竿ざお)” の例文
それが、ほそいつり竿ざおを何十本もそろえたような口ひげを、左右にピンとのばして、ほら穴のような大きな口をあいて、笑っているのです。
虎の牙 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
六尺棒や物干し竿ざおを持ち出す者があり、番小屋へ走ってゆく者があり、女房はその人たちに護られながら、なお人殺しだと叫びたてていた。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
たぶんだめだろうとは思ったが、試みに物干し竿ざおの長いのを持って来て、たたき落とし、はね落とそうとした。しかしやっぱり無効であった。
簔虫と蜘蛛 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
だが、小次郎の体は、モチ竿ざおに着いた小鳥のように、槍柄やりえの下に添って、五郎次のふところへそのまま、つけ入って行った。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
天道花てんとうばなまたは高花たかはななどと称して、竹竿ざおの頂に色とりどりの花をわえて立てるなども、もちろん仏者は我が信仰によって理由を説こうとするが
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ふと葉子は目の下の枯れあしの中に動くものがあるのに気が付いて見ると、大きな麦桿むぎわらの海水帽をかぶって、くいに腰かけて、竿ざおを握った男が
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ある時、算術の時間中、私は退屈して、蜻蛉が、とりもち竿ざおでたたかれる時の痛さというものについて考えつづけた。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
そのなかでは朝から晩までから竿ざおの音がいそがしく鳴りひびき、つばめや岩つばめが軒端のきばをかすめて飛び、さえずり、屋根の上にははとがいく列もならんで
そしてそれを珍重がっていた。虎やんまは往来を低く飛んできて、たちまちのうちにもち竿ざおの陣を突破してしまう。虎やんまの出るのはおもに日盛りの時分である。
秋の赤蜻蛉、これがまた実におびただしいもので、秋晴れの日には小さい竹竿ざおを持って往来に出ると、北の方から無数の赤とんぼがいわゆる雲霞うんかの如くに飛んで来る。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それは屋根裏の窓で、防寨ぼうさいの少し外にある七階建ての人家の屋根上になっていた。蒲団は斜めに置かれ、下部は二本の物干し竿ざおに掛け、上部は二本の綱でつるしてあった。
家の中で釣り竿ざおを担いでいるさえあるに、その挨拶がまた、恐ろしくサッパリしたものだ。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
城址しろあとびた沼に赤い夕日がさして、ヤンマがあしこずえに一疋、二疋、三疋までとまっている。子児こどもが長いもち竿ざおを持って、田の中に腰までつかって、おつるみの蜻蛉とんぼをさしていた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
ときに、己の最も貴重せる大切の釣り竿ざお一本を海岸に忘れて帰りしを発覚し、その紛失せんことを恐れしも、夜中のことなれば海岸までたずねに行くこともできず、そのまま臥床がしょうした。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
年とった女の人たちは戸口とぐちにすわって、紡車つむぎぐるまをつかわずに、ただ一本の糸まき竿ざおで、糸をつむいでいました。商店しょうてんは、ちょうど露店ろてんのようなぐあいに、通りにむかって開いていました。
二間も三間もある長い竹竿ざおを秋晴の空に差しあげて、まぶしい眼をしかめて柿の実をちぎるだけでも相当の技量がるのに、あのならとねらってちぎったものに滅多に渋いのは無かった。
かき・みかん・かに (新字新仮名) / 中島哀浪(著)
「それじゃ竿ざおはどうします?」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
剣は三尺に足らずといえども物干ものほ竿ざおより勝りましょう。お館には勿体ないものに美々びびしい衣裳を着せてお用いではある
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
木部の顔は仮面のように冷然としていたが、竿ざおの先は不注意にも水に浸って、釣り糸が女の髪の毛を流したように水に浮いて軽く震えていた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
すぐ裏の冬田一面には黄金色こがねいろの日光がみなぎりわたっている。そうかと思うと、村はずれのうすら寒い竹やぶの曲がりかどを鳥刺し竿ざおをもった子供が二三人そろそろ歩いて行く。
病院の夜明けの物音 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ここに、きぬかけの松といって、名木になっている、いっぽんの木がある。下枝が一本、物ほし竿ざおのように横一文字に伸びて、地上三尺ばかりのところを、長く突き出ているのである。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
没義道もぎどうに頭を切り取られた高野槇こうやまきが二本もとの姿で台所前に立っている、その二本に竿ざおを渡して小さな襦袢じゅばん
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
時々、竿ざおの着物を手で触ってみる。陽が強いのですぐ乾きそうに思われたが、なかなか乾かないのである。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
物干ものほ竿ざおで追い廻された猫のように、逃げ口の度を失ッて、あッちこッちを駆け廻ッておりましたが、例の馬春堂が封じられた暗剣殺の建物のうしろまで来ますと
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あなたとはずいぶん口喧嘩げんかをしましたが、奥さんができたらずいぶんかわいがるでしょうね、そうしてお子さんもたくさんできるわ。そうして物干し竿ざおにおしめがにぎやかに並びますわ。
ドモ又の死 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その先へかかった敵は、ちょうどモチ竿ざおにとまった蜻蛉とんぼのように、退く間も交わす間もなかった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
剣道は卜伝ぼくでんの父塚原土佐守つかはらとさのかみ直弟子じきでし相弟子あいでしの小太郎と同格といわれた腕、やり天性てんせい得意とする可児才蔵かにさいぞうが、それとはもつかぬもち竿ざおをかついで頭巾ずきんそでなしの鳥刺とりさし姿。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
才蔵は新参者しんざんものの身にすぎた光栄と、いさんでその夜、こっそりと鳥刺とりさ稼業かぎょうの男に変装へんそうした。そしてもち竿ざお一本肩にかけ安土あづちの城をあかつきに抜けて、富岳ふがくの国へ道をいそぐ——
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
窓いっぱいに銀河あまのがわだ。その星の色を吹きこぼすような風が、秋のあわただしさを跫音にもって、灯のない部屋の二つの寝顔をでて通りぬける。裏の物干ものほしで干し物竿ざおが、からからと鳴る。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だが、お通が今いる所は、漁師りょうしの家ではなく、そこらの松の枝や干し竿ざおに、かけ渡してある藍染あいぞめの布を見ても直ぐ知れるように、飾磨染しかまぞめと世間でよぶ紺染こんぞめを業とする小さい染屋の庭にいるのだった。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)