みつ)” の例文
と両手に襟を押開けて、仰様のけざま咽喉仏のどぼとけを示したるを、謙三郎はまたたきもせで、ややしばらくみつめたるが、銃剣一閃いっせんし、やみを切って
琵琶伝 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
法水は怪訝けげんそうに相手の顔をみつめていたが、「しかし、本当の事を云うんですよ。伸子さん、あの札はいったい誰が書いたのですか」
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
でも、取り澄ました気振りは少しも見えず、折々表情のない目をげて、どこを見るともなくみつめると、目眩まぶしそうにまた伏せていた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
博士は淡々としてごく無造作に話しているのであったが、聞いている一同は今度ばかりはへたばることも忘れて博士の顔をみつめていた。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
小波さざなみ一つ立っていなかった。じっとみつめていると、伝説にある龍がその底にいて、落ちて来る私を待ち構えているように思われた。
その男は眠たそうな(しかし少しも紛れのない)眼でこっちの背中をみつめながら、迷いも焦りもない、拾うような足どりで、跟けて来る。
夕靄の中 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
『先生にしたところで、』と、お利代は智惠子の顏をマヂマヂとみつめ乍ら、『怎うせ、御結婚なさらなけれやなりませんでせうし……。』
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
扉のところに朦朧と立ちすくんで怯えきつた眼付をしながらこつちをボンヤリみつめてゐるのは、泥棒ではなく父親の蒲原氏その人であつた。
逃げたい心 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
若い女は、編物細工を眺めた時と同じように情感の死んだ下膨れの顔をきっと上向け、唇一つ動かさず廻転するフィルムをみつめていた。——
茶色っぽい町 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「いえ、なに、私は脳が不良わるいものですから、あんまり物をみつめてをると、どうかすると眩暈めまひがして涙の出ることがあるので」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
彼女は驚いて、私をみつめた。「母さん!」彼女は叫んだ、「女の人がこのおかゆを呉れと欲しがる女の人がゐるのよ。」
この踊子も小趨こばしりに彼らの箱へ来ると、これはイレーネとは違い、いきなり真近く梶の傍へぴたりとりよって来て、じっと彼の顔を正面からみつめた。
罌粟の中 (新字新仮名) / 横光利一(著)
格子越しに見える桜樹の下の犬小屋をみつめながら自分の上京が取り返しのつかない失敗のようにも考えられたのだ。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
「どうもありがたう。」と綾子は答へたけれどそれを凝とみつめた儘、手を触れやうともしなかつた。綾子は辛うじて涙のこぼれさうになつたのを圧へた。
秋雨の絶間 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
ほとんど幾十という人間の顔が藪地ジャングルから私達の方を瞬きもせずにみつめている。それは確かに人間の顔だ。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
夕闇の色を吸いこんで静まりかえった蓮池の面をみつめ、豹一はいつまでも境内にいた。和尚は檀家へ出かけた。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
山本氏はその掌をじっと眺めていたが、ゆっくりと顔をあげると、異様に光る眼差しで槇子の眼をみつめながら
キャラコさん:01 社交室 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
机の上に届いたばかりの二通の手紙にはちょいと視線を落したばかりで、それを手にとるでもなく、いま薬の包紙を開いたままコップに盛られた水をジッとみつめた。
仙人掌の花 (新字新仮名) / 山本禾太郎(著)
彼は同じ食卓に就いて居る一人の年増としまの貴婦人を凝乎じっみつめて居た。美人であるからばかりではない。
乗合自動車 (新字新仮名) / 川田功(著)
彼女は、自分の腕にいつくこともあった。と、そこにパッとにじみだして開いてくる命の花のはなやぎを、どんなふうに色に出したら写せるかと、みつめながらさじをなげた。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
と茶盆を持って来た亭主は、編笠をとった浪人の顔を見て、しばらく茶も渡さずみつめて
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ギルは呆れたような様子で相手の顔をみつめていたが、何と思ったか黙って後を追った。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
断乎だんことして云い放った赤羽主任の顔を、事情の判らない一同は不審そうにみつめた。
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
暫らく凝乎じっと彼女をみつめ続けて居ると彼女は時折眼鏡の懸具合が気になるらしく真白い指先で眼鏡の柄をいじくるのでありますが、——それは間違い無く眼鏡の故障を立証する所作であって
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
忠太郎 (お登世をみつめる)よく似ているなあ。(懐しげに振り返りつつ去る)
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
彼の眼に映ツた豊艶ほうえんな花は少しづつ滲染しみが出て來るやうに思はれるのであツた。おふくろは迂散うさんらしい顏で、しげ/″\周三の顏をみつめてゐた。間も無くお房は銭の音をちやらつかせる。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
ミハイル、アウエリヤヌヰチとハヾトフとは呆氣あつけられてみつめてゐた。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
近代にあつて、このむしの状態に陥らないためには、人は鈍感であるか又、非常に所謂「常に目覚めてあれ」の行へる人、つまりつねに前方をみつめてゐる、かの敬虔な人である必要がある。さて
我が生活 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
と、重ねていうと、闇太郎は、にこりともせずみつめたまま
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「またやんちゃんが始まるな、」と哲学者は両手でおとがいを支えて、柔和な顔を仰向あおむけながら、若吉をみつめて剃立そりたてひげあとで廻す。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかし、熊城の苦笑は半ば消えてしまい、側のルキーンを魂消たまげたようにみつめていたが、やがて法水の説明を聴き終るとかたちを作って
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
お庄が笑い出すと、女はマジマジその顔をみつめて、「いやだよ、お前さんは、真面目に聞かないから。」と、煙管きせるをポンとたたいた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そうするとあれはとばりの向うに瞬いている星をみつめて、にこにこと嬉しそうに聞きながらやがてスヤスヤと眠りに就いていたのです。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
つくづくと鏡の面をみつめたが、半揷の水面に写ったのと少しの違いもない、「慥かにこれはおれだ、——が、これは決しておれの顔じゃない」
評釈勘忍記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
醜い乞食の女は、流れた血を拭かうともせず、どんよりとした疲勞の眼を怨し氣にみはつて、唯一人殘つた私の顏をじつみつめた。私も瞶めた。
二筋の血 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
×、××××××××××××××××××××××××××××××。××××××をじっとみつめながら、まだかまだか××××××××××。
眠りにくい夜を過した杉子は沈んだ顔つきでただ腐っている美津子の顔をじっとみつめた。クラスのなかは今朝になってすっかり二つにわれてしまった。
杉子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
妹が讀んでゐるのを顏を上げて聞いてゐた、も一人の少女は、光をみつめながら今讀まれたところを繰り返した。後日、私はこの言葉も本も知つたのであつた。
複雑な思想が瞳の奥で奔湍ほんたんのようにきらめき、やがて一束の冷徹な流れとなって平一郎をみつめるのである。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
思わず深い溜息ためいきが漏れた。して今一度眼をみはって彼女をみつめた。依然彼が後を跟けて来たの美人以外の誰でもない。余りのなさけなさに涙が腹の中で雨の様に降った。
偽刑事 (新字新仮名) / 川田功(著)
豹一は側に寝そべっていたが、いきなり、つと起き上ると、きちんと両手を膝に並べて、村田の顔をみつめ、何か年齢を超えていどみかかってくる視線だと、村田は怖れ見た。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
キャラコさんが、かけすをみつめているうちは、止り木の上でじっとしているが、眼をそらしたり、うつむいて抽斗に手をかけたりすると、頭を眼がけてはげしく突進してくる。
キャラコさん:06 ぬすびと (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「たゞ、斯うしてゐるだけだよ。」と彼は、蛙のやうに凝つと無表情で相手をみつめた。
昔の歌留多 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
目覚めにそれをみつめてゐる数分のあひだ、然し草吉の心に湧き起るものは不快でもなければ恐怖でもなかつた。全てがひとえに静寂であつた。それを包む全ての心が無のやうであつた。
蒼茫夢 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
また何うかすると立停ツて人の顏をみつめながら、ヒヨイヒヨイ泥濘をわたツて行く……さもなければ、薄汚ない馬が重さうに荒馬車を曳いてヒイ/\謂ツて腹に波を打せてゐるのが眼に映る。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
ミハイル、アウエリヤヌイチとハバトフとは呆気あっけられてみつめていた。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
やや久しくじっとみつめていた新九郎は、梢を洩るる月光が、女の顔に揺れ動いた刹那、さっと色をかえて、なおも眸をこらしている。と同じように、由良の伝吉も、息をのんで見透かしていた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
帆村は、興味ありげな顔付で、じっと水牛仏が、右へ払った青竜刀をみつめた。帆村は、その青竜刀が、高さからいうと、ちょうど、人間の首の高さにあり、その刃は水平に寝ているのが気になった。
鬼仏洞事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
修験者はじっとその顔を鋭い目付きでみつめたが、ウムと深く頷いて
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
支配人は呆然として先に立ったA嬢の顔をみつめていたが
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)