眼差まなざし)” の例文
平次は娘の眼差まなざしに誘はれるやうに、默つて枕近く膝行ゐざり寄りました。顏半分包んではありますが、この娘の美しさはまさに拔群です。
それを描き出したのは、往来で出会った一つの眼差まなざしだったか、荘重な歌うような一つの声の抑揚だったか、それを彼は覚えなかった。
ひげの中の一握りの束をしごき、絨毯じゅうたんの上に眼差まなざしを投げていたが、どうもちょうどKがレーニといっしょにころがった場所らしかった。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
私は彼等の見交みかは眼差まなざしを思ひ起す。そしてその光景によつて起された或る感情さへも、この瞬間、私の記憶によみがへつてるのであつた。
執着の強い大陸人の眼だ。あまり気味のいゝ眼差まなざしとは云はれない。もう拡大鏡なぞを使はず、所蔵の印を細かくしらべたりもしない。
南京六月祭 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
けちけちした彼の眼差まなざし紙片かみきれだの鳥の羽毛はねだのといったものに向けられて、そんなものばかり自分の部屋に寄せあつめているのである。
「知らないわ。今来たばかりですもの。もう、大きい方でしょう、年の……」と夫人はからかうような眼差まなざしで、木賀を見上げた。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
半眼にひらいた眼差まなざしと深い微笑と、悲心の挙措は、一切を放下せよというただ一事のみを語っていたにすぎなかったのである。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
俺は悲しい眼差まなざしで女をみた。が、女は笑おうともしなかった。俺は遂に、うまうまと欺かれた俺を知った。泣きも泣けもしない気持であった。
苦力頭の表情 (新字新仮名) / 里村欣三(著)
憂愁をたたえた清らかな眼差まなざしは、細く耀かがやきを帯びて空中を見ていたが、栖方を見ると、つと美しい視線をさけて外方そっぽを向いたまま動かなかった。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
その間も、師の蒲衣子ほいしは一言も口をきかず、鮮緑の孔雀石くじゃくいしを一つてのひらにのせて、深いよろこびをたたえた穏やかな眼差まなざしで、じっとそれを見つめていた。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
小野 (いよいよ不気味そうに石ノ上の眼差まなざし詮索せんさくして)石ノ上!……どう云うことなんだね、一体、君の云うその「あんなあな」とか云うのは?
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
庄造は又、リヽーが始めてお産をした時の、あの訴へるやうなやさしい眼差まなざしを、忘れることが出来ないのであつた。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
溢れる様な慈愛に満ちた眼差まなざしでセカセカと娘の方を振返っては、「そんなに障子を明けると風邪を引くよ」とか、「さあ、お客様に汽車のお話でも聞くがいいよ」
とむらい機関車 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
彼は坑夫独特な、まばゆいような、黄色ッぽくつやのない眼差まなざしを漁夫の上にじっと置いて、黙っていた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
刑事部長と捜査課長とは、非難をこめた眼差まなざしで、無言のまま明智の顔を見つめるばかりであった。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その悲愴ひそう眼差まなざしの中には、不可能事から来る眩暈めまいと閉ざされたる楽園とに似た何かがあった。
袖口を持ちそえてを胸に押しあてる嬌姿、自由にしないそうな綺麗な指、頸筋の荒れた皮膚、瞬間に燃え立ったり消えたりする、而も押しの強いその眼差まなざし、そしてその底の
操守 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
それは、病んでゐるが、いつも私の中に生き生きとして存らへて居り、今かの女の眼差まなざしを一ぱいに天の方へ、すべての変貌の行はれるかの処へと廻らして居る一人の女にである。
「われ等を喚び起したまえ、われ等よりバッコスの祭を作りたまえ。」凡そ生きとし生けるものは彼を慕い、言葉は出さねども、彼の眼差まなざしをうち見つめつつ、かくは叫んだのだ。
遠野が微笑ほゝゑみながら彼の肩を叩いた。その意味あり気な眼差まなざしを見ると彼は一層苛立つた。
静物 (新字旧仮名) / 十一谷義三郎(著)
ぼんやり水平線を見てゐるやうな眼差まなざしで、ぶらぶら歩いた。落葉が風にさらはれたやうに、よろめき、資生堂へはひつた。資生堂のなかには、もう灯がともつてゐて、ほの温かつた。
火の鳥 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
澄み切って、涙もうかべない夫人の眼差まなざしが、きりっと、少し腹立たしげにうごいた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
動かぬ眼差まなざしでじっと眼のなかをのぞきこまれると、みなふしぎな酔心持を感じる。
青髯二百八十三人の妻 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「太郎ちゃんは何処どこにいるか知らないよ」——私はその時初めてその小さな子供は私の呼んだ男の子の弟であるのに気がついたのだ。しかし何という同じような顔、同じような眼差まなざし、同じような声。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
夜光やくわうの玉の眼差まなざしのエロディヤッドの影を拜す
つくづく見入る眼差まなざしは、たくみりし像の眼か
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
どうなるだらう? あの方の眼差まなざしが私に與へ得る生命を私が今一度味はうといふことが誰を傷けるか? こんな譫言たはごとを云つてまあ。
それから、これまでは非常に親しげにしてはいたが見せなかった、信じきったような眼差まなざしをして、Kを見て、言葉を付け加えた。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
高田の鋭く光る眼差まなざしが、この日も弟子を前へ押し出す謙抑けんよくな態度で、句会の場数を踏んだ彼の心遣こころづかいもよくうかがわれた。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
赤前垂ははづしましたが、貧しい木綿物の單衣も、素足の可愛らしいくるぶしも、人を恐れぬ野性的な眼差まなざしも、お大名の土佐守には、全く美の新領土です。
ゆったりと弧をひいたまゆ、細長く水平に切れた半眼の眼差まなざし、微笑していないが微笑しているようにみえる豊頬ほうきょう、その優しい典雅な尊貌そんぼうは無比である。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
庄造は又、リヽーが始めてお産をした時の、あの訴へるやうなやさしい眼差まなざしを、忘れることが出来ないのであつた。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼女の姿が見えなくなると、彼はその未知の眼差まなざしから心の中にうがたれた空虚を感じた。彼にはその理由がわからなかった。しかし空虚は存していた。
遠のいて行く験者達の呼ばい声の方に何やら吸い寄せられるような眼差まなざしを向けて、立っている。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
あやしながら其の顏に見入る眼差まなざしに至つては、子供一般に對して婦人のつ愛情とは全く別な激しさを以て爛々と燃え、複製を通じて原畫を想像しようとする畫家の眼と雖も
かめれおん日記 (旧字旧仮名) / 中島敦(著)
荷車のうへに高く押し立てられたわくのあひだからは、けばけばしい模様を描いた丼や擂鉢の類が自慢さうに顔をのぞけては、はで好きな連中の物欲しさうな眼差まなざしを牽きつけてゐた。
ぼんやり水平線を見ているような眼差まなざしで、ぶらぶら歩いた。落葉が風にさらわれたように、よろめき、資生堂へはいった。資生堂のなかには、もう灯がともっていて、ほの温かった。
火の鳥 (新字新仮名) / 太宰治(著)
一人がしかめた眼差まなざしで、ウインチを見上げて、「しかしな……」と躊躇ためらっている。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
せた面長の、アゴひげをつけた、大きな深い眼差まなざしの、そして背の高いフランス紳士でした。アマタルは狼狽して血の気を失ひました。彼の手から落ちた鋏は大きな音を立てて石畳に落ちました。
亜剌比亜人エルアフイ (新字旧仮名) / 犬養健(著)
眼差まなざしは明るい空の方に向けている。ジヤニイノ髪を繊手にてでる。
そうして淀まぬ眼差まなざしで俺の顔をみつめ、愛らしく首をかしげながら
湖畔 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
つくづく見入る眼差まなざしは、たくみりし像の眼か
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
Kは女中の言うことを考えこんだようにじっと聞いていたが、ほとんど嘲笑ちょうしょう的な眼差まなざしをして、驚いているグルゥバッハ夫人のほうに振返った。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
今、私を見上げてゐるあなたの眼差まなざしが信頼と眞實と熱情で非常に崇高だからだと思ふ。何か精靈が私の傍にゐるやうで堪へられない氣持がする。
赤前垂あかまえだれはずしましたが、貧しい木綿物の単衣ひとえも、素足の可愛らしいくるぶしも、人を恐れぬ野性的な眼差まなざしも、お大名の土佐守には、全く美の新領土です。
庄造は又、リリーが始めてお産をした時の、あの訴えるようなやさしい眼差まなざしを、忘れることが出来ないのであった。
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
消えてゆく雲の上ににじが輝き出していた。涙に洗われたようないっそう滑らかな空の眼差まなざしが、雲を通して微笑ほほえんでいた。それは山上の静かな夕べであった。
いつかは来る滅亡ほろびの前に、それでも可憐かれんに花開こうとする叡智ちえ愛情なさけや、そうした数々のきものの上に、師父は絶えず凝乎じっあわれみの眼差まなざしそそいでおられるのではなかろうか。
和作の方がかへつて、そんな事をしてもいいのか知らといふ様な眼差まなざしを徳次郎に向けなければならなかつた。しかし徳次郎は妹の世話には冷淡だつたし、第一学科のことはあまり得意でなかつた。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)