うるほ)” の例文
倐忽たちまちひとみこらせる貫一は、愛子のおもてを熟視してまざりしが、やがてそのまなこの中に浮びて、輝くと見ればうるほひて出づるものあり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
胸のあたりを掻展かきひろげて、少許すこし気息いきを抜いて、やがて濃い茶に乾いた咽喉のどうるほして居る内に、ポツ/\舟に乗る客が集つて来る。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
朕薄徳を以て、恭しく大位を承け、志は兼済あはせすくふに在りて、いそしみて人物ひとづ。率土の浜は已に仁恕にうるほふと雖も、而も普天之下あめのしたは未だ法恩を浴びず。
君臣相念 (新字旧仮名) / 亀井勝一郎(著)
去年の秋の末にあごの外れるほど大きな口を開いて、夜露にうるほうたうまいやつをドツサリ喰べたあの御所柿も、今年は不作と見えて、花が尠かつた。
石川五右衛門の生立 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
にはひかりがあり反射はんしやがあり、そらにはいろうるほひとがある。空氣くうきんで/\すみつて、どんな科學者くわがくしやにもそれが其處そこにあるといふことを一わすれさせるであらう。
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
官符をかしこみ、忩然しようぜんとして道に上り、祗候しこうするの間、仰せ奉りて云はく、将門之事、既に恩沢にうるほひぬ。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
たか/″\そのおこぼれにうるほふに過ぎず、しかも年百年中、圧制政治の下に窒息してゐなければならぬ。
小国寡民 (新字旧仮名) / 河上肇(著)
煩雜と抵抗の刺戟から逃れて温泉地へでも行けと云つた。之等これらの默止すべからざる温情が亨一のすさんだ心にうるほひを與へた。三月の初めに東京を逃れて此地に來た。
計画 (旧字旧仮名) / 平出修(著)
遼邈之地とほくはるかなるくになほ未だ王沢うつくしびうるほはず、遂にむらに君有り、あれひとこのかみ有り、各自おの/\さかひを分ちて、もつて相凌躒しのぎきしろふ。
二千六百年史抄 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
簇々むら/\とまろがりゆく霧のまよひに、対岸の断崖は墨のごとく際だち、その上に生ひ茂る木々の緑のうるほへる色は淀める水の面なづる朝風をこころゆくばかり染めなしたり
松浦あがた (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
羅馬の貴人あてびとは我をうるほす雨露に似て、實は我をばくする繩索じようさくなりき。たのむところはだ一の技藝にして、若し意を決して、これによりて身を立てんとせば、成就の望なきにしもあらず。
赤彦君の安らかな顔貌は一瞬何か笑ふに似た表情を口脣こうしんのところにあらはしたが、また元の顔貌に帰つた。その時不二子さん以下の血縁者はかはるがはる立つて赤彦君の口脣をうるほした。
島木赤彦臨終記 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
蕩々たうたうたる空、藹々あいあいたる土、洋々たる海。和風おのづからにして、麗光十方にく。日の天にあるかくのごとく、民の仰いでうるほふかくのごとく、悠久二千六百年、祝典の今日が來たのだ。
新頌 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
泣くなお清、改めていふて聞かす事がある、少しその手を休めてくれ。よ嘉平貴様も好きで出た角力、共々に聞いてくれ。湯なり水なり欠け椀に一杯注いでくれぬかと、しづかに咽喉をうるほしぬ。
移民学園 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
其れは雨にうるほつた木立こだちでも、土の色でも、多少の涼しさでも無かつた。
秋の第一日 (新字旧仮名) / 窪田空穂(著)
お光は厭味らしく言つて、いつもの滴るやうなうるほひを眼元に見せつゝ、ツンとした風で對岸むかうの方を向いた。
兵隊の宿 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
あゝ声を揚げて放肆ほしいまゝに泣いたなら、と思ふ心は幾度起るか知れない。しかし涙は頬をうるほさなかつた——丑松は嗚咽すゝりなくかはりに、大きく口を開いて笑つたのである。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
すんほどにのびた院内ゐんない若草わかぐさが、下駄げたやはらかくれて、つちしめりがしつとりとうるほひをつてゐる。かすかなかぜきつけられて、あめいとはさわ/\とかさち、にぎつたうるほす。
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
お仲さんの酌んで出した番茶に喉をうるほして三人づれで出かけた。
二黒の巳 (新字旧仮名) / 平出修(著)
うるほすおもひよ、ここに力の
「信書の祕密ていふやないか。何んぼ郵便局かて、他人の手紙ぬすみ見するちうことあれへん。……小池はんの手紙ちうと餘計見るらしいんだすな。」と、お光はうるほひを帶びた眼を光らして
兵隊の宿 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
緑に浮びうるほへる黄金こがねのいぶき。
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
霞にうるほひ風に
若菜集 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
水の溜つたやうにうるほひの多い眼で、幼い自分の一擧一動を見守つた。
父の婚礼 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)