)” の例文
その広々とした部屋の隅に、まるでめたさに吹き寄せられたようにして一つの卓子と数脚の椅子いすらしい破れたものが置かれてある。
(新字新仮名) / 坂口安吾(著)
鳥は園の周囲まはりに鳴き、園丁の鍬にりかへさるる赤土のやはらかなるあるかなきかの湿潤しめりのなかのわかき新芽のにほひよ、めたけれどもちからあり。
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
がけの中途に乱生しためたい草の株をつかむたんびに、右手の指先の感覚がズンズン消え失せて行くのを彼は自覚した。
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そないにいうのんがちょっとぐらい狂言としたかって、握ってる手エ次第にめとなって来るような気イしますし
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「では間を抜きましょう。——あした見たら男はめたくなって死んでたそうです。ヴィーナスに抱きつかれたところだけ紫色に変ってたと云います」
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
麦倉河岸むぎくらがしには涼しそうな茶店があった。大きなとちの木が陰をつくって、めたそうな水にラムネがつけてあった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
むにめたきいた引裾ひきすそながくゑんがはにでゝ、用心口ようじんぐちよりかほさしいだし、たまよ、たまよ、と二タこゑばかりんで、こひくるひてあくがるゝ主人しゆじんこゑ聞分きくわけぬ。
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
のみならず、海水浴をするのにも、潮はあまりめたからず、快適の温度であるとのことである。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
チェーホフのめたさについては、興ざめな証拠をまだまだ幾らでも並べることができる。例の『イヴァーノフ』(一八八九)を観て、ピストル自殺を遂げた青年があった。
が、毒々しい色の刺身だのこちこちに固まったフライだの、水のようにめたい吸いものだの——そうしたものばかりのどこに箸をつけていいか分らなかった。——わたしの心もちは白け返った。
春深く (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
「おうつ、おちやめたくなつたつけかな」おしなはいつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「オオめてえ! お婆さん、うまいなアこの水は」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その手は死人のようにめとうございました。
妖影 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
めたきめしに砂さへまじり
彼女の顔は死のようにあおざめており、私たちの間には、冬よりもめたいものが立ちはだかっているようで、私はただ苦しみのほかなにもなかった。
二十七歳 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
吾輩はその横で背広服を脱いで、メリヤスの襯衣シャツとズボン下だけになった。メリヤスを一枚着ていると大抵なめたい海でもしのげる事を体験していたからね。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
津村も私も、歯ぐきからはらわたの底へとおめたさを喜びつつ甘いねばっこい柹の実をむさぼるように二つまで食べた。私は自分の口腔こうこうに吉野の秋を一杯いっぱい頬張ほおばった。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
堆くもり上るように伸びかわした大きな葉の水々しさを、濃淡を、晴れ切ったさおな空の下に遠くのぞむのもよければ、冬、素枯すがれつくしたあとの褐色のふとい茎のかげをひたしてめたくひろがった水
上野界隈 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
「何だかめたいような心持がしますわ」
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
めたき足の爪さきにはたけつちは新らしく
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
冬の海風がめたかろうと出てみると触る風の和やかさ! 南へ来てよかったな、旅で充実を感じたまれな経験だった。
流浪の追憶 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
そこを二三度も石炭籠すみかごを担いで往復してから急に上甲板じょうかんぱんめたい空気に触れると、眼がクラクラして、足がよろめいて、鬼のような荒くれ男が他愛なくブッおれるんだ。
難船小僧 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
めたい硝子戸のそとに。……
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
私のめたい心が、女のむなしい激情を冷然と見すくめていた。すると女が突然目を見開いた。その目は憎しみにみちていた。火のような憎しみだった。
私は海をだきしめていたい (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
黒い鞄を二三度左右に持ち換えて、切れるようにめたくなった耳朶みみたぼをコスリまわした。
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
めたい硝子戸のそとに。
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
男は却々なかなか見つからなかった。夜更けにむなしく帰ってきてめたい寝床へもぐりこむ。病院の医者をダンスホールへ誘ったが、応じないので、病院通いもやめてしまった。
いずこへ (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
静かな、切れるようなめたい風の中で、碧玉へきぎょくのような大濤おおなみに揺られながらの海難……。
難船小僧 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そなたのめたい手は
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
彼の行動を批判する彼自身のめたい正義観念もまざっていたが、要するにそんなような種々雑多な印象や記憶の断片や残滓ざんさいが、早くも考え疲れに疲れた彼の頭の中で、かしになったり
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
私が生れたとき、私の身体のどこかが胎内にひっかかって出てこず母は死ぬところであったそうで、子供の多さにうんざりしている母は生れる時から私に苦しめられてめたい距離をもったようだ。
石の思い (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
今この男は心にもないうそをついて冷酷に相手を観察しながらしゃべっている場面である。そこで今はめたい目と、水のような声だけが必要なのだ。鼻や手や顔色や動作は次の機会に書く時があるだろう。