涼風すずかぜ)” の例文
「まだ流行はやっていますよ」と、善八は答えた。「涼風すずかぜが立ってもすぐには止みますめえ。七月から八月にかけて随分殺されましたね」
半七捕物帳:55 かむろ蛇 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しのびよる涼風すずかぜが、草ぶき小屋の風よけ帆布をゆすぶると、なんだかかなしくなってしまう。月を見ても、ふるさとを思いだす。
無人島に生きる十六人 (新字新仮名) / 須川邦彦(著)
ただに涼風すずかぜに吹かれるつかの心地よさを、みなと一緒にすることができないばかりでなく、重い病苦を負っているものの絶え間なき不愉快さに
親子の愛の完成 (新字新仮名) / 羽仁もと子(著)
暑い夏の日もやがて暮れ、涼風すずかぜの吹く夕暮れとなった。それから間もなく夜となった。その夜が次第に更けてゆく。
日置流系図 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
近江訛おうみなまりの蚊帳かや売りや、ものう稽古けいこ三味のが絶えて、ここやかしこ、玉の諸肌もろはだを押し脱ぐ女が、牡丹刷毛ぼたんばけから涼風すずかぜかおらせると、柳隠れにいろは茶屋四十八軒
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
涼風すずかぜはそよそよと彼の白髪交りの短い髪の毛を吹き散らしたが、初冬の太陽はかえってあたたかに彼を照し、日に晒された彼は眩暈を感じて、顔色は灰色に成り変り
白光 (新字新仮名) / 魯迅(著)
その節父の申し候は、涼風すずかぜの立ち次第秀林院様へお暇を願ひ、嫁入り致させ候べしとのことに御座候。
糸女覚え書 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
丁度来島くるしま海峡で日が暮れるので、暑さ知らずの涼風すずかぜに吹かれながら、瀬戸内の最も島の多く美くしい部分を日のうちに見られるから、夏の雲仙行うんぜんゆきとしては郵船に越すものはない。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
日がかたむくとソヨ吹きそめた南風みなみが、夜に入ると共に水の流るゝ如く吹き入るので、ランプをつけて置くのが骨だった。母屋の縁に胡座あぐらかいて、身も魂も空虚からにして涼風すずかぜひたる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
銭形の平次も、この珍客の声を聞いて、あわてて浴衣ゆかたの肌を入れながら出て来ました。妙に蒸し暑い日、八朔はっさくはとうに過ぎましたが、江戸はなかなか涼風すずかぜの立つ様子もありません。
云はぬが花と実入みいりのよい大尽客だいじんきやく引掛ひつかけに、旅に出るのもありやうは、亭主の為めと夕暮の、涼風すずかぜ慕ふ夏場をかけ、湯治場たうぢば近き小田原をだはらで、宿場稼しゆくばかせぎの旅芸者、知らぬ土地故ゆゑ応頼おうらい
虫干 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
にぎわいますのは花の時分、盛夏三伏さんぷくころおい、唯今はもう九月中旬、秋のはじめで、北国ほっこくは早く涼風すずかぜが立ますから、これが逗留とうりゅうの客と云う程の者もなく、二階も下も伽藍堂がらんどう、たまたまのお客は
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
裏手は田圃たんぼである。ずッと遠くまで並び立った稲の穂は、風になびいてきらきら光っている。僕は涼風すずかぜのごとく軽くなり、月光のごとく形なく、里見亭の裏二階へ忍んで行きたかった。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
しかし、野見さん父子はさっぱりしたもので、これが興業ものにはありがちのことで、一向悔やむには当りません。いずれ、秋口あきぐちになって、そろそろ涼風すずかぜの吹く時分一景気附けましょう。
はるのころ、一この谷間たにまおとずれたことのあるしじゅうからは、やがて涼風すずかぜのたとうとする今日きょう谷川たにがわきしにあったおないしうえりて、なつかしそうに、あたりの景色けしきをながめていたのであります。
谷間のしじゅうから (新字新仮名) / 小川未明(著)
ピアノの音は樹々の葉をゆすって涼風すずかぜに乗ってくる。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
涼風すずかぜの朝吹くみぎは
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
今年の夏は残暑が軽くて、八月に入ると朝夕は涼風すずかぜが吹いた。その八日の朝である。三河町の半七の家へ子分の松吉が顔を出した。
涼風すずかぜならぬ一陣の凄風せいふう、三人のひっさげがたなにメラメラと赤暗い灯影ほかげゆるがした出会であがしら——とんとんとんとやわらかい女の足音、部屋の前にとまって両手をついた。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふだんから釣の好きな私の甥は、五条の橋の下へ参りまして、河原蓬かわらよもぎの中に腰を下しながら、ここばかりは涼風すずかぜの通うのを幸と、水嵩みかさの減った川に糸を下して、しきりはえを釣って居りました。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
涼風すずかぜはらいつぱいの仁王かな
自選 荷風百句 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
この頃はだんだんに涼風すずかぜが立って、コロリの噂も少しく下火になったという時、関口屋の小僧の石松がコロリにかかって、二日目に死んだ。
半七捕物帳:55 かむろ蛇 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そのときに至れば、かならず陸遜は号令一下、諸将の奮迅をうながすであろう。将軍、これも呉国のためだ。乞う、涼風すずかぜ懐中ふところに入れて、敵の盲動と挑戦を、ただ笑って見物して居給え
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その日は朝から急に涼風すずかぜが立つて、日が暮れるともう単衣ひとへものでは冷々ひやひやするくらゐでしたが、不思議なことにはその晩つともお客が無いんです。
赤い杭 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
「やれやれ山間やまあいらしい涼風すずかぜが立ちそめて来た。もはや刻限はひるちこうないか」
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
盛夏まなつのあいだは一時中絶したらしい槍突きが、涼風すずかぜの立つ頃から又そろそろと始まって来て、九月の末頃には三日に一人ぐらいずつの被害者を出すようになったので
半七捕物帳:18 槍突き (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
すくすくと伸びて見えるのは寮の裏にあたる男松おまつ女松めまつ、そこから吹き込んでくる朝の涼風すずかぜは、まだ起きもやらぬ長廊下をそよそよと流れて、奥の数寄屋に見える水色の絽蚊帳ろがやを波うたせていた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「前芸でたくさんだよ、この頃は……。ほんとうの芸当はもう少し涼風すずかぜが立って来てからのことさ。この二、三日の暑さにあたったせいか、あたしは全くからだが変なんだよ」
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
自分をつつむ世の嘲罵ちょうば悪声を、彼は、知らないではなかった。身をめぐってキチキチ飛ぶばったのように聞いていた。——けれど、涼風すずかぜ懐中ふところれながら聞いていれば、それも気にはさわらない。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、すぐに、夏木立をとおして来る涼風すずかぜに、汗のひくのを覚えて
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)