とひ)” の例文
「水道橋の下手しもて——上水のとひの足に引つ掛つてゐたのを、船頭が見付けて引揚げましたが、もう蟲の息さへもねエ——可哀想に——」
うづむ今ま三四年せば卷烟草一本吸ひ盡さぬ間に蝦夷ゑぞ長崎へも到りヱヘンといふ響きのうちに奈良大和へも遊ぶべしいはんや手近の温泉塲などとひ
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
そこでたうげはうから清水しみづいて、それをめる塲所ばしよつくつてあつたのです。なんといふ清水しみづながとひとほつて、どん/\ながれてましたらう。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
むきたての玉子のやうな、蒼味あをみがかつたすべすべした肌で、うつぶせになつて眠つてゐる。唇は開いたまゝ時々、とひに水の溜るやうないびきをあげてゐる。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
日當ひあたりのわるうへに、とひから雨滴あまだればかりちるので、なつになると秋海棠しうかいだう一杯いつぱいえる。そのさかりなころあをかさなりつて、ほとんどとほみちがなくなるくらゐしげつてる。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
軒のとひから溢れ落ちる水の音と一ツになつてしめやかなよるの澄み渡る燈火ともしびの光に悲痛な音樂を奏する。
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
あたかも紫の雲のたなびけるがごとし。されどもつひにそのあたりに近づくことあたはず。かつて茸を採りに入りし者あり。白望の山奥にて金のとひと金の杓とを見たり。
遠野物語 (新字旧仮名) / 柳田国男(著)
丑滿刻ごろから小雨になつて、壞れたトタンのとひを流るゝ水の音が、小鼓こつゞみのやうであつた。
太政官 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
へやは二階のはしで、窓のそばに、大きな雨樋あまどひが地面までつゞいてゐました。エミリアンはそのとひ留金とめがねに片手でつかまり、樋に両足をかけると、そのまゝ、するすると滑りおりました。
エミリアンの旅 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
それは如何いかにも、あの綺麗きれいゆきけて、つゆたまになつてとひなかまろむのにふさはしいおとである……まろんだつゆはとろ/\とひゞきいざなはれてながれ、ながれるみづはとろ/\とひゞきみちびいてく。
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
ほうこれは牛蒡の花だな湯のとひの湯気がふつかけ濃いむらさきだ
海阪 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
あたらしきとひをふせつゝ湯けむりをあびる男の打つ杭の音
小熊秀雄全集-01:短歌集 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
空の青さで君の屋根のとひの中までが一ぱいになる……
ジャム、君の家は (旧字旧仮名) / シャルル・ゲラン(著)
濁り水は早口に鍛冶屋のとひへをどり込み
太陽の子 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
ブリキのとひに身を隠し
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
藤六は、さう言ひ乍ら、ガラツ八に手傳つて貰つて、三重になつて居る、水槽のとひを開きました。
たのしい御休處おんやすみどころとうさんが祖母おばあさんからもらつて金米糖こんぺいたうなぞをちひさなかばんから取出とりだすのも、その御休處おんやすみどころでした。塲處ばしよによりましては、つめた清水しみづとひをつたつて休茶屋やすみぢややのすぐわきながれてます。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
とひをつたふ荒い水音が、打楽器のやうに聴える。こゝには何の思想も不要だつた。たゞ生きるだけの為にこゝにある気がして、富岡は、何も考へないで酒をあふつた。どの地をも神は支配してゐる。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
「八、その臼を起して見るが宜い。その下に古いとひか何かあるだらう」
とひをつたふ雨声が滝のやうに激しくなり、ゆき子はふつとまた現実に呼び戻される。くさくさして、仲々寝つかれない。仏印での華やかな思ひ出が、走馬燈のやうに頭のなかに浮きつ沈みつしてゐる。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)