かえ)” の例文
「象の卵?……おっと、触った、触った。……南無三モン・ジュウ、こりゃどうじゃ、もうかえっているに! 俺ぁいまたしかに象の鼻に触った!」
卵をたった一つかえさせるのは無駄だから、取って来ようかと云うのである。石田は、「抱いているなら構わずに抱かせて置け」と云った。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
百姓家ひゃくしょうや裏庭にわで、家鴨あひるなかうまれようとも、それが白鳥はくちょうたまごからかえ以上いじょうとりうまれつきにはなんのかかわりもないのでした。
そのとたん、まるで映画のタイトルでも読んだようにはっきり、日本のファシスト、ベルリンでかえる、という文句が伸子の心にうかんだ。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
いまだかえらぬ卵をかぞえるような愚かなことですけれど。天香さんがはるばる私を見舞いに来て下さるそうで、もったいなく思っています。
青春の息の痕 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
冬から続いて仲よくしている雀が、さっさと巣を造ってもう一番子をかえしたろうと思う頃まで、まだ相手がきまらず飛んであるく雀がある。
「ませた、おちゃっぴいな小女の目に映じたのは、色の白い、卵からかえったばかりの雛のような目をしている青年である。」
落穂拾い (新字新仮名) / 小山清(著)
しかし、火の鳥は、いつのまにか、ここらの郷武者さとむしゃの間に、卵をかえしていた。彼の肉親のうちからも孵っている。弟の正季などもその一人だ。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
毎日二三度ずつ見に行くのだが、今日は遊びに屈託くったくしていて、一遍も行って見ない。事によるとかえってるかも知れない。今日は大分暑かった。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
私はお前達に、その蟻も他の昆虫と同じやうに、鳥の卵のやうな卵からかえるのだと云ふ事をお話ししなければならないね。
いまかえったばかりの小雛が外へ向って呼ぶ声と、外の母鶏が卵の中からその小雛を連れ出そうと殻をつつく母鶏の嘴とが
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
冬雪積まず夏苗長ぜず鳥雀すくわず、星夜れば黒気天に上る、蛟かえる時せみまた酔人のごとき声し雷声を聞きて天に上る
にわとりかえさせると、かれらは何かにおどろくとたちまち飛び散ってそのまま行きがた知れずになってしまうそうである。
少年の私は、かえったばかりの千鳥の子を追って、石につまずき生爪をがして泣いたことも、二度や三度ではない。
利根の尺鮎 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
この蠅は、最初壜に入れたときは二匹であったが、特別の装置に入れて置くために、だんだん子をかえして、いまではこのとおり二十四五匹にも達している。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
山上の湖水なんかにどうしてうなぎがいるか知ってるかい? 鰻って奴は、必ず海に卵を産んで、その卵からかえったのが、川を遡って内地……と云っちゃあ変だが
野ざらし (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
このいきれた空気の中に、屋根草は芽を吹き、もろもろの虫の卵はかえり、天地の春を形づくるのであろう。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
この成虫は書物の中でかえって外へ飛び出で雌す雄すイイ事をした後ちは復た書物の中へ卵を産み付けにその雌すがやって来る。雄すは何処っかでノタレ死だろう。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
こういう事情で、今まで母一人でふところいていた問題を、そののちは僕も抱かなければならなくなった。田口はまた田口流に、同じ問題をかえしつつあるのではなかろうか。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かえった雛は直ぐ立ち上ることができ、親雞の羽の下から小さい脚を見せている。また雛には玉子色の産毛が密生していて、可憐である。親雞は雛を抱いて満足そうである。
澪標 (新字新仮名) / 外村繁(著)
私達が泊っている下宿屋の、私達の寝室の窓の下で一羽の黒鳥くろとりが巣を作っています。最初に彼女は卵を生みました。そして今、彼女はそれをかえさなければならないのです。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
実際、神業に近い技術をもつ技師君は鶏卵をあひるの卵の中に移しかえ、それをかえす実験をやっている。さて卵の帽子をキチンとかぶせ、熱に強い特殊セロテープでふさぐ。
ひなかえして間もない親鶏が満足気にその雛を引き連れて歩いている様子からその親鶏の大きく丸い形や雛どもの小さく丸い形やまでが、やはり初夏らしい心持を持っている。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
「——どんな鳥でも、殻に傷のついた卵はかえさない、巣の中からはじき出してしまうそうだ」
醜聞 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それから五、六日経つと磯貝は一箇の薄黒い卵を持って来て、これをかえしてくれといった。見馴れない卵であるからその親鳥をきくと、それは慈悲心鳥であることが判った。
慈悲心鳥 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
先年上野の動物園で鶴が雛をかえしたときも雌雄の親鳥がていねいにこれを養い育て、初めはどじょうを小さく切って食わせ、次には鰌を水中におよがせてはこれを捕える練習をなさしめ
生物学より見たる教育 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
数日の後にそれが見事にかえって布団の中から雛が幾羽も飛び出したというのである。
銷夏漫筆 (新字新仮名) / 辰野隆(著)
そして善良な牝鶏めんどりが専心に卵をかえすように、二人の若い恋人の物語を育ててやった。
あるいはいつかかえる時があるかも知れません。しかしあの時はいったひびはそのままになっています。それは偶然にはいったひびではなく、やはり彼自身の心にある必然のひびでした。
土下座 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
あの年を取った去年の鳥、かえしたばかりの雛を殺された親鳥、彼らも若いのに劣らず愛し合っていた。わたしは、彼らがいつも一緒にいるのを見た。彼らは逃げることが上手であった。
「でボースンやカムネ(カーペンター——大工——のなまり)はどうするんだね」波田はボースンや大工が裏切り者になりはしないかを恐れた。彼らはかごの中でかえった目白のようなものであった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
片隅でそのひなかえすのに好ましい所だ、と書いているが、それは百二十年の昔のことで、その後一八四七年以来、此の家は公有となり、一八五七年には大修繕が施され、一八九一年以来国有となり
シェイクスピアの郷里 (新字新仮名) / 野上豊一郎(著)
其の二年程前から——前に孝ちゃんの家が裏に居た頃——一番上の弟が鶏を飼い始めて、春に二度目の雛を八羽ほどかえさせた。
二十三番地 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
雑巾をつかんで突っ立った、ませた、おちゃっぴいな小女こおんなの目に映じたのは、色の白い、卵からかえったばかりのひよこのような目をしている青年である。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
清潔にした室に藁のふるいを置き、その上に桑の葉を置く。そして幼虫は家の中で卵からかえる。桑は大きな木で、其の幼虫を養ふ目的で栽培するのだ。
頼朝は平家に捕われて、伊豆の配所に二十年の歳月を、行い澄まし、北条時政の娘、政子に眼をつけて、恋の巣に大望の卵をかえす長計を立てている。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たぶんコーヒー沸しの熱にでもあたためられてかえったのであろうが、その虫が板をカリカリかじって出ようとしているのは数週間前から聞かれていた。
それに巣箱を引掛けて三回ほどひなかえさせて見たところでは、子雀の時代にいつもこの巣箱の附近へ、集まって来る者がちょうど一腹の数ほどあった。
人間からかえりかけている。人間からふわり/\脱け出しかけている——という人間だ。このものゝ一種を、印度の古典思想では慾天よくてんと名付けているのだが——
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
つまり、この蠅は、自然に発生したものではなくて、飼育されたものからかえったのだということが出来ます
(新字新仮名) / 海野十三(著)
蛇や蟾蜍ひきがえるが、鶏卵を伏せかえして生ずる所で、眼に大毒あり能く他の生物をにらみ殺す、古人これを猟った唯一の法は、毎人鏡を手にして向えば、彼の眼力鏡に映りて、その身を返り
かれは深い興味をもってその飼い方をいろいろに工夫した。そうして、どうやらこうやら無事に卵をかえしたが、雛は十日ばかりでたおれてしまったので、かれの失望よりも妻の恐怖の方が大きかった。
慈悲心鳥 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
庭の桜のまたになった枝の上に、鶸の巣があった。見るからに綺麗きれいな、まん丸によく出来た巣で、外側は一面に毛で固め、内側はまんべんなく生毛うぶげで包んである。その中で、ひなが四羽、卵からかえった。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
「患ってるんじゃねえ、卵をかえしてる。象の卵を孵してる」
ふところの体熱は、今、しっかりと幸福の卵をだいてかえしている! かれはそう思って、また微笑を禁じ得なかった。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それでもなお、かれらの仲間のうちには、いつのまにやら誰も知らないうちに産みつけられた卵からかえったうじのような気まぐれな考えを頭に宿したのが出てくる。
ひなは昨日あたりかえったかと思われるのが四ついたという。あれから半月以上にもなるから、もうまた大分成長したことであろう。ところがこの婆さんは子なしであった。
蛇また蟾蜍ひきが雄鶏が産んだ卵を伏せかえして生じ、蛇形で翼と脚あり、鶏冠をいただくとも、八足または十二足を具え、かぎごとく曲ったくちばしありとも、また単に白点を頂にせる蛇王だともいう。
「卵のひなかえりましたのです」
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「君は、虚病けびょうもうまいが、怒る真似もうまい。いや裏表の多い人物だ。——君の静養というのは、伝国の玉璽ぎょくじをふところに温めて、やがて鳳凰ほうおうひなでもかえそうというはらだろう」
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)