許婚いいなずけ)” の例文
「京師方の娘! 私の許婚いいなずけ!」——するとお粂は狂人のように、胸の前で両手を叩き合わせたが、かれた女のように口説き出した。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ほかではない、真弓殿にはあの通り立派な許婚いいなずけの夫があり、私のような者が、どんなに思ったところで末始終添い遂げられる筈も無い」
百唇の譜 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
田舎で親々が長いあいだ取り決めてあった許婚いいなずけの人をきらって北国の学校へ入っている男を慕って行った時のことなどが詳しく話された。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
君は僕の許婚いいなずけの女を僕の手から奪って、僕を不幸のどん底におとしいれた。けれど、僕はただそれだけでは君を殺そうとは思わなかった。
卑怯な毒殺 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
殿村は大方おおかたの事情を知っていた。大宅はれっきとした同村の素封家そほうか許婚いいなずけの娘を嫌って、N市に住む秘密の恋人と媾曳あいびきを続けているのだ。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
娘は片親でも鷹揚おうように美しく育って行った。いつの間に聞き込んだか、木下と許婚いいなずけの間柄だと知って、木下を疑わず頼りに思い込んでいる。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「ええええ、その方はもう——じつはまだ祝言前ですからお披露目ひろめも致しませんが、許婚いいなずけの婿も決まっておりまするようなわけで、へえ。」
わたくし伊賀屋の御主人に聞いたんです、お名まえは存じませんが、金森のお嬢さまは五年の余も許婚いいなずけでいたのに、旦那さまを
あだこ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
つまりドン・モラガスはうちのペトラと許婚いいなずけの間で、目下せっせと窓通いをやってる最中なんだが、ドン・ホルヘはそんなことは知らない。
もう許婚いいなずけのあいだがらであるくせに、あれはそのひとを目の前に置いて、この町の淫売女いんばいおんなのところへ通っておるのでございます。
ぼくは黒井さんが好きでしたし、その若禿のために、許婚いいなずけを失ったという、噂話うわさばなしもきかされているので、うたう気にはなれません。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
先夜、投網とあみ打ちに行ったとき、息子に、光丸に許婚いいなずけがあるという話をした。その許婚と、来春、結婚、仲介は友田喜造、そのことも告げた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
信頼しきっていた許婚いいなずけの又八から、ふいに受けた一片の去り状は、又八が戦場で死んだと聞くより大きな心の傷手いたでであった。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
襁褓むつきのうちから二人を許婚いいなずけにし、山崎屋から万和へ約束のしるしに鳳凰ほうおうを彫った金無垢の簪をやって、二人の婚礼の日を楽しみにしていたンです
顎十郎捕物帳:20 金鳳釵 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ずっと昔のこと、甲州の八幡村で、新作さんという若衆わかいしゅ許婚いいなずけの娘が、水車小屋から帰る時、かような苦叫をあげたことがある——最近には……
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
先妻に縹緻きりょうよしの娘を生ませたが、奥女中あがりの後妻が継児ままこいじめをするので、早くから祖母の手にひきとられ、年下のあたしの父の許婚いいなずけとなった。
夫婦ではあっても、世間に対しては単なる同棲者どうせいしゃしくは許婚いいなずけと云う風に取って貰いたいので、そう呼ばれなければナオミは機嫌が悪かったのです。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
……実は私は、女学校を卒業前後から、いつとはなしに、恭一きょういちさんと私とは許婚いいなずけ間柄あいだがらだとばかり信じて来ました。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
かたく断わったが、立斎りっさい先生(上原立斎)は娘をどうでも貰ってくれといって、他に許婚いいなずけまでしてあったのを破約して無理やり信子を押付けてしまった。
志士と経済 (新字新仮名) / 服部之総(著)
階下したの、銀行の前では、私の許婚いいなずけが事の成行きを待っているんです。まったく恥ずかしくてたまらないくらいです
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
彼女の許婚いいなずけが戦争に出掛ける時、ブランシュは、彼に留針ピンを一本贈った。彼はそれを大事に取っておくと誓った。
次郎左衛門には栃木の町に許婚いいなずけの娘があったが、そんなわけで破談となった。めかけを二、三人取り替えたことはあったが、一度も本妻を迎えたことはなかった。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
福島市の印刷会社に勤めている許婚いいなずけの良三郎は、まるでユミには冷淡で、彼女を鼻のさきであしらったうえ、二言目には、村の娘達はニュース映画も見られまいと
和紙 (新字新仮名) / 東野辺薫(著)
お前にはお梅さという許婚いいなずけがあったからしてに、父さんはお隅を家へ入れねえと言いなすったのを、お前がなんでもあの子でなくちゃならねえように言うもんだで
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その時呉侍御ごじぎょという者があって、美しいむすめを持っていたが、二度も許婚いいなずけをして結婚しないうちに夫になる人が歿くなったので、十九になっても、まだ嫁入しなかった。
陸判 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「貴女がさっき愛人アミイとおっしゃったのは、愛人か許婚いいなずけかのつもりで、おっしゃったのですか……そんな深い意味じゃないんでしょう。それなら、いろいろありますよ。」
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
その男に小滝は並々ならぬなさけを見せたが、その家には許婚いいなずけのこれも東京の跡見女学校にはいっている娘があって、とうてい望みを達することができぬので、泣きの涙で
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「まだらしいですよ。許婚いいなずけかなんかあるんでしようね。そんなことをちらつと臭わせてました」
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
瓜生ノ衛門 へえ、まことに気恥しくて申し上げにくい話なんでございますが、……実は手前……瓜生の里には四十年前に云い交した許婚いいなずけがひとり待って居るんでございます。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
私はもと甘家の弟さんと許婚いいなずけになっていたものですが、家が貧しくって、遠くへうつったものですから、とうとう音信がなくなりました、それが今度帰って聞きますと、甘の方では
阿英 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
正二という峯子の許婚いいなずけがいます。「夜の若葉」で気がおつきになったでしょうか、順助の口調。作者は順助に好感をもっているのです。情愛というものがある男として描いています。
「厭ね、横取り/\って。小宮さんの許婚いいなずけの方も聞いていらしったんでしょう?」
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ミネと同じ年の小梅さんという女は夫にめかけが出来たのが不満で離婚した。ミネの仲よしのツルエという女は許婚いいなずけだった従兄いとこの夫がいやでたまらず、とび出した。嫁のおきてにそむいた三人の女。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
「お許婚いいなずけ……?」「いや、」一葉女史の墓だときいて、庭の垣根の常夏とこなつの花、朝涼あさすずだからしぼむまいと、朝顔を添えた女の志を取り受けて、築地本願寺の墓地へ詣でて、夏の草葉の茂りにも
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、やがてその男の手に残った着物が二つに分れて一つはクララの父となり、一つは母となった。そして二人の間に立つその男は、クララの許婚いいなずけのオッタヴィアナ・フォルテブラッチョだった。
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
しかし許婚いいなずけの男の才能にたいしてはそうではなかった。ジョルジュの演奏とクリストフの演奏との間になんらの差も認めなかった。おそらくジョルジュのひき方のほうを好んでたかもしれない。
実はドクトルからも尋ねられたことやけれど、娘はんとあの上原山治という許婚いいなずけは、ドクトルが居らへんもんやさかい、こっちへ来たついでやいうて、いま九州の方かどっかへ旅行に出とるのんや。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
内気な許婚いいなずけ同士のように、真っ暗な中で手を握り合ったまま、頬と頬を触れて、半分は黙りこくって、あとの半分はおしゃべりをして。
法悦クラブ (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
で、介抱がしたかった。それに! ——とお粂は思うのであった。京都の土地に紋也様には、許婚いいなずけのお方がおありなさるそうな。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
結局あの娘のことを考えてやるのには、どうしても、海にいるという許婚いいなずけの男の気持ちを一度見定めてやらなければならなくなるのだろう。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
許婚いいなずけなんだわ、このふたりは——とそう思うと、眼の先に赤い布を見た牛のように、お露は、カッとして起ちあがっていた。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
おぬしとは許婚いいなずけ七宝寺しっぽうじのおつうさんも、俺の姉までも、みんなして、郷士の子は郷士でおれと、泣いて止めたものだ。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
勝則には、直感的に、この大学生が、光丸の許婚いいなずけの辻木要之助であることがわかった。返答に窮して、無言でいると
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
「ちょっと待って、兄さん、ここに一つ大切なことばがあるんです。聞かせてください、いったい兄さんは許婚いいなずけなんですか、今でも許婚なんですか?」
姉のエルネスチイヌは、間もなくおよめに行くのである。で、ルピック夫人は、彼女に、許婚いいなずけと散歩することを許す。ただし、にんじんの監視のもとにである。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
許婚いいなずけが待っていると言ったフランツの言葉は、大いに同情をひこうという目的のためだけであるような、もちろん許してやるべき偽りであったことがわかった。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
私は、今日耳にしたのだが、その時、錦子を絶息からよみがえらせて、四、五日保たせたのは、錦子の許婚いいなずけの人で、それから、その医師は、はやったということだ。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
妹が近々許婚いいなずけの人のところにとつぐために、母に送られて台湾へ行くことになったことだの、母の帰るまでゆっくり逗留とうりゅうしていてかまわないということだの——。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
清と美智子とは従弟同士の許婚いいなずけといったようなわけで、美智子がAの女学校を卒業すると、浜崎の家へ嫁入りする筈になっているのは、すべての人が承認しているのだ。
海亀 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
、お前の方が忘れている、わたしは、定められた許婚いいなずけの人を嫌って、お前といたずらをしたのです