じぶん)” の例文
それはじぶんが捨てて来た唖の女ではないか。石川は急いで車に乗って一行のあとを追ったが、ひどい熱が出て芝居ができないようになった。
唖娘 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
私は女がじぶんの家をほめることも出来ないが、それかと云って他へ客をやりたくもないと云う気もちでいることを知った。そこで私は
火傷した神様 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
武士はじぶんで己の体がじゃんびりしたように思った。武士は心が落ちつかなかったがそのまま引返すことはその自尊心が許さなかった。
山寺の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
謙作はテーブルのはしにやったじぶんの右の手に暖かな手のなまなましく触れたのを感じた。彼はもどかしそうにその手を握ったのであった。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
N大尉はじぶんでも危険に遭遇しているので、もしやの時にどうかしたのではないかと思ってS中尉の身の上を心配しいしい帰って来た。
空中に消えた兵曹 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
今来て見るとじぶんたちの乗っていた飛行機がすこしの損傷もなく着陸していたので、まるで愛児にでもった時のように嬉しかった。
人のいない飛行機 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「この間中は、変なことばかりで、じぶんが発狂しているからこんな錯覚を起すのではないかと思って、気もちが悪くてしかたがない」
妖影 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
家のかまえから見て、これはどうしても富豪の別荘であるが、人違いでないとすれば、何のために貧乏学生のじぶんを呼び入れたのであろう。
藤の瓔珞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
お露がじぶんのことを思いつめて、其のために病気になって死んだと云うことを聞いたので、それ以来お露の俗名ぞくみょうを書いて仏壇に供え
円朝の牡丹灯籠 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
小柄なヒステリイの強い眼の下に影のある年増としま女の顔が浮んで来ると、彼はじぶんをふうわりと包んでいたもや裂目さけめが出来たように感じた。
文妖伝 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
親興は一人の家来に耳打をして、それを比江村のじぶんの城へやった。それは妻子を落すためであった。親興には五人の小供があった。
八人みさきの話 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それは洋服の男がじぶんの方へ向って云ったことばであった。謙作は箸を控えて顔をあげた。洋服の男は赧黒あかぐろい細長い顔をこっちへ向けていた。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それは今日の昼飯ひるめしに怪しい僧にもけ、じぶん達もったような三個みっつ黍団子きびだんごであった。顎髯の男はうんと云って背後うしろに倒れて気を失った。
岩魚の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
さっきじぶんが腰をかけていた右側の階段に、あのほうきの老人が傍へ箒をもたせかけて腰をかけていた。広巳は急いで老人の前へ往った。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
権兵衛は普請役場の内にあるじぶんへやにいた。其処は八畳位の畳も敷き障子も入っているが、壁は板囲の山小舎のような室であった。
海神に祈る (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
主翁はじぶんをこんな処へれて来てどうするつもりだろうと思って、そっと書生の顔を見た。主翁は怖れて眼前めさきくらむように思った。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
壮い婢は何人たれじぶんを見ているものでもないかと云うようにして、ちらと後を見ておいて年老った婢の鼻端はなさきへ近ぢかと顔を持って往った。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
彼は人のいない暗い空家の中へ入って寝ているので、もしや俺は夢でも見ているのではないかと思って、じぶんの体に注意してみた。
指環 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
しかし、道夫はそんなことよりも早く下宿へ帰って、寝ぼけているじょちゅうにはかまわず、台所から酒を持って来てじぶんかんをして飲みたかった。
馬の顔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
彼は不意に日本刀を抜いて、裁縫さいほうしていたじぶんの女房を殺して、それから店へ出て主人を殺し、そして、己もそのやいばたおれたものであった。
指環 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
順作の驚いたのは昨夜じぶんの手でかめの下へ伏せた父親が一昨昨夜いっさくさくや死んでいると云う奇怪さであった。しかし、それは云えなかった。
藍瓶 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
お杉はじぶんさかずきへ酒をぎながら、汚い食卓ちゃぶだい向前むこうがわにいる長吉の方を見た。眼の不自由な長吉は、空になった盃を前へ出していた。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
大連たいれんで夜間飛行の練習をやっていると、計器盤のある処にいているライトの光で、その黒塗くろぬりの計器盤に、じぶんの乗っている飛行機のうしろから
追っかけて来る飛行機 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
と、じぶんが今通って来た路に二人伴の人影がちらと見えた。彼は吃驚して其のまま鳥を懐へねじ込んで、急いで畑から出てそそくさと歩いた。
(新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
秋の末になってまた少しの暇ができたので、今度は北山の方へ往くと云って、じぶんへやで鉛を熔かしてそれで十匁弾を鋳ていた。
猫の踊 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
律義者りちぎものの主翁はじぶんの家の客を恐ろしい処へやって、もし万一のことがあっては旅籠はたごとしてのきずにもなると思ったのでいて止めようとした。
山寺の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
今度は枝を越してそのはしがふうわりと前に来た。務は手早くその端と手にしている一方の端を入り違わせて、じぶんひたいのあるあたりで結んだ。
白っぽい洋服 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「まあ、上へあがるが好い」と、主人はじぶんで上へあがりながら、伴れて来た二人にも、「さあ、あがってくれ」と云いました。
死人の手 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
真澄はさかずきを持っているじぶんの姿に気がいた。気が注くとともに今のは夢であったのかと思った。夢にしては余りに記憶がはっきりしている。
岐阜提灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
女はじぶんさかずきって憲一の口へ持って往った。憲一は微笑しながら一口飲んで女を見た。女のうるおいのある眼がじっとこちらを見ていた。
藤の瓔珞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
叔母も叔父も知っていて、じぶんの気を引くためにこんなことを云ってるのだから、なまじっか隠しだてをしないが好いと思った。
岐阜提灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
どうせ運のない体なれば、じぶんの犠牲になった友といっしょに死んで、せめてもの申しわけをしようと思いだした。夜はもう明けかけていた。
魔王物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
章一ははかまひもを結んでいた。章一は右斜みぎななめに眼をやった。じぶんが今ひげっていた鏡台の前に細君さいくんおでこの出たきいろな顔があった。
一握の髪の毛 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
枕頭には、じぶんの前にある団子と同じ色の団子を盛った皿が置いてありました。旅人はそれを見まいとして、急いで眼を茶釜の方に移しました。
死人の手 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
何時かもじぶんの里に紛擾が起ったので、それへ往っていて夜になって帰って来ると、膳さきの酒を一人で飲んでいたお爺さんが
地獄の使 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
甚九郎は恐れて折角のはかりごとをうやむやにしてしまった。とても女を出て往かすことはできないから、じぶんから逃げようと思った。
山姑の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
丹治も今あんな目にあったからじぶんの顔色が悪いだろうと思ったが、何か飲まないとゆっくりそれを話すことができなかった。
怪人の眼 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
この人はただの者ではない、しかするとじぶんの求めておる神仙であるかもわからないと思った。河野はそのまま土の上につくばうようにした。
神仙河野久 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
せがれの方は思いだしたように茶碗を持って茶を飲んだが、立って往く時にじぶんの顔をじっとのぞき込んで往った女の眼がどこかにこびりついていた。
参宮がえり (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そう云って順作は瓶を離れながら四辺あたりに眼をつらつらとやった。それはじぶんのやっていることを見ている者がありはしないかと注意するように。
藍瓶 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
新八郎が好く好く見ると、蚊帳の上の物はじぶんが昼間穿いて来た下駄であった。と、見ているうちに、ふと消えて無くなった。
魔王物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
じぶんは濡れた枯蘆かれあしの中の小さなほこらの傍へ寝ていたが、枯蘆のさきには一そうの小舟が着いていて、白髪しらがの老人が水棹みさおを張ってにゅっと立っていた。
牡蠣船 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
新一はその魚の骨のようなものをじっと見詰めていたが何か思いついたのかそのまま卵塔場を出て、何くわぬ顔をしてじぶんの家へ帰って往った。
狐の手帳 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
許宣は白娘子に別れ、小婢に門口もんぐちまで見送られて帰って来たが、心はやはり白娘子の傍にいるようで、じぶんで己を意識することができなかった。
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
夢心地に何者かが来てじぶんの体を高いところへかろがろとあげたように思いましたので、びっくりして眼を開けて見ますと
人蔘の精 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
と、云ってじぶんの名を呼ぶ声がした、お種は何人だれだろうと思って考えてみたが、耳なれない声であるから猪作でもなければ伝蔵でもないと思った。
蟹の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そうして小坊主を対手にしていると朝になって通りかかった者に注意せられ、気がいてみるとじぶん荊棘いばらと相撲をとって血みどろになっている。
(新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
小柄な男は右の手を握ってから人さし指ばかりを開き、それをじぶん鼻端はなさきさわるように持って往ったが、それは非常にすばしこいやり方であった。
女の首 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
若侍はさてはじぶんの殺したのはお姫様であったか、しまったことをしたと思って、全身の血が一時に氷結したように思った。
村の怪談 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
(待てよ、このことは、じぶんの身にとって、青木一家にとって、極めて重大な事件だ、これは、好く前後を考えたうえの所置にしなければならん)
雨夜草紙 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)