しおり)” の例文
この上は最後の手段として、一色道庵が、迎いの駕籠に揺られて行く道々、平次の智恵で残して行ったしおりを探すより外はありません。
本のしおりに美しいといって、花簪はなかんざしの房を仕送れば、ちいさな洋服が似合うから一所に写真を取ろうといって、姉に叱られる可愛かわゆいのがあり。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
理科の参考にでもなるような野生植物のしおりを求めたので、そんなものをどうするのだと云ったら、「しづちゃんにあげるの。」と云った。
朴歯の下駄 (新字新仮名) / 小山清(著)
その三日目の朝、飯塚薪左衛門の娘のしおりは、屋敷を出て、郊外を彷徨さまよった。さまよいながらも彼女の眼は、府中の方ばかりを眺めていた。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
女の子の喜びそうなしおりが挟んである——を見ると、なるほど、一頁が上下二段に分れていて、その上段にゴチックで彼の細君の名が記されている。
狼疾記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
その持っているノートの黒い小さなゴムのしおりや、万年筆用の黒いクリップが、ナイフや針で文字を彫って、異性の家の壁や約束の立ち木やに隠して
東京人の堕落時代 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
それを待つ間の退屈を紛らすために、かねて集めてあった二三の実例をしおりとして、自分はほんの少しばかり、なお奥の方へ入りこんで見ようと思う。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
去り正しき道に入らしむるのしおりとするめなれば事の虚実はまれかくまれ作者の心を用うる所の深きを知るべし
怪談牡丹灯籠:02 序 (新字新仮名) / 総生寛(著)
かねて読み掛けてある洋書を、しおりの挟んである所で開けて見ると、前後の関係をまるで忘れていた。代助の記憶に取ってこう云う現象は寧ろ珍らしかった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
このしおりに、大谷竹次郎氏も書いておられたように、「新・平家物語」の劇化は、大谷氏から早くに御相談をうけたが、私に註文もあり歌舞伎側の都合もあって
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
松尾芭蕉は俳諧をいわゆる滑稽俳諧の境地から救い上げて、さびしおりの境においたのであります。(37)
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
それを取上げてペラペラとページをめくってみると、半頃なかごろページを折ってあるところがあった。そこを開けると、白い小布こぬのしおりのようにはさまっていて、矢印が書いてある。
省線電車の射撃手 (新字新仮名) / 海野十三(著)
これはかすかに紺色の光沢をおびてのように透いてみえる幅のひろい羽根だ。しおりにしようと思う。
島守 (新字新仮名) / 中勘助(著)
なだらかな傾斜となって、霧の中へ、するすると登っている、登山客の脱ぎ捨てた古草鞋ふるわらじが、枯ッ葉のように点を打って、おのずと登り路のしおりとなっている、路傍の富士薊ふじあざみの花は
雪中富士登山記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
だ私の詩集が八冊程花瓶はながめの前へ二つに分けて積まれてあるのだけは近頃からのことであると思ふと云ふのです。本の彼方此方あちこちには白い紙がしおりのやうにしてはさんであると云ふのです。
遺書 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
つや子が、友禅ちりめんの可愛い小布れをはってこしらえたしおりがはいっていた。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
だから、針差しとか料理のしおりとかいうようなものに返送料までつけてやることは二の足をふむのである。彼女は、呼鈴よびりんの引き紐を出して、たった一度、第四等名誉賞状を得たきりである。
本来、読みさしの本には、有合せでも何でもいいからしおりを入れて置くべきもの。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
子供の時分に漢籍など読むとき、よく意味のわからない箇所にしるしをつけておくために「不審紙ふしんがみ」というものを貼り付けて、あとで先生に聞いたり字引きで調べたりするときのしおりとした。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
闊葉樹林の下に例の熊笹が繁茂していて、展望もなければ歩行も決して楽ではない、山毛欅の大樹に通行者の姓名や時日が記してあるのをしおりとして、熊笹を分けたり蹈んだりして進んで行く
平ヶ岳登攀記 (新字新仮名) / 高頭仁兵衛(著)
彼の書斎には、一冊の本が四六時中、十四頁目のところにしおりをはさんだまま置いてあったが、それを彼はもう二年越し読んでいるのである。彼の家では、いつもきまって何かしら欠けていた。
この京都住居がしおりとなったのである。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
いいや近所で訊くまでもなく、とある路地の奥からひびき渡る八五郎の張り上げた声は、平次には何よりのしおりになったのでした。
あけて見ると、「家なき子」の本が入っていて、その頁の間には千代ちゃんが編んだのであろう、リリアンで編んだしおりがいくつか挿んであった。
(新字新仮名) / 小山清(著)
また来んと思いて樹の皮を白くししおりとしたりしが、次の日人々と共に行きてこれを求めたれどついにその木のありかをも見出し得ずしてやみたり。
遠野の奇聞 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今ただちにというわけにも行くまいが、これからは子安という名をしおりにして、もう少しこの民間伝承を精査してみたい。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
例の地図をしおりとして、魚屋助右衛門の遺産とかいう莫大な黄金や財宝を、自分一人で手に入れよう。
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ということなど思いやると、道ばたのくずの花までが、悲調な恋愛詩のしおりかのように可憐である。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
四隅よすみきんに立ち切ったはくの小口だけがあざやかに見える。間から紫のしおりの房が長く垂れている。栞を差し込んだページの上から七行目に「埃及エジプト御代みよしろし召す人の最後ぞ、かくありてこそ」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しおりして山家集さんかしゅうあり西行忌さいぎょうき
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
お品さんは浪花屋の天水桶へ目印のしおりを書いて、ここへ入りましたと教えておきながら、霊岸橋を渡ってよろいわたしの方へ行ったことになるぜ
またんと思いて樹の皮を白くししおりとしたりしが、次の日人々とともに行きてこれを求めたれど、ついにその木のありかをも見出しえずしてやみたり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
かくて胸なるくれないの一輪をしおりに、かたわら芍薬しゃくやくの花、ほう一尺なるにきょうえて、合掌がっしょうして、薬王品やくおうほんを夜もすがら。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しおりという名だということや、今、この屋敷には、頼母の他に五人の浪人が泊まっているということや、父、薪左衛門は、都合があって、どなたにもお眼にかかれないが
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ここまで考えた小野さんはやがて机の上に置いてある、茶の表紙に豊かな金文字を入れた厚い書物をけた。中からヌーボー式に青い柳を染めて赤瓦の屋根が少し見えるしおりがあらわれる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし、如上じょじょうのごとく、不得手なのと、時間もないので、一切お断りのほかはない。せめてなしうることは、このしおりの欄と、週刊朝日で月一回の「筆間茶話」を読者に送るぐらいなところである。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
野川の流れはまた交通の唯一のしおりでもあったが、それを苦に病まずに小国に入って隠れるほどの勇気ある人にでも、雨を頼りに田を営むことだけは躊躇ちゅうちょした。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
……その冷く快かった入口の、立看板の白くえて寂しいのも、再び見る、露に濡れた一叢ひとむらの花の水のしおりをすると思うのも、いまは谷底のように遠く、深い。
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あれからちょうど一ヶ月目の新月、お月様の工合で潮のさしようが同じになったので、ちょうど真昼の干潮時ひきしおどきに、水肌にすれすれに浮かした目印のしおりが見えたのでしょう。
静かなる昼を、静かにしおりいて、はくに重き一巻を、女は膝の上に読む。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
(帰って来る時のしおりになる。燈火あかりは消さずにつけたままで行こう)
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
こんどは日本の南の端の一例をあげてみると、鹿児島県の甑島こしきじまなどでは、その父が息子むすこの背に負われて木の小枝をおってしおりとし、わけを問われるとこういう歌を詠んだ。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
巴屋の店の方へ行く順路は、柳橋を右に見て、横山町を真っ直ぐに大伝馬町から本町ほんまちへ出るのですが、その辺の横町、路地、大通りには、銭形のしおりなどは一つもありません。
しおりよ、栞よ、勘兵衛が来たぞよ、用心おし、栞よ!」
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
どうしてそのようなことをなさるかと息子むすこがたずねると、おまえがかえって行くのに路に迷わぬように、しおりをして置いてやるのだと答えたので、親の慈愛に深く感動してしまって
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
しおり代りにいたように、真新しい小判が、幾十枚となく落散っているのです。
吉凶二つの面を持っている理由にまで入って行かれる山口のしおりとなるのかもしれない。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
小判のしおり辿たどって行くと大川端で、ここには幾そうとなく船がもやっております。
見ろ、ところどころに爪で引っ掻いた蛇の目の印があるだろう、あれはお静に言い付けた合図のしおり、俺の名前から思い付いた銭形だ。あの印があるところにお静が居るに相違ない——サア言え、七人の花嫁を
奥山おくやまにしおるしおりたれのため身をかき分けて生める子のため
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)