万更まんざら)” の例文
旧字:萬更
実際方面における抱負も或る人々の思うように万更まんざら詩人的空想から産出うみだしたユートピヤ的あるいは志士気質の自大放言ではなかった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
源も万更まんざらあわれみを知らん男でもない。いや、大知りで、随分落魄おちぶれた友人を助けたことも有るし、難渋した旅人に恵んでやった例もある。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
帰って柳吉に話すと、「お前もええ友達持ってるなア」とちょっぴり皮肉めいた言い方だったが、肚の中では万更まんざらでもないらしかった。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
○「お慈悲深い旦那だから本当の事を喋って其の上でお慈悲を願え、おめえだって万更まんざら素人しろうとじゃアなし、い道楽者じゃアねえか」
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「実のところ万更まんざら自信がなくもありませんのよ。かえりましたら、いずれ店を出すことになりましょうから、どうぞよろしく」
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
彼はこまを握る合間あいま合間に顔をあげて、星尾助教授の手の内を後からみたり、川丘みどりの真白な襟足えりあしのあたりをぬすして万更まんざらでない気持になっていた。
麻雀殺人事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そらア川島だッて新華族にしちゃよっぽど財産もあるし、武男さんも万更まんざらばかでもないから、おれもよほどお豊を入れ込もうと骨折って見たじゃないか。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
けれども敬太郎にはこの申し出が万更まんざら冗談じょうだんとも思えなかったので、彼は紹介状をたずさえて本当に眉間みけん黒子ほくろと向き合って話して見ようかという料簡りょうけんを起した。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「ウン……それにおやじだって万更まんざらじゃねえんだかんナ……ヤングはそこを睨んでいるんだよ」
支那米の袋 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
だが、万更まんざら、有り得ないことではないかも知れんなと思った。しかし、また一方、警官の訊問を避けるための偽りでないと誰が知ろう。「さあね」と私はもう一度首をかしげた。
私は腹の中で下らん奴だと思ったが、感服した顔をしてびたような事を言うと、先生万更まんざら厭な心持もせぬと見えて、やや調子付いて来て、夫から種々いろいろ文学上の事に就いて話して呉れた。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
なにがも、かにがもあるもんじゃねえ、まかり間違まちがや、てえしたさわぎになろうッてんだ。おめえンとこだって、芝居しばいのこぼれをひろってる家業かぎょうなら、万更まんざらかかりあいのねえこともなかろう。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
陛下崩御——其れは御重態ごじゅうたいの報伝わって以来万更まんざら思い掛けぬ事ではなかったが。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「なに高い事は無いさ、幾万円払つた骨董がうちの土蔵にしまひ込んであるとなると、ほか沢山どつさりあるがらくた道具までが、そのお蔭で万更まんざらな物ぢや無からうといふので、自然が出て来ようといふものぢやないか。」
贋物 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
したがって会えば万更まんざら路人のように扱われもしなかったが、親しく口をいた正味の時間は前後合して二、三十分ぐらいなもんだったろう。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
万更まんざらの他人が受賞したではなし、定めし瀬川君だつても私の為に喜んで居て呉れるだらう、と斯う貴方なぞは御考へでせう。ところが大違ひです。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
併し貴公も手を出したからには万更まんざら気に入らん訳でもあるまいから、真に貴公のさいに致して呉れるなら、改めて僕が離別して実家へ沙汰をするから
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
烏啼も大よろこび、お志万はいうに及ばず貫一も今は万更まんざらではない面持で、お志万の手を握って放さなかった。
もしやという希望も万更まんざらもたないわけではおありなさらなかったでしょうし、もってかえれるものならば、というぼんやりした願いだっておありになったでしょうが
「ところが万更まんざら世話好ばかりでやってるんでもないようですよ。だから君も好い加減に貰っちまったら好いじゃありませんか。器量は悪かないって話じゃないか。君には気に入らんのかね」
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これは万更まんざら形のないおはなしでもない。四五日ぜん何かの小言序こごとついでにお政がとがり声で
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
黒焼流行の折柄ですから万更まんざらき目のない事は御座いますまい。
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「なに高い事は無いさ、幾万円払つた骨董がうちの土蔵にしまひ込んであるとなると、ほか沢山どつさりあるがらくた道具までが、そのお蔭で万更まんざらな物ぢや無からうといふので、自然が出て来ようといふものぢやないか。」
彼様あん茫然ぼんやりしたやつだが、万更まんざら学問が嫌ひでも無いと見えて、学校から帰ると直に机に向つては、何か独りでやつてますよ。どうも数学が出来なくて困る。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
紅葉は豈夫まさかに三円五十銭やそこらのものを買えないほど窮していなかったが、こういう馬鹿々々しい誤聞が伝わるのも万更まんざらでないほど切詰めた生活であった。
富「お隅は万更まんざらでもねえ了簡であるのに、あゝふてえ婆アだ」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「それはちと怪しい。万更まんざらでもないのが居るぜ」
坑夫共の冷かしたのも万更まんざら無理ではない。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
土地の習慣ならはしから『奥様』と尊敬あがめられて居る有髪うはつの尼は、昔者として多少教育もあり、都会みやこの生活も万更まんざら知らないでも無いらしい口の利き振であつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
この考察も万更まんざら見当違いでなく、世には確かに二葉亭の信ずるようなよんどころない境遇の犠牲となって堕落した天才や、立派な主張を持ってる敗徳者もあるにはあるが
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
しかし、源も血気盛けっきざかりな年頃ですから、若々しいほおの色なぞには、万更まんざら人を引きつけるところが無いでもない。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
緑雨は相応に影では悪語わるくちをいっていたが、それでも新帰朝の秀才を竹馬の友としているのが万更まんざら悪い気持がしなかったと見えて、咄のついでに能く万年がこういったとか
斎藤緑雨 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
こうした兄の話は、万更まんざら岸本にも思い当らないでは無かった。彼は一度家の方で嫂と話したことがある。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
事業家としてドレほどの手腕があったかは疑問であるが、事をともにした人の憶出おもいでを綜合して見ると相当の策もあり腕もあったらしく、万更まんざらな講釈屋ばかりでもなかったようだ。
二葉亭追録 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
万更まんざら文学の尊重を認めないどころか、現代文化における文芸の位置を十分知り抜いているくせに、頭の隅のドコかで文学を遊戯視して男子畢世の業とするに足るか否かを疑っていた。
二葉亭追録 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
紅葉は万更まんざら外国文学が嫌いじゃなかったが近代文学にはほとんど同感を持たなかった。
世間が二葉亭を無視して春廼舎の影法師と早呑込はやのみこみしたのも万更まんざら無理ではなかった。が、誰でも処女作を発表する時は臆病で、著作の経験上一日の長ある先輩の教えを聞くは珍らしくない。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
紅葉初め硯友社の同人が美妙を謀反人むほんにん扱いしたのも万更まんざら無理ではなかった。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
が、紙面に載ってるのはことごとく匿名だから、誰が誰であるか今では模索しがたい。が、万更まんざらくすのきの藁人形らしくもなかったので、今なら大方後援者とか維持会員とかいうような連中であったろう。
中には戯文や駄洒落の才を頼んで京伝三馬の旧套を追う、あたかも今の歌舞伎役者が万更まんざら時代の推移を知らないでもないが、手の出しようもなくて歌舞伎年代記を繰返していると同じであった。