驀進ばくしん)” の例文
もちろん、足利がたの浜の手、少弐頼尚しょうによりひさの一軍は、すでに駒ヶ林へその先駆せんくを突ッかけて来、直義ただよしの本軍も、西国街道を、驀進ばくしんしていた。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
冬の、(イヤ、秋かな、マアどっちでもいいや)まだ薄暗いあかつきの、静寂せいじゃくを破って、上り第○号列車が驀進ばくしんして来たと思い給え。
一枚の切符 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
石と鉄と石炭の巨大な暗黒の底に白いしぶきをあげて、くろ光りにひかる道路に、驀進ばくしんする自動車の灯火がながく流れている。
と、アンは叫んだが、そのまま速力をゆるめないで驀進ばくしんした。その辻のところでは、半壊はんかいの建物から、また、ばらばらと石塊せきかいがふってきた。
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
これを運命という狭い眼界から諸行無常と観ずるなら、その諸行無常にこそ次に向けた運命への勇歩驀進ばくしんの力点があるのでもございましょう。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
レニングラードに向かって驀進ばくしんする機関車と食用蛙を描いて東洋人が彼女の未来の夫であることを象徴するのであった。
恋の一杯売 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
狭い一本道路を、田舎のバスらしい権威で驀進ばくしんするから、重吉の家の店のガラス戸も、前の沢田という家の四枚のガラスも、泥はねだらけであった。
播州平野 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
父死後の始末も一段落ついた頃彼女を海岸からアトリエに引きとったが、病勢はまるで汽缶車のように驀進ばくしんして来た。
智恵子の半生 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
恰度四時四十二分に夜行の旅客列車が物凄い唸りを立てて、直ぐ眼の前の上り線路を驀進ばくしんして行きました。そしてあたりは再び元の静寂しじまに返ったのです。
とむらい機関車 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
三年間休んだのは、右腕を切られた後の養生と、左腕を自由に使ひこなす迄の練習期間で、それがをはると再び百軒一萬兩の大願へ驀進ばくしんしたのでした。
土田どた名鉄めいてつの犬山口から分岐する今渡線の終点に近い。ちらとその駅をのぞいて、また右へ、ライン遊園地へ向けて、またまた驀進ばくしん驀進驀進である。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
しかしあの苦行がなければあの社会への驀進ばくしんはなかつたのである。その孤独がなければあの融合はなかつたのである。そこを考へて見なければならない。
静かな日 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
ああ、昭和遊撃隊は、今や海の猛獣となって、東へ東へまっしぐらに驀進ばくしんするのだ。速力、実に三十八ノット!
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
彼等は店のなかが込んでいると見るや、たちまち鋭い眼付になって、空席を見出すと共に人込みを押分けて驀進ばくしんする。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
るいや他の艦が、それと気づいた頃にはおそく、本艇は、白みゆく薄闇をいて、うなりながら驀進ばくしんしていた。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
しかりといえども一世の輿論よろんと戦い、天下の趨勢に抗し、愚人と争い、智者と闘い、社会を挙げて、その敵たるも顧慮する所なく、猛然として驀進ばくしんしたるもの
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
下り一〇五列車は、黒くよどんだ夜の空気を引裂き、眠った風景を地軸から揺り動かして、驀進ばくしんして行った。
鉄路 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
あたり一面はくらいのに、ヘッドライトに照された景色だけは昼のようです。そうしてその光景を展開させながら真黒な怪物が爆音を立てて驀進ばくしんして行くのです。
死者の権利 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
……オートバイかトラックかがあちらから、大へんな勢ひで盲目めくら滅法に驀進ばくしんして来る。私はその道を横切らうとして、それに気がつき、危いと避けようとする。
大凶の籤 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
ところが先生ひとたび意を決して国のため社会のためにこれなりと認めると、如何いかなる反抗があっても生命を賭して驀進ばくしんする。即ち破壊的大運動をなすのである。
世間はわが福音に背を向け、わが願わざる方向へと驀進ばくしんする。我は悵然ちょうぜんとしておのが孤影を顧みるのです。
闇の中から光明を目ざして驀進ばくしんする彼の心霊に対する究極の理想として映じたからにほかならない。
不幸にして彼は有力な藩に生れなかったから、独力で今日の地位に驀進ばくしんしただけのもので、彼を西南の大藩にでも置けば、勤王方の有力なる一城壁をなす人物なのだ。
そして尻をしたたかにぶん殴られたように前方へ驀進ばくしんした。隊長は、すべり落ちそうになりながら
パルチザン・ウォルコフ (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
地響き立てて驀進ばくしん中の列車とはいえ、今の二発の轟音ごうおんと、この硝煙の香は、旅客の平安を破るに充分であったろう。開けろ、開けろと扉が破れんばかりにたたかれている。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
どこかの山中の嶮崖けんがいを通る鉄道線路の夜景を見せ、最後に機関車が観客席に向かって驀進ばくしんするという甚だ物々しいふれだしのあった一景は、実は子供だましのようなものであった。
これだけの用意が出来上ったら、もう何の躊躇もなく驀進ばくしんすべき準備が整ったのだ。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
理想境ユートピアに向って驀進ばくしんするんだ。……吾輩もカフェー・ユートピアに居る。即ち酒だ。酒が即ち吾輩の理想境ユートピアなんだ。あとは睡る事。永遠に酔い永遠に眠る。これが吾輩のユートピアだ。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
と、彼は無言のままその紅の一点を目がけて、押し寄せる敵軍の中へただ一騎驀進ばくしんした。ほこの雨が彼の頭上を飛び廻った。彼はたてを差し出し、片手のつるぎを振り廻して飛び来る鋒をはらった。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
それに次いで起った問題は、劇道革進の第一程として、欧米風の劇場を建設することで、川上は万難を排してその事業に驀進ばくしんした。それとても奴の力がどれほどの援助であったか知れなかった。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
ゆっくり/\車をひいて、身の上話でもする老車夫は、今は春の日永のいなか道に見出す位のものであろう。いなか道でも自動車のいつ驀進ばくしんして来るかわからぬところではなか/\油断がならぬ。
丸の内 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
文聘は、近くの兵船七、八隻、快速の小艇十余艘をひきつれて、波間を驀進ばくしんし、たちまち彼方なる大船団の進路へ漕ぎよせ
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
地下道の厚い壁はわが自動車めがけて、鋼鉄艦のごとく驀進ばくしんしてきたが、私が、力一ぱいハンドルを切ったため、壁は、ぐーッと右に流れた。
地球要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
僕は毎日毎日、東へ東へと驀進ばくしんする大編隊の無数の埃のような幻を見るのです。蚊柱のような唸りを聴くのです。ハハハハハハ、むろん幻ですよ。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
父死後の始末も一段落ついた頃彼女を海岸からアトリエに引きとつたが、病勢はまるで汽罐車きかんしやのやうに驀進ばくしんして来た。
智恵子抄 (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)
とにかくこれが当分のお別れであろう日本の春の夜を、汽車はいま狂女のように驀進ばくしんしている。下関へ、ハルビンへ、莫斯科モスコウへ、伯林ベルリンへ、やがてロンドンへ。
踊る地平線:01 踊る地平線 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
や、例のかばと白との別荘だなと思うと、中仙道は川添いの松原と桃林との間を東へ東へと驀進ばくしんしつつある。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
然れどもその説く所の人生驀進ばくしんの意気余りに豪壮に過ぐるを以てわれは忽ちこれを捨てて顧みざりき。
矢立のちび筆 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
さもなければ、自分の食慾に対して何かその人としてのおきてをもち、同時にソヴェト政権の驀進ばくしん力に対しても何かその人だけの曰くを抱いていそうな人たちだった。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
いきなり横町から自動車が驀進ばくしんして来て、アッと言う間もなく車輪にかけられた——。
焔の中に歌う (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
しつこくその一点に向かって一直線に驀進ばくしんするといった頑固一点張りの人間であった。
この両神がつるぎをぬきかざして、鹿島灘の上を驀進ばくしんきた面影おもかげを、ただいま見る。
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
彼は突然に眼を閉じ、唇を噛締かみしめて、雑木藪ぞうきやぶの中を盲滅法めくらめっぽう驀進ばくしんし初めた。
笑う唖女 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そして自分は、義景を逃がすためにふみとどまり、千余の手兵をもって、驀進ばくしんして来る織田軍を、幾刻いくときかそこで支えていた。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「なるほど、そうですか。これも天佑てんゆうの一つでしょうな」自動車隊は、暗闇の中を、なおもグングンと、驀進ばくしんして行った。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
おそらく、私たちを乗せた巨大な甲虫かぶとむしは、今は一千五百尺以上の山中を驀進ばくしんしている。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
それだけに、興味も異常に集中して、ともかくもこれをひとつ手捕りにして置いてその上——と、彼は全能力をつくして驀進ばくしんしようとした時に、その行手にはたと立ち塞がったものがあります。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
この稀有けうな人間の正体がどんなものであるかを見きわめようとした。私の脳裏のミケランジェロはその行蔵の表裏矛盾にみちしかも底の底ではただ一本道を驀進ばくしんするタンクのような人間であった。
(私はさきごろ) (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
そのまま列車を廃鉱へ驀進ばくしんさせた。
探偵小説の「謎」 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
武蔵が、それへ眸をらした咄嗟とっさ、狙い澄ましていたもう一名の法師は、槍もろとも勢いよく彼へ向って、驀進ばくしんして来た。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)