雑煮ぞうに)” の例文
吾輩は今朝の雑煮ぞうに事件をちょっと思い出す。主人が書斎から印形いんぎょうを持って出て来た時は、東風子の胃の中にカステラが落ちついた時であった。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
五重塔のある側に綺麗なお汁粉屋があって、そこのお雑煮ぞうにのお澄ましが品のいい味だというので、お母様は御贔屓ごひいきでした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
私は元旦に中村地平氏の家へ行き雑煮ぞうにを食べる約束であった。それから地平さんと真杉さんと私とで藤井のおばさんの所へ行き大いに遊ぶ筈であった。
篠笹の陰の顔 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
王戎簡要おうじゅうかんよう天地玄黄てんちげんこうなんぞ出鱈目でたらめ怒鳴どなり立てゝ、誠に上首尾、ぜにだの米だの随分相応にもらって来て、餅を買い鴨を買い雑煮ぞうにこしらえてタラフクくった事がある。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
腹の中が雑煮ぞうにで満たされた時分、障子の細目が明るくなって、電燈が消えるのだ。私は洋服をきせてもらって、紅白のまんじゅうをもらいに、学校へ行く。
元旦の朝のかれいには、筒井は主人といっしょの座にあてがわれ、ひじき、くろ豆、塩したたい雑煮ぞうに、しかも、廻って来た屠蘇とその上のさかずきは最後に筒井のぜんに来て
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
夜分は小麦団子を雑煮ぞうにのようにこしらえてたべる。チベットではかゆと言うて居るが、その中には肉も入って居れば大根も乾酪ほしちちも、もちろんバタも入って居るです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
そして飲みたくない酒をめさせられ、食いたくない雑煮ぞうにや数の子を無理強むりじいに食わせられる事に対する恐怖の念をだんだんに蓄積して来たものであるらしい。
年賀状 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
一家そろって、お雑煮ぞうにを食べてそれから長女ひとりは、すぐに自分の書斎へしりぞいた。純白の毛糸のセエタアの、胸には、黄色い小さな薔薇ばらの造花をつけている。
ろまん灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
朝、岩下一家はたくを囲んで雑煮ぞうにを食べていた。とどうしたはずみか、祖母の祝箸いわいばしがぽっきりと折れた。
気の早い連中は、屠蘇とそを祝え、雑煮ぞうにを祝えと言って、節句の前日から正月のような気分になった。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
なおなお幾重いくえも目出度く存じたてまつり候。相替らず拝正の儀、東西御奔走と察し奉り候。さて今朝雑煮ぞうにを食い、りきれぬ事、山亭にての如し。これ戯謔ぎぎゃくの初め、初笑々々。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
雪もよいの空、それに元日のお雑煮ぞうにおそく、十一時すぎにやっと宿を出た。一路ただ東へと。
雪の武石峠 (新字新仮名) / 別所梅之助(著)
十一時雑煮ぞうに。東京仕入の種物たねもの沢山で、すこぶるうまい。長者気ちょうじゃきどりで三碗える。尤ももちは唯三個。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
雑煮ぞうにの香が、満城にただよい、鼓の音など流れて半日すぎた。——と、ひるの頃、にわかに
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
栄子たちが志留粉しるこだの雑煮ぞうにだの饂飩うどんなんどを幾杯となくお代りをしている間に、たしか暖簾のれんの下げてあった入口から這入はいって来て、腰をかけて酒肴さけさかなをいいつけた一人の客があった。
草紅葉 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「芝居を一度や二度休んだって、まさかに雑煮ぞうにが祝えないほどのこともあるまい」
半七捕物帳:38 人形使い (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
元日と云っても相変らずの自炊生活の一人者に過ぎない、併し今年は塾の若い者に雑煮ぞうにの材料だけをこしらえさせて、それから後は例に依っての手料理で元日の朝を迎えたと云う訳だ。
朝日の影が薄く障子しょうじにさした。親子は三人楽しそうに並んで雑煮ぞうにを祝った。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
しどけなき打とけたる姿などそこともなくおもかげに浮びて、の時はかくいひけり、この時はかう成りけん、さりし雪の日の参会の時手づから雑煮ぞうににて給はりし事、母様の土産にしたまへと
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
御親戚の事とてお師匠様はお雑煮ぞうにを出すからと用意をされました。
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
台所で雑煮ぞうにの汁をつくっていた妻は訊ねた。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
雑煮ぞうにぞと引おこされし旅寝かな 路通
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
雑煮ぞうに大根だいこん 春 第一 腹中ふくちゅうの新年
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
揺らげる歯そのまゝ大事雑煮ぞうに食ふ
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
三椀の雑煮ぞうにかふるや長者ぶり
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
一夜明けるや否や雑煮ぞうにとして頬張ほおばる位のものには違ないが、御目出たい実景の乏しい今日、御目出たい想像などは容易に新聞社の頭に宿るものではない。
元日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
地獄だ、地獄だ、と思いながら、私はいい加減のうけ応えをして酒を飲み、牛鍋ぎゅうなべをつつき散らし、お雑煮ぞうにを食べ、こたつにもぐり込んで、寝て、帰ろうとはしないのである。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
そしていま方丈ほうじょうのうちで、住持とともに雑煮ぞうにを祝っていた介三郎の所までわざわざ行って
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
吹出ふきだしそうに可笑おかしい。又その和尚が正月になると大檀那だいだんなの家に年礼ねんれいに行くそのお供をすれば、坊さんが奥で酒でものんでる供待ともまちあいだに、供の者にも膳を出して雑煮ぞうになどわせる。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
彼は獄中において雑煮ぞうにを喫しつつ、その少年の日、兄と護国山麓の旧家において、雑煮を健啖したる当時を想い出し、ためにかかる天真爛熳らんまん佳謔かぎゃく善笑の文字を寄せたるなからんや。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
一年に一度のもちつき、やれ福茶だ、小梅だ、ちょろげだと、除夜からして町家は町家らしく、明けては屠蘇とそを祝え、雑煮ぞうにを祝え、かちぐり、ごまめ、数の子を祝えと言う多吉夫婦と共に
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
今はどうか知らないが昔の田舎の風として来客に食物を無理強むりじいに強いるのが礼の厚いものとなっていたから、雑煮ぞうにでももう喰べられないといってもなかなかゆるしてくれなかったものである。
新年雑俎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
考えて見ると今朝雑煮ぞうにをあんなにたくさん食ったのも昨夜ゆうべ寒月君と正宗をひっくり返した影響かも知れない。吾輩もちょっと雑煮が食って見たくなった。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
翌朝は宿で元日の雑煮ぞうにをこしらえるのに手まがとれた。
二つの正月 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
鼬の町井さんも、梅の花も、支那水仙も、雑煮ぞうにも、——あらゆる尋常の景趣はことごとく消えたのに、ただ当時の自分と今の自分との対照だけがはっきりと残るためだろうか。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「お汁粉しるこ取りましょうか、お雑煮ぞうににしましょうか。」
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
寒月君と出掛けた主人はどこをどう歩行あるいたものか、その晩遅く帰って来て、翌日食卓にいたのは九時頃であった。例の御櫃の上から拝見していると、主人はだまって雑煮ぞうにを食っている。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
雑煮ぞうにを食って、書斎に引き取ると、しばらくして三四人来た。いずれも若い男である。そのうちの一人がフロックを着ている。着なれないせいか、メルトンに対して妙に遠慮するかたむきがある。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
門の並びに黒い暖簾のれんをかけた、小さな格子窓こうしまどの平屋はおれが団子を食って、しくじった所だ。丸提灯まるぢょうちん汁粉しるこ、お雑煮ぞうにとかいたのがぶらさがって、提灯の火が、軒端のきばに近い一本の柳の幹を照らしている。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)