首肯うなず)” の例文
この雪は先年劒へ登った時よりもかえって少ないように思われたが、地獄谷から室堂方面に眼を放つと今年の雪の多いことが首肯うなずかれる。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
「どうも文字もじのようですな。」と、巡査がみかえると、忠一は黙って首肯うなずいたが、やが衣兜かくしから手帳を把出とりだして、一々これを写し始めた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
すると、ボーイは首肯うなずいて部屋を出て行ったが、間もなく等身大のわら人形をかかえて戻って来た。藁人形には不格好に胴衣チョッキが着せてあった。
火縄銃 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
このラプンツェル物語の結びの言葉として、おあつらいむきであると長兄は、ひそかに首肯うなずき、大いにもったい振って書き写した。
ろまん灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
彼女が軽く首肯うなずくのが、私の胸の底まで泌み通った。その後で、あたりがしいんとなった。水の底へ沈んだような気持ちだった。
未来の天才 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
と軍医大佐はしきりに首肯うなずいていたが、その顔面筋肉には何ともいえない焦燥いらだたしい憤懣の色が動揺するのを私は見逃さなかった。
戦場 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
間取まどりの関係から云って、清子のへやは津田のうしろ、二人づれの座敷は津田の前に当った。両方の中間に自分を見出みいだした彼はようやく首肯うなずいた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「ああ、胸毛の生えた、柔道二段とか云う、心臓の強そうな……」と誰かが訊くと、藤本はグッと首肯うなずいて胸を張った。
十姉妹 (新字新仮名) / 山本勝治(著)
「これは好い、これはどう見てもチャボです」と首肯うなずいているので私も案外、狆の時とは違って、立派に見える方が落第ということにまずなった。
そうすると爺は恟りして、口のうちで伊之助/\と二三遍お題目でも唱えるように云っていたが、何か首肯うなずきまして
三人 (茫然、勝負を見ていたが、おきぬの声、太郎吉の声にはッとなり、顔見合せて首肯うなずき合い、討とりに向う)
沓掛時次郎 三幕十場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
私は思わず、あんな性格の兵隊がかえって戦場では強くなるんじゃないでしょうか、と訊いて見た。若い教官は何れともつかず首肯うなずいただけであった。
貞之進は貰うのが何か訳分らずに首肯うなずいて居ると、名ざしの事なり貰えと云うからは、お馴染のことゝ婢は呑込んで、すぐに向河岸へ箱丁はこやを走らせた。
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
その証拠には彼等の俳句、彼等の歳時記などを見れば誰れでもそれはそうだと直ちに首肯うなずかざるを得ないであろう。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
眼下に見下ろす半腹より以下の展望は歩一歩偉大となるのであるが、前面に見上ぐる半腹以上の形は殆んど何の変りもない。流石に大きな山だと首肯うなずかれた。
富士登山 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
お照は気まりわるに軽く首肯うなずいて見せるや否や男湯の方からは見えないズット奥の方へ行ってしまった。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
とくに二人の食事を、そうした場所へもっていったことも首肯うなずかれた。そして何かもっと大きな事件を期待して行った自分の、軽々しい恋情を見返って苦笑した。
須磨寺附近 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
田舎への土産みやげにとて、小供の玩具おもちゃを入れ置きたるに、車の揺れの余りにはげしかりしため、かくこわされしことの口惜しさよと、わざわざ振り試みるに、駅夫も首肯うなずきて
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
私はこの有様を見て、何故この家の人達が姿を隠したかが朧気ながら首肯うなずかれるように思った。この仏蘭西人はこの家の歓迎されない不意の訪問客であったに違いない。
日蔭の街 (新字新仮名) / 松本泰(著)
私は「うむ!」と、唯一口、首肯うなずくのやら、頭振かぶりるのやら自分でも分らないように言った。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
彼は感心したように首肯うなずいて警部の話を聞いていたが、だん/\と、この男がやはり、自分のことをもその鉄の鎖で縛った気で居るのではないか知らという気がされて来て
子をつれて (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
デその途中私はひと首肯うなずき、この下駄と傘が又役に立つ、駕籠にのったって何も後に残るものはない、こんな処がつつしむべきことだとおもったことがあります、マアそのくらいに注意して居たから
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
伯爵は首肯うなずいた。またしても少年は勝った。判事はますます感心してしまった。
下見用の特等券が羽根の生えたように売れたのも、さこそと首肯うなずけるのである。
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
アリスは、月経げっけいの数日前には、何日もこの程度の軽い頭痛に襲われるのが常だったので、そのことを話すと、ビリング医師も首肯うなずいて、なにか簡単な鎮痛剤ちんつうざいのような物をくれて、診察を終った。
浴槽の花嫁 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
真に首肯うなずきたもうお方の果して幾人を数え得ることやら、実は少々心細き限りではあるが、こうでもない、ああでもないの食道楽の末、いよいよという時が来たら山谷にここの板前を吟味したまえ。
残されたる江戸 (新字新仮名) / 柴田流星(著)
弱気よわきで、人間と自然とを愛せずにいられなかったドヴォルシャークは、「新世界交響曲」その他の作曲において、「人類の原始生活へのあこがれ」を描いたものとしても首肯うなずけるものがあると思う。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
一番上手かみての分を右手に提げて重みを試み、次に一番下手しもての分を試み、終に下手より二番目の首の入りし分を提げて見て首肯うなずき、そのまま提げて花道附際まで来て、左の脇に抱へ、右の手にて桶を押へ
冬子はただ首肯うなずいて見せた。自分を道具に見ている老獪で卑しい市長を悲しく思わぬでもなかった。が、わけを聴いてみれば「自分の今の境遇と今の世間」では、むしろ「光栄」であるのかも知れない。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
彼女は黙って首肯うなずいた。しばらくすると大きな溜息をいて
青い風呂敷包 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
岡本はただ、黙言だまっ首肯うなずいたばかりであった。
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
黙った花ちゃんは首肯うなずいたのである。
百合の花 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「うむ。」藤吉は首肯うなずいて初太郎へ
私はただ首肯うなずいて見せた。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「そうか。そうか。」青扇は、せかせかした調子でなんども首肯うなずきながら、眉をひそめ、何か遠いものを見ているようであった。
彼は昔の彼ならず (新字新仮名) / 太宰治(著)
柳 (渋々ながら首肯うなずく。)まったくこんな人を相手にしているのは暇潰しだ。まあ、仕方がないから、私ひとりで仕事に出ましょうよ。
青蛙神 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
満足げに首肯うなずき首肯き小高い土盛りの中央に月の光を背にして立った。今一度、勢よく軍刀のつかを背後に押しやって咳一咳がいいちがいした。
戦場 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
周平は機械的に首肯うなずいた。どうしようという意志もなければ、どうしていいかも分らなかった。また、それを考えもしなかった。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
それが間接ながらやはり今度の結婚問題に関係しているので、お延は叔母の手前殊勝しゅしょうらしい顔をしてなるほどと首肯うなずかなければならなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
例えば田舎の駅から都会のプラットホームへ這入はいり、盛装した女などを見かけ、やっぱり綺麗だね、と何気なく機関助士がつぶやくと、佐川二等兵は一応は首肯うなずいても
中禅寺湖畔では秋が未だたけなわでないのに、尾瀬沼では既に冬の領となっている訳が成程と首肯うなずかれる。
尾瀬雑談 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
それゆえ文部省から贈られた教員免許状でも七、八科程も持っていられた。かく氏の各方面に学問の深いことは高知に於て県立病院の薬局長を兼任していられた一事でも首肯うなずかれる。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
の人にはさも答えよ、妾は磯山が股肱ここうの者なり、この家に磯山のあるを知り、急用ありて来れるものを、磯山にして妾と知らば、必ずかくれざるべしとかさねて述べしに、女将首肯うなずきて
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
兼太郎は唯首肯うなずくばかり、いよいよ嬉しくて返事も出来ず涙ぐんだ目にじっとお照の様子を見詰みつめるばかりである。お照が二合罎を銅壺の中に入れる手付きにはどうやら扱いれた処が見えた。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ほとんど蘇生った心持でたゞうんと首肯うなずいた。
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
軽く首肯うなずきながら言った。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
「うん」と勇は首肯うなずく。
百合の花 (新字新仮名) / 小川未明(著)
セリヌンティウスは、すべてを察した様子で首肯うなずき、刑場一ぱいに鳴り響くほど音高くメロスの右頬を殴った。殴ってから優しく微笑ほほえ
走れメロス (新字新仮名) / 太宰治(著)
福太郎はその時にちょっと首肯うなずきたいような気持になった。しかし依然として全身が硬直しているために、またたき一つ出来なかった。
斜坑 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
一日や二日の断食は此母子このおやこに珍しくもないらしい。お杉はただ首肯うなずいて其処そこに坐ったが、にわかに思い出したように少しくことばを改めた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)