ばた)” の例文
行燈あんどんが一つ、あがばたに置いてあるだけで、そこらはうす暗い。その半暗はんあんを乱して、パッ、奥の廊下を渡って来た風のような人影がある。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
しかしそのうちうちの外側を七分通りまわって、ちょうど台所の裏手に当っている背戸せどの井戸ばたまで来ると、草川巡査はピタリと足をめた。
巡査辞職 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そこから広小路ひろこうじへ出るところに、十三屋という櫛屋くしやがあって、往来ばたに櫛の絵を画いた、低くて四角な行灯あんどんが出してありました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
新堀ばたに龍宝寺という大きい寺がある。それが和泉屋の菩提寺で、その寺参りの帰り途にかの大鯉を救ったのであると、梶田老人は説明した。
(新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
といったのは兄にあたる武士で、莞爾かんじという言葉にうってつけの笑いを、その口ばたに漂わせたが、鈴江の話の後をつづけた。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
……まことに不思議な、久しく下草の中に消えていた、街道ばたの牡丹が、去年から芽を出して、どうしてでしょう、今年の夏は、花を持った。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と口には申しましても、玄石が腰を掛けてあがばたへ、べったりと大きなおいどえて居りますから、玄石が上りたくも上ることが出来ません。
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
鹿子木氏はぶつ/\つぶやきながらかはばたを下つて来ると、やつと二三本舞妓まひこのやうな恰好をしたのが見つかつた。
それとは心づかない君江は広小路ひろこうじの四辻まで歩いて早稲田わせだ行の電車に乗り、江戸川ばたで乗換え、更にまた飯田橋いいだばしで乗換えようとした時は既に赤電車の出た後であった。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
するとあの大地震おおじしんで、——忘れも致しません十月の二十八日、かれこれ午前七時頃でございましょうか。私が井戸ばた楊枝ようじを使っていると、妻は台所で釜の飯を移している。
疑惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「どんなことって、まるで裏長屋のばばあが井戸ばたでグズるのとことなったことはないさ」
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
私は時に高畑の東にある新薬師寺しんやくしじまで散歩した。その途中で数人の知友に出遇であったりもした。あるいは夕日の暑さにろけた油絵具のかすが、道ばたの石垣に塗りつけられてあったりする。
仲間の子供たちが声をそろへてわめき出したので、お涌も井戸ばたから離れた。
蝙蝠 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
ヨーイトマイタ——と深川の道路ツばた
都会と田園 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
代助は堀ばたた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
もつぱらとなし料理屋旅籠屋兼帶けんたいなり因て間毎々々まごと/\にはとまきやくあり又一時の遊興いうきように來る客も多く殊の外繁昌はんじやうなる見世なれば長兵衞も心の中に是は聞しにまさる家のかゝりかなと思ひながら内へ入コリヤ長八荷物は此處へおろすべしヤレ/\草臥くたびれしと云つゝ上りばたに腰を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ほれた弱味——でもあるまいが江戸の姐御あねごだ。左膳を見あげたお藤が、ひとすじ血をひいた口もとをにっことほころばせると、一同顔が上がりばたへ向いた。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ただあぜのような街道かいどうばたまで、福井の車夫は、笠を手にして見送りつつ、われさえ指すかたを知らぬさまながら、かたばかり日にやけた黒い手を挙げて、白雲しらくも前途ゆくてを指した。
栃の実 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そのうちにいろいろの小名こながありますが、これから申し上げるのは小日向の水道ばた、明治以後は水道端町一丁目二丁目に分かれましたが、江戸時代にはあわせて水道端と呼んでいました。
半七捕物帳:55 かむろ蛇 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
鹿子木氏は精々ひまをこさへては、かはばたへ出掛けて往つたが、格別急がうともしないで、のつそりとしてゐるので、その画が出来上つたのは、写生を始めてからちやうど三十日ばかり経つてゐる頃だつた。
くだん大崩壊おおくずれの海に突出でた、獅子王の腹を、太平洋の方から一町ばかり前途ゆくてに見渡す、街道ばたの——直ぐ崖の下へ白浪が打寄せる——江の島と富士とを、すだれに透かして描いたような
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)