“くゞ”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
潜71.2%
潛23.1%
窬1.0%
濳1.0%
莎草1.0%
俛1.0%
屈1.0%
跼1.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
さて、聞(き)かつしやい、私(わし)はそれから檜(ひのき)の裏(うら)を抜(ぬ)けた、岩(いは)の下(した)から岩(いは)の上(うへ)へ出(で)た、樹(き)の中(なか)を潜(くゞ)つて草深(くさふか)い径(こみち)を何処(どこ)までも、何処(どこ)までも。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
こんな事(こと)を口(くち)にする宗助(そうすけ)は別(べつ)に不足(ふそく)らしい顏(かほ)もしてゐなかつた。御米(およね)も夫(をつと)の鼻(はな)の穴(あな)を潛(くゞ)る烟草(たばこ)の煙(けむ)を眺(なが)める位(くらゐ)な氣(き)で、それを聞(き)いてゐた。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
稍(こずえ)にのみ一團(いちだん)の葉(は)があつて、幹(みき)は丁度(ちやうど)天幕(てんまく)の柱(はしら)のやうに、數百間(すうひやくけん)四方(しほう)規則正(きそくたゞ)しく並(なら)んで居(を)る奇妙(きめう)な林(はやし)の下(した)を窬(くゞ)つたりして、道(みち)の一里半(いちりはん)も歩(あゆ)んだと思(おも)ふ頃(ころ)、一個(いつこ)の泉(いづみ)の傍(そば)へ來(き)た。
『此處(こゝ)です。』と一言(いちごん)を殘(のこ)して、先(ま)づ鐵門(てつもん)を窬(くゞ)つた、私(わたくし)もつゞいて其(その)中(なか)に入(い)ると、忽(たちま)ち見(み)る、此處(こゝ)は、四方(しほう)數百(すうひやく)間(けん)の大洞窟(おほほらあな)で、前後左右(ぜんごさゆう)は削(けづ)つた樣(やう)な巖石(がんぜき)に圍(かこ)まれ、上部(じやうぶ)には天窓(てんまど)のやうな
頭(かうべ)を囘(めぐら)せば、斷崖千尺、斧もて削り成せる如くにして、乘る所の舟は崖下の小洞穴より濳(くゞ)り出でしなり。
かの怪しき翁の舟の、狹き穴より濳(くゞ)り出しをば、われ明かに記憶せり。夢まぼろしにてはよもあらじ。
袖中抄に「裹」字をよみて、莎草(くゞ)を編みて袋にしたるをいふ也、万葉集抄には、細き縄を持物入るゝものにして、田舎の者の持つなりといへり。これらは物異なれば名義もおなじからぬにや。
多分は山沢湿地に自生する莎草(くゞ)といふ植物で其袋を製したのであらう。
薄闇い狭いぬけろじの車止(くるまどめ)の横木を俛(くゞ)って、彼方(むこう)へ出ると、琴平社の中門の通りである。
二少女 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
指を伸して居れば伸したなりに、屈(くゞ)めて居れば屈めたなりにして居なければ、一寸でも動かす為には、私は泣き顔でその痛さを堪忍ばねばならなかつた。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
弥撒(ミサ)を行ふ間は、わが心自づと強く、身も緊(しま)つて、尊い葡萄酒の輝(かゞやき)は眼に満ちわたり、聖なる御油(みあぶら)に思も潤ふが、このわが廊堂の人げない処へ来ると、此世の疲(つかれ)に崩折(くづを)れて、跼(くゞ)まるとも構(かまひ)ない。
法王の祈祷 (新字旧仮名) / マルセル・シュウォッブ(著)