旅商人たびあきんど)” の例文
「——な、なんでえ、てめえはさッき坂本で休んでいた旅商人たびあきんどじゃねえか。侍みてえな声を出しゃあがって、ぎょッとするじゃねえか」
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今にもう一人ここへ来て寝るそうじゃが、お前様と同国じゃの、若狭の者で塗物ぬりもの旅商人たびあきんど。いやこの男なぞは若いが感心に実体じっていい男。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
わたしたちの商売は旅商人たびあきんどなのだよ。まあそんなふうにして、十三年目におまえがわたしたちの所へ帰って来たというわけだ。
右「へえ先程大原村の茶店で馬を買ってお手附をお出しになる時、側に茶をんで居りましたわたくし旅商人たびあきんどでございます」
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
向こう岸の土手では糸経いとだてを着て紺の脚絆きゃはんを白いほこりにまみらせた旅商人たびあきんどらしい男が大きな荷物をしょって、さもさも疲れたようなふうをして歩いて行った。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
勝負事の好きなものは博奕打ばくちうちになる。おべんちゃらの巧い奴は旅商人たびあきんどになる。碁打ちになる、俳諧師になる。
半七捕物帳:33 旅絵師 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
つけてもいい歳だよ。驢馬の始末なら、明日にでも通りがかりの旅商人たびあきんどに売り払ったらいいじゃないか。
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
行きずりの旅商人たびあきんどにも尋ねてみた。村に這入れば百姓に、町へ着けば役場へいって訊いてみた。
親ごころ (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
昔の宿場風の休茶屋には旅商人たびあきんどの群が居りました。「唐松からまつ」という名高い並木はきり倒される最中で、大木の横倒よこたおしになる音や、高い枝の裂ける響や、人足の騒ぐ声は戦闘いくさのよう。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
隣りの腰掛で最前から、一人でちびりちびり、黒鯛の塩焼で飲んでいる旅商人たびあきんどらしい一人の男。前にも銚子が七八本行列をしているのだが、一向酔ったような顔はしていなかった。
怪異暗闇祭 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
幕末のころであった。本郷の枳殻寺からだちでらの傍に新三郎と云う男が住んでいたが、その新三郎は旅商人たびあきんどでいつも上州あたりへ織物の買い出しに往って、それを東京近在の小さな呉服屋へ卸していた。
狐の手帳 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
旅商人たびあきんどが、京都で笛のうまい人を見たといつた。よくきいて見ると、それはどうやら兄さんの仇敵らしかつた。武士は消えかかつた勇気を取返し、刀を研いで京都にのぼつて来たのである。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
一学は舌打ちをして肩越かたごしに眼を向けた。三十四五の旅商人たびあきんどにしては陽焦ひやけの浅い男である。ひとみがぶつかると、急に世辞笑いをして
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その二里の街道には、やはり旅商人たびあきんどが通ったり、機回はたまわりの車が通ったり、自転車が走ったりしていた。尻をまくって赤い腰巻を出して歩いて行く田舎娘もあった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
かめ「わたくしは江戸の本郷春木町に居ります旅商人たびあきんどの、岸田宇之助と申す者の女房でございます」
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「でもどうして旅商人たびあきんど風情ふぜいが、その子どもにレースのボンネットや、縫箔ぬいはくの外とうを着せるだけの金があったろう。旅商人たびあきんどというものは、そんなに金のあるものではないさ」
その頃は今ほどの人気役者ではなかったので、田舎の小さな宿屋にくすぶっていると、そこに泊り合せた親子づれの旅商人たびあきんどがあって、その親父の方は四、五日わずらって死んだ。
女侠伝 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
氷店こおりみせ白粉首しろくびにも、桜木町の赤襟にもこれほどの美なるはあらじ、ついぞ見懸けたことのない、大道店の掘出しもの。流れ渡りの旅商人たびあきんどが、因縁は知らずここへ茣蓙ござを広げたらしい。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
呉服物の大きな風呂敷ふろしきを背負った旅商人たびあきんど、その他、宿から宿への本馬ほんま何ほど、軽尻からじり何ほど、人足何ほどと言った当時の道中記をふところにした諸国の旅行者が、彼の前をったり来たりしていた。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
まるでりすのようなはやさでかけのぼっていったのは、たけがさ道中合羽どうちゅうがっぱをきて旅商人たびあきんどにばけた丹羽昌仙の密使、早足はやあし燕作えんさくだ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
乗合いは田舎道者いなかどうじゃ旅商人たびあきんど、そのなかで年も若く、在郷者には不似合いのきりりとした次郎兵衛の男ぶりがお葉の眼に付いたらしく、船場で買った鮨や饅頭などを分けてくれて
実は此処こゝにいる多助を己が跡目相続に貰った訳というものは、十三年あと八月二日、千鳥まで田地を買いにく時、追貝村おっかいむらでな、今のかゝあのおかめのせんの亭主、岸田屋宇之助という旅商人たびあきんど
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
……床に行李こうりと二つばかり重ねた、あせた萌葱もえぎ風呂敷ふろしきづつみの、真田紐さなだひもで中結わえをしたのがあって、旅商人たびあきんどと見える中年の男が、ずッぷり床を背負しよって当たっていると、向い合いに、一人の
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私は柏木のことばかり思続けました。流行謡はやりうたを唄って木綿機もめんばたを織っている時、旅商人たびあきんどおさを賞めて通ったことを憶出おもいだしました。岡の畠へ通う道々妹と一緒に摘んだ野苺のいちごの黄な実を憶出しました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「どうおっしゃいましても、そんな者でないことにはしかたがございません、へい、私は今も申し上げた通りの旅商人たびあきんど、これは妹の……」
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宿屋てえもなアいやはやずるいもんでしてね、三四御逗留をねげえてえもんだから、あんな事を申しやす、私は此の辺を歩きます旅商人たびあきんどで、こゝらの船頭に幾干いくらも知った者がありやすから
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
突懸つっかかり、端に居たやつは、くたびれた麦藁帽むぎわらぼうのけざまにかぶって、頸窪ぼんのくぼり落ちそうに天井をにらんで、握拳にぎりこぶしをぬっと上げた、脚絆きゃはんがけの旅商人たびあきんどらしい風でしたが、大欠伸おおあくびをしているのか、と見ると
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
叔父は小間物を売る旅商人たびあきんどに化けて城下へはいった。
くろん坊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
箱胴乱に仕入物を詰めこむと、それを肩にかけて四ツ目屋の新助、旅商人たびあきんどらしい世辞せじを投げて、秦野屋はたのやの店から姿を消しました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
文「ふうむ、聞けば旅商人たびあきんどということじゃが、渡世とせいなんだか知っておるか」
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
馬子となり旅商人たびあきんどとなり、仲間者となり大道芸人だいどうげいにんとなりなどして、あらゆる苦心のもとに、身なりかおかたちまで変えている人たちであった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その朝靄あさもやをついて、ぴょいと、そこらの家から飛び出して来たひとりの身軽な旅商人たびあきんどは、権之助と伊織のうしろから
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
旅商人たびあきんどの男は、小風呂敷の中に包んでいた紺合羽こんがっぱを、ひらっと、つばくろみたいに引っかけると、前かぶりに笠を抑えて
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
松の根がたに、駕を置かせて、ずっと日蔭へはいると、さっきから、馴つッこい顔を向けていた旅商人たびあきんどの老人が
無宿人国記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その二人は、彦右衛門から使命をうけて、旅商人たびあきんどに変装し、その日の真夜半まよなか、どこへともなく城から出て行った。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
松と松とのを、野兎やとのごとく逃げ走ッていった男の影は見失ったが、その代りに、楊志は、思いがけない一トかたまりの旅商人たびあきんどの仲間に出会った。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
橋の左右をふさいでいた旅商人たびあきんどの杉蔵、源助と称するふたりが、槍の穂先へ、キラとを吸って
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「なに、あっしは叡山へ参詣に来た者じゃないのさ。この通り、せわしなく諸国を駈け歩いている木綿屋の註文取りで、名所を踏みながら名所知らずで、ちッともひまのねえ旅商人たびあきんどだよ」
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
旅商人たびあきんどけ』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)