一対いっつい)” の例文
旧字:一對
そして凝視ぎょうししているすずしいには深いかなしみの色がやどっていた。その眼で若者はさっきから一対いっついのおしどりをあかずながめていた。
おしどり (新字新仮名) / 新美南吉(著)
前景ぜんけいに立つ若い一対いっついの男女は、伝説のジョン、アルデンとメーリー、チルトンででもあろうか。二人共まだ二十代の立派な若い同士。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
そうしてそれを食う時に、必竟ひっきょうこの菓子を私にくれた二人の男女なんにょは、幸福な一対いっついとして世の中に存在しているのだと自覚しつつ味わった。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
わしのロケットはあの第三十八階ですべての出発準備をととのえていたのだ。ただけていたのは遊星植民に大事な一対いっついの男女——男はこのわし。
遊星植民説 (新字新仮名) / 海野十三(著)
しかし、「いき」が野暮と一対いっついの意味として強調している客観的内容は、対他性の強度または有無うむではなく、対自性に関する価値判断である。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
昨日今日、しのぶおかの花の雲は、八百八町どこからも、薄紅色の衣をたなびかせた天女のように見えはじめて、遠くの富士と一対いっついの美景になった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
机の上には、たけの高いびんと、ふとい、らせん形のロウソクを立てた、一対いっついのロウソク立てがおいてあります。
それはフルトヴェングラーが三十幾歳でベルリン・フィルハーモニーを率いたのと、東西好一対いっついの話柄である。
上覆うえは破れて柱ばかりになってるけれど、御宝前ごほうぜんと前に刻んだ手水石ちょうずいしの文字は、昔のままである。房州石ぼうしゅういしの安物のとうろうではあるが、一対いっついこわれもせずにあった。
落穂 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
「あの美少年と、容色きりょう一対いっつい心上こころあがつた淫奔女いたずらもの、いで/\女のたまは、黒髪とともに切れよかし。」
処方秘箋 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
一対いっつい内裏雛だいりびなのような……と言い出すものがあると、いやそうでない、ああいう殿様に限って、奥方が醜女ぶおんな嫉妬やきもちが深くて、そのくせ、殿様の方で頭が上らなくて
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
どうしても一対いっついであるべきはずだというので、さらに近所を掘り返してみると、ようやくにしてその台石らしい物だけを発見したが、犬の形は遂にあらわれなかった。
こま犬 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
馬小屋の横から一対いっついもっこを持ってくると、馴れた手つきでそのツカミ肥料を、木鍬きぐわい込んだ。
麦の芽 (新字新仮名) / 徳永直(著)
かの女はやわらかく光る逸作の小さい眼を指差し、自分の丸いひたいを指で突いて一寸ちょっと気取っては見たけれど、でも他人が見たら、およそ、おかしな一対いっついの男と女が、毎朝、何処どこ
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
湯本譲次の一対いっついは、この地獄の地下道を、彼等の不思議なねぐらと定めていた訳である。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
きゃっきゃっとうれしがったり恥ずかしがったりする貞世はその夜はどうしたものかただ物憂ものうげにそこにしょんぼりと立った。その夜の二人は妙に無感情な一対いっついの美しい踊り手だった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
一帳ひとはり男女名取中、葡萄鼠縮緬幕ぶどうねずみちりめんまく女名取中、大額ならびに黒絽夢想袷羽織くろろむそうあわせばおり勝久門弟中、十三年忌が三世の七年忌を繰り上げてあわせ修せられたときには、木魚もくぎょ一対いっつい墓前花立はなたて並綫香立男女名取中
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
御膳炊きには惜しいじゃねえか、旦那と並べれば一対いっついの御夫婦が出来らア
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
一対いっついなら、おれの腕で売ればたしかに三十両にはなるものだが、片方では仕方がない、少しの金にせよ売物にならぬものを買ったってどうもならぬと、何ともいえないその鐙の好い味に心はかれながら
骨董 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
停留所で逢った二人の関係も、敬太郎の気のつかない頭の奥では、すでにこういう一対いっついの男女として最初から結びつけられていたらしかった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
新生涯の新夫婦、メェフラワァを目送するピュリタンの若い男女の一対いっついの其一人はけた。残る一人は如何いかがであろう?
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
マタンが、はじめてじぶんの手ひとつで、木ぐつを一対いっついほりあげたのは、この町にきてから、三年後でありました。
名なし指物語 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
箒型ブラシから軍手をはずし、一対いっついちゃんとそろえて、一応となりのタンスのひき出しへしまう。あとでゆっくり台所の元のひき出しへ返しておけばいい。ジャンパーも元のところへしまう。
月と手袋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
窓の下はすぐ小笹の崖で、崖の下は何屋敷か怖ろしくしんとした裏門口にあたっている。で、ここにこうして美男美女の一対いっついが、狭い窓口に顔を寄せ合っていても、誰に見られるおそれもない。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
並木五瓶が生き馬を使って失敗したのと、古今一対いっついであろう。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
身の廻り、といっても、杖と笠と、ふり分けの小荷物一対いっつい
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
取り澄ました警句を用いると、彼らは離れるために合い、合うために離れると云った風の気の毒な一対いっついを形づくっている。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
うっかりさわれば生きてますと云い貌にびちりと身をもじり、あっと云ってね飛ばせば、虫のくせに猪口才ちょこさいな、頭と尾とで寸法とって信玄流に進む尺蠖とは、気もちの悪い一対いっついである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「後に、それを思い合わされてか、安土へ召しよばれ、近ごろでは、ここの御亭主がよく仰せられるおことばにも——筑前は大気、宗易は名器、一対いっついの者と、ひとしおお目にかけられておられます」
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それでは、あの一対いっついのおしどりは、すみきった愛のみを
おしどり (新字新仮名) / 新美南吉(著)
これは狸穴まみあなの支社の客間で見たものと同じだから、一対いっついを二つに分けたものだろうと思った。そのほかには長い幕の上に、おおきな額がかかっていた。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すべての眼には、二人の姿が、一対いっついの狂人みたいに怪しく見えた。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
る時花時分はなじぶんに私は先生といっしょに上野うえのへ行った。そうしてそこで美しい一対いっつい男女なんにょを見た。彼らはむつまじそうに寄り添って花の下を歩いていた。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それを引き延ばすと、既婚の一対いっついは、双方ともに、流俗に所謂いわゆる不義インフィデリチの念に冒されて、過去から生じた不幸を、始終めなければならない事になった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
巴里パリ中かけ廻ってようやく、借用品と一対いっついとも見違えられる首飾を手に入れて、時をたがえず先方へ、何知らぬ顔で返却して、その場は無事に済ましました。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼らがり抜けるように私たちのそばを通って行く時、眼を上げて物色ぶっしょくすると、どれもこれも若い男と若い女ばかりです。私はこういう一対いっついに何度か出合いました。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
心のうちで自分の目の前にいるこの一対いっついの老夫婦と、結婚してからまだ一年とたない、云わば新生活の門出かどでにある彼ら二人とを比較して見なければならなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そういう意味からいって、私たちは最も幸福に生れた人間の一対いっついであるべきはずです
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
二人を常に一対いっつい男女なんにょとして認める傾きをっていた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)