろまみれになった両掌りょうてを、腰の荒縄の上にコスリ付けた。
白菊 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼は、懐中ふところ革嚢かわぶくろを取出し、銀や砂金を取りまぜて、相手の両掌りょうてへ、惜しげもなくそれを皆あけた。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
両掌りょうてでなさい、両掌で……明神様の水でしょう。野郎に見得もにもいりゃしません。」
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
伝助は両掌りょうてを合せながら、ズルズルと土間を引摺られるのでした。
両掌りょうてでシッカリと顔をおおうて、指先で強く二つの眼のたまを押えた。頭のしん乾燥ひからびたような、一種名状の出来ない疲労を覚えると共に、強く押えた眼の球の前にいろいろな幻像があらわれるのを見た。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それをお綱にいわないうちは、さすがな虎も、両掌りょうてを合すことができないふうだ。一月寺といえば、根岸の奥、誰か一走り行ってこい——イヤ、あぶないぞという者がある。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
で、両掌りょうて仰向あおむけ、低く紫玉の雪の爪尖つまさきを頂く真似して、「やうにむさいものなれば、くど/\お礼など申して、お身近みぢかかえつてお目触めざわり、御恩は忘れぬぞや。」と胸をぢるやうにつえで立つて
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
松太郎は土間に滑り落ちて、平次の前に両掌りょうてを合せるのでした。
とガッカリした啓之助、土下座の腰をのばして、いきなり三位卿へ両掌りょうてを合せた。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
で、両掌りょうてを仰向け、低く紫玉の雪の爪先つまさきを頂く真似して、「かようにむさいものなれば、くどくどお礼など申して、お身近はかえってお目触めざわり、御恩は忘れぬぞや。」と胸をじるように杖で立って
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ばばは胸に、両掌りょうてを合せて、今の自分の心のすがたを、かたちに見せた。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「仕方がない、それでは、わしの両掌りょうてに足をのせろ」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)