顛落てんらく)” の例文
文字通り殺人的な混みよう(デッキにぶら下がった一人が、線路わきの電柱で頭を打って顛落てんらくし、即死したのを目撃したこともあった)
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
けさがけに斬り放された浪人が、根株ばかりの泥田へ、横ざまに顛落てんらくするのを見ながら、道の上にひしめいていた人々は慄然りつぜんと色を喪った。
松風の門 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
最初、車台が海に面する断崖だんがいへ、顛落てんらくしようとしたとき、青年は車から飛び降りるべく、咄嗟とっさに右の窓を開けたに違いなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
気はあせっても技量うでの相違、意気は余っても剣技わざつたなさ! 次第次第に後退がる織江、縁まで出たが足踏み辷らせ、ドッと庭へ顛落てんらくした。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そこに埋伏まいふくの計があるとも知らず、秦明は騎虎の勢いのまま追っかけて行き、草むらの落し穴へ馬もろとも顛落てんらくした。伏兵がいたのである。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
顛落てんらくするかよりほかはないものだ——ただ、往来雑沓ざっとうの町中ででもあるというと、他の人畜に危害を与えるおそれもあるが
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
地所や家作や、現金を持たぬ者は、焼け出された日から、全生活をくつがえされて、ドン底に顛落てんらくしたのは、間々ままあった例です。
僕は顛落てんらくするやうにしてやうやくにして身を支へたが、そこは硫黄いわうさかんに噴出してゐるところで、僕の咽喉のどしきりに硫黄の気でせるのに堪へてゐる。
ヴエスヴイオ山 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
ために古高新兵衛はドウと顛落てんらく落馬したことは勿論のこと、そのまに危うく難を避け得た黒住団七が凱旋将軍のように決勝点へ駈け入りましたが、しかし
つづいて下った厳しい処罰——宗家の削封は、彼らの支藩にいたって凄愴せいそうを極めた。降って湧いたような顛落てんらくである。一万五千石は文字通り一朝の夢であった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
酔に任せっておどりいたるに突然水のおもを見入りつ、お政々々と連呼してそのまま顛落てんらくせるなりという。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
そうして、より以上にますます喜ぶロシアの顔が。——レセ・フェールの顛落てんらくとマルキシズムの擡頭たいとう
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
好奇心かうきしんからすなすべりのたに顛落てんらくして、九死一生きうしいつしやうになつたこと日出雄少年ひでをせうねん猛犬稻妻まうけんいなづまとのわかれの一段いちだん禿頭山はげやま彼方かなたから、大輕氣球だいけいききゆうがふうら/\とくだつてこと
馬から顛落てんらくした彼の上に、生擒いけどろうと構えた胡兵こへいどもが十重二十重とえはたえとおり重なって、とびかかった。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
映画が物を言うというノヴェルティに対する好奇心はほんのわずかの間に消え去ってしまうとともにあらゆる困難が続出して来て、映画芸術は高い山から谷底へ顛落てんらくした。
映画芸術 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
元々あの若い職工さんが、あやまってぼくを放送機にとりつけたのであった。だからぼくは当然今のようなみじめな境界きょうかい顛落てんらくすることは、始めから分り切っていたのである。
もくねじ (新字新仮名) / 海野十三(著)
畑に顛落てんらくして、つき指をしたり、苦心惨憺くしんさんたん、やっとの思いで妻子のもとに帰ったのだが、妻は尋常の夫の放蕩ほうとうとのんきに思いこんでいるらしく、チクチク皮肉をいうばかりか
野狐 (新字新仮名) / 田中英光(著)
顛落てんらくした——いかりに燃えた半四郎が、男を責め折檻した。
京鹿子娘道成寺 (新字新仮名) / 酒井嘉七(著)
顛落てんらくす水のかたまり滝の中
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
黒眼鏡のからだが、かにの穴だらけな黒い河砂かわすなの上に顛落てんらくすると、樫井と西村もすぐとび降りた。トム公もとび乗った。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
魔力のボタンを失った後の笠森仙太郎は、恐ろしい失敗と間違いの大連続に見舞われて、九天の上から九地の底まで、まことに凄まじい大顛落てんらくをやったのです。
という凄じい掛声が四壁に反響したと思うと、山根道雄の手から大剣がすっ飛び、その体は独楽こまのようにきりきり舞いをしながら、だあっと階下へ顛落てんらくして行った。
松林蝙也 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ひろげて二面の電報欄を指した。見ると或地方で小学校新築落成式を挙げし当日、ろうかてすりが倒れて四五十人の児童庭に顛落てんらくし重傷者二名、軽傷者三十名との珍事の報道である。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
紀昌の家にしのび入ろうとしたところ、へいに足をけた途端とたんに一道の殺気が森閑しんかんとした家の中からはしり出てまともにひたいを打ったので、覚えず外に顛落てんらくしたと白状した盗賊とうぞくもある。
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
木の根や草の芽は鎧袖がいしゅう一触であった。堅い岸べもぽこりと削りとられた。すると、辛酸した植物どもの営みは、まっさかさまであった。水は顛落てんらくするものを何でもみこんだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
それから旦那様の部屋にいって灰皿を卓子テーブルのうえから取り落し(たことにして実は指先でちょいとついたのだった)、たちまち旦那様をベッドの上から下へ顛落てんらくさせたのだった。
什器破壊業事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
なるほど、音に聞く胆吹颪いぶきおろしは怖ろしい、全く、弁信さんという人は進んでいるのだか、退いているのだかわからない、ああ、危ない、あの崖、あそこへ顛落てんらくした以上はもう助からない!
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ショックで、大きな岩が一つ、ゆっくりとその上に顛落てんらくした。
あるドライブ (新字新仮名) / 山川方夫(著)
しかしそれも、今は及ばぬこととなって、死骸となった血みどろな彼の五体は、金右衛門の足の先から、月江のあとを追って同じ谷底へと顛落てんらくして行きます。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今は人夫に顛落てんらくした昨日の案内人は、彼の傍を通るとき、うやうやしく頭をげていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
彼は母校の教授に往診してもらい、その紹介で権威といわれる医者を二人まで呼んだ、しかしそのあいだにも省吾の衰弱は急調に進み、まるで何かが顛落てんらくするように死の転帰をとった。
四年間 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
いつの間にか機首を下にした機は、次の瞬間、どどどっと奈落ならく顛落てんらくする……。
三重宙返りの記 (新字新仮名) / 海野十三(著)
最上家の没落は領主源五郎義俊が酒色にふけって政治を顧みなかったのも一つの原因ですが、その顛落てんらくに拍車を加えたのは、藩中の一部に山野辺右衛門大夫義忠だゆうよしただの擁立運動があったためでした。
十字架観音 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
一道の赤土が、岩の肌や藤蔓ふじづるや雑草の断崖を顛落てんらくして行ったあとをのぞいて
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
薄じめりの大地に顛落てんらくして、その辺は踏み荒した人間の足跡だらけ。
乱世の慣いとはいえ、一歩踏みはずすと、その顛落てんらくは実に早い。三日大名、一夜乞食ということは当時の興亡浮沈にただよわされていた無数の英雄門閥の諸侯にそのまま当てはまっている言葉だった。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)