落魄おちぶ)” の例文
源も万更まんざらあわれみを知らん男でもない。いや、大知りで、随分落魄おちぶれた友人を助けたことも有るし、難渋した旅人に恵んでやった例もある。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ああまで人間も落魄おちぶれるものかと思う。金銭の貧富ではない、心の落魄れようである。何か、涙が睫毛まつげにつきあげて来てならなかった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「俺の身元はちまたのベッガーでね、」すると賢夫人も気さくに笑って「えゝ/\また落魄おちぶれたらいつでも二人でおこもを着て門に立ちますよ」
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
壱岐殿坂の中途を左へ真砂町まさごちょうへ上るダラダラ坂を登り切った左側の路次裏の何とかいう下宿へ移ってから緑雨はにわか落魄おちぶれた。
斎藤緑雨 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
勝四郎つらつら思ふに、かく落魄おちぶれてなす事もなき身の何をたのみとて遠き国にとどまり、六八由縁ゆゑなき人のめぐみをうけて、いつまで生くべき命なるぞ。
げてのわびごとなんとしてするべきならずよしやひざげればとて我親わがおやけつしてきゝいれはなすまじく乞食こつじき非人ひにん落魄おちぶるとも新田如につたごときに此口このくちくされてもたすけを
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「老人の首」というのは、此処へ乞食のようにして造花を売りに来る爺さんの顔が大変いいので、段々いてみると昔の旗本が落魄おちぶれたのであった。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
その幼時のあまい記憶が大きくなつて落魄おちぶれた私によみがへつて來るせゐだらうか、全くあの味には幽かなさはやかな何となく詩美と云つたやうな味覺が漂つてゐる。
檸檬 (旧字旧仮名) / 梶井基次郎(著)
「ところで、あの足音だ、——後金あとがねゆるんだ雪駄せつたを引摺り加減に歩くところは、女や武家や職人ぢやねえ、落魄おちぶれた能役者でなきア先づ思案に餘つたお店者たなものだ」
どんなに落魄おちぶれても、盗人だけはしずに来たが、今夜という今夜あどたん場だ。ええ! どうなるものか。
お美津簪 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「どうして、あなた様ほどのお方が、これほどまでに落魄おちぶれあそばしたのでございましょう」
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
落魄おちぶれた華族のお姫様じゃと言うのもあれば、分散した大所おおどこ娘御むすめごだと申すのもあります。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私の隣りの部屋には四十を少し越したばかりの関西生れの落魄おちぶれた相場師が住んでいたが、その次ぎの室——それは奥の暗い物置に続いていた——には六十近い一人の老人が住んでいた。
運命について (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
落魄おちぶれても白い物を顔へは塗りませぬとポンと突き退け二の矢を継がんとするお霜を尻目しりめにかけて俊雄はそこを立ち出で供待ちに欠伸あくびにもまた節奏ありと研究中の金太を先へ帰らせおのれは顔を
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
ブルゴスで料理屋の給仕人として働いたこともあれば、ヴァリヤドリード付近の村で小学校の教師を勤めたこともあり、一時はアルマデンで墓地の掃除人にまで落魄おちぶれたこともあったらしい様子です。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
おい、すけ公卿くげ奉公もよいが、りに選ってお牛場の落魄おちぶ藤家とうけなどへ、なんで、物好きに住みこんだのだ。おれの主人のやしきへ来い、うまや掃除を
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ところで、あの足音だ、——後金あとがねの緩んだ雪駄せったを引摺り加減に歩くところは、女や武家や職人じゃねえ、落魄おちぶれた能役者でなきゃアまず思案に余ったお店者たなものだ」
作意でほぼその人となりも知れよう、うまれは向嶋小梅むこうじまこうめ業平橋なりひらばし辺の家持いえもちの若旦那が、心がらとて俳三昧に落魄おちぶれて、牛込山吹町の割長屋、薄暗く戸をとざし、夜なか洋燈をつけるどころ
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
このお住居すまいとても、決して三千石の殿様の御別荘とは受取れない。ほんの仮小屋のようなものとしかお見受け申すことはできない。僅かの間に、どうしてこうも落魄おちぶれなさったのだろう。
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
あ、あ、身にしみ/″\と染み入る、この平野と川のなつかしさよ。先生の言葉は伊達だてではなかった。ひょっとかしたらわたくしはこのまゝ落魄おちぶれて、川のほとりに乞食女となってしまおうかしらん。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そんな落魄おちぶれた恰好かっこうを見せたら、お嬢さんはきっとまた
初午試合討ち (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「この馬鹿、貴さまは一体、幾歳いくつになるのか。こんなにまで、世の中から落伍して、落魄おちぶれ果てた目をみながら、まだめないのか、しょうなしめ」
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お冬は武家の出で、本所に落魄おちぶれた旗本か、ごけにんの血を引いている。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ひがんで取れば、この巡礼の返答ぶりもしゃくにさわる。おれの今日こんにちの運命は自ら求めたもので、おれは落魄おちぶれても気儘きままの道を歩いているのだ、まだ神仏におすがり申して後生ごしょう願うような心は起さぬ。
落魄おちぶれた館へ帰って行った
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
佐渡は怪訝いぶかったが、まったく大坂城からのみつぎがないとすれば、落魄おちぶれた大名の末路はこうもあろうかと思わぬでもない。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こうして落魄おちぶれておいでなさることも夢のようだし、その殿様と自分が、こうして膝つき合わせて友達気取りでお話をしているのも疑えば際限がないし、美しい男に化けるのが上手だという三吉狐が
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「まったく経験がないんです、勤人なんてものは、落魄おちぶれると実に困りものだなあ。なかなか二度とは雇口くちがないし、家族はみんなあんなだし……」
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……良人たくは、落魄おちぶれてこそいますけれど、決して、他人ひと様の物を盗むなんて、そんな大それた人間じゃないとお巡査まわりさんにも私から言いましたけれど
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それが、武家同士の興亡となり、武家政治となり、今の平家の全盛になってからは「落魄おちぶ藤家とうけ」とあざけられて、面影もない存在になってしまった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「紀州の本山にいた頃の友だちなので、いやな顔もできぬが、ひとの顔さえ見れば無心、浪人しても心までああ落魄おちぶれてはさむらいの仕舞いじゃなあ」
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
命じられて、おれの隊にともなって来た男がある。……これも、名家の子だが、いちど落魄おちぶれて出直した男だから、少々、骨ぐみができておる。会ってみるか
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「平家といえば、平家のはしくれでも嫁に来てがあるが、落魄おちぶれ藤家の、それも、御所の書記などの小役人へは、今の女性おんなは、嫁にも来ないからなあ」とかこった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
したがおん身達は、落魄おちぶれてこそおれ、新免伊賀守様の旧臣、藩士の上に坐りなされたお人達じゃ。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「下手人は辻風典馬てんまだと、世間であんなにいっているのが、おまえの耳には聞えないのか。いくら野武士の後家でも、亭主のかたきの世話になるほど、心まで落魄おちぶれてはいない」
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「では、落魄おちぶれ果てて、今浜のあたりで、何か貧しい生業なりわいでもしておりましたか」
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とはいえ、今は亡びたりといえ、旧主新免家の代々よよの御恩も、忘却してはならぬ。——なおなお、われらこの地に流浪の日には、落魄おちぶれ果てていたことをも、喉元のどもとすぎて、忘れては身に済まぬ。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
討伐した土地の所領は、すべて将軍義昭よしあきに返した。すこしも私しなかった。特に——落魄おちぶれた義昭にいて、多年、節義を曲げなかった旧臣たちへは——その配分を重くしてやるように計らった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「めっそうもない。てまえは、しがない落魄おちぶ商人あきゅうど、棒術などは」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)