“須(もち)” の例文
國語と漢文とを調和し、雅言と俚辭とを融合せむと欲せし、放膽にして無謀なる嘗試は、今新に其得失を論ずることを須(もち)ゐざるべし。
今更ここに言ふを須(もち)ゐないことではあるが、その撓(たゆ)み易き句法、素直に自由な格調、從つてこれは今迄に類(たぐひ)のなかつた新聲である。
新しき声 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
されど汝のいふごとく天の淑女の汝を動かし且つ導くあらば汝そがために我に求むれば足るなり、何ぞ諛言(へつらひごと)をいふを須(もち)ゐん 九一—九三
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
そこでこの懇親会の輪番幹事の一人たる畑が、秋水を請待(しょうだい)して、同郷の青年を警醒(けいせい)しようとしたのだと云うことは、問うことを須(もち)いない。
余興 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その薩摩が討幕の密勅を奉ずるに至りたるが如きは、これ西郷、大久保の意にして、三郎の意に非ざるやまた疑うを須(もち)いず。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
この語なども古調の妙味実に云うべからざるものがある。既に年老いた額田王は、この御歌を読んで深い感慨にふけったことは既に言うことを須(もち)いない。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
五十年の人生を以て人性人情を解釈すべき唯一の舞台とする論者の誤謬は、多言を須(もち)ひずして明白なるべし。
内部生命論 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
故に、風候水色の好適なる裡に、細緡香餌(さいぴんこうじ)を良竿(かん)に垂れ、理想の釣法を試むことを得ば、目的こゝに達したるなり。魚の多少と大小は、また何ぞ問ふを須(もち)ひん。
研堂釣規 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
必ずしも取出でゝ一々何の景彼の勝といふを須(もち)ひない、全體が一致して人に清凉感を起させるのである。
華厳滝 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
多言するを須(もち)いず、これらの歌が曙覧ならざる人の口より出(い)で得べきか否かを考えみよ。
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
つまり日光の方から炭とか米とかの日用品を其處に持つて行つて置くと、栗山の方から下駄や細工物の材料を持つて來て、そして人を須(もち)ひずに物品だけで交換して行くのであつた。
日光 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
されども今、誰に向かいて現にこの恩を謝すべき相手を見ず。これを譬(たと)えば人生に必要なる日光、空気を得るに銭を須(もち)いざるがごとし。その物は貴しといえども、所持の主人あらず。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「いいや、二股ではない、昨日は新撰組にいたが、今日は御陵組だ、昨日は昨日、今日は今日、朝(あした)には佐幕となり、夕(ゆうべ)には勤王となる、紛々たる軽薄、何の数うることを須(もち)いん——」
若しわれをしも蒐集家(しうしふか)と言はば、張三李四(ちやうさんりし)の徒も蒐集家たるべし。然れどもわが友に小穴一游亭(をあないちいうてい)あり。若し千古の佳什(かじふ)を得んと欲すれば、必(かならず)しもかの書画家の如く叩頭百拝(こうとうひやくはい)するを須(もち)ひず。
わが家の古玩 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
これによって吾々は、国体が私有財産制とは無関係であるということを、即ち又、国体の変革を須(もち)いずして私有財産の一種の否認も存在し得なくはないということを、教えられたわけである。
社会時評 (新字新仮名) / 戸坂潤(著)
何ぞ故(ことさ)らに新しき形を要せんと、殊に知らず、昔しの淳朴なるや、「八雲立」「難波津」の歌猶之を誦して、人をして感ぜしむるに足れり、今に至つては猶此緩慢なるものを須(もち)ゆべけれんや。
詩人論 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
命令を須(もち)いずして、万民信服し、10865
Y県出身の崇拝者。目前で大飯を食っている純一の attribute(アトリビュウト) はこれで尽きている。多言を須(もち)いないと思っているのである。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
汝の命ずるところよくわが心に適ひ、既にこれに從へりとなすともなほしかするの遲きを覺ゆ、汝さらに願ひを我に闢(ひら)くを須(もち)ゐず 七九—八一
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
貨(しろもの)だに善くば、その産地を問ふことを須(もち)ゐず。友よ、善き子よ。我がためにヘブライオスの語を學べ。我も諸共に學ばんとす。たゞその學びさまを殊にせんのみ。
富めるもの驕(おご)る可からず、貧しきもの何ぞ自ら愧(は)づるを須(もち)ひん。額上の汗は天与の黄金、一粒の米は之れ一粒の玉、何ぞ金殿玉楼の人を羨まむ。唯だ憫(あは)れむべきは食を乞ふの人。
客居偶録 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
斥(しりぞ)けて曰く「余はかかる晩餐(ばんさん)をもってみずから足るものなり。なんぞ黄金を須(もち)いん。余はみずから黄金を懐にするよりもこれを懐にするの敵国を征服するをもってむしろ栄光となすなり」
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
我等亦多言するを須(もち)ひずと雖(いえど)も、其の明治大正の文芸に羅曼(ロマン)主義の大道を打開し、艶(えん)は巫山(ふざん)の雨意よりも濃に、壮は易水の風色よりも烈なる鏡花世界を現出したるは啻(ただ)に一代の壮挙たるのみならず
「鏡花全集」目録開口 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
遠く史上の古人に就て之を檢覈(けんかく)するを須(もち)ひず、近く吾人の目睹耳聞するところの今人に就て之を考査すれば、直に明瞭なることであるが、分福の工夫十分なる人が、好運の來訪を受くること多きも
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
なんぞ必ずしも区々たる人為(じんい)の国を分(わかち)て人為の境界を定むることを須(もち)いんや。いわんやその国を分(わかち)て隣国と境界を争うにおいてをや。いわんや隣(となり)の不幸を顧(かえり)みずして自(みず)から利せんとするにおいてをや。
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「清風明月一銭の買うを須(もち)いず——と、たぶん李白の詩にあったけな、一銭のお手の中を頂くにも、人間となると浅ましい思いをするが、この良夜を無代価に恵与する天然の贅沢(ぜいたく)はすばらしいものだ」
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
労苦することを須(もち)ゐず。
丁度この時幕が開いたので、答うることを須(もち)いない問のような、奥さんの詞は、どういう感情に根ざして発したものか、純一には分からずにしまった。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ヱネチア人は今も不平を説くことを須(もち)ゐざるなるべし。されどわが解するところのものは美妙なり。陸上宮殿の柱像(カリアチデス)たらんは、海の女王たらんことの崇高なるには若(し)かず。
吾人は多言を須(もち)ひずして知る、尤も多く並等(びやうどう)を教ふるもの、尤も多く最多数の幸福を図るもの、尤も多くヒユーマニチーを発育するもの、尤も多く人間の運命を示すもの、即ち
国民と思想 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
爰(なん)ぞ須(もち)ゐん 空言を用ゐるを。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
茶山が山陽を如何に観てゐたかと云ふことは、事新しく言ふことを須(もち)ゐない。此書は既に提供せられた許多(きよた)の証の上に、更に一の証を添へたに過ぎない。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
少しも疑ふを須(もち)ひない。
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
果して然らば周迪成美の伯孝たることは、復(また)疑ふことを須(もち)ゐぬであらう。馬屋原成美、字は伯孝、初め周迪と称し、後恕庵と改め、又父祖の称玄益を襲いだ。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
それは他人あしらいにせられると思うからである。その反面には、奥さんが岡村に対して、遠慮することを須(もち)いない程の親しさを示しているという意味がある。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
しかし他日維新史料が公にせられたなら、此問題は復(また)秘することを須(もち)ゐぬものとなるかも知れない。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
春水との初見も、特に初見として叙出しては無い。春水も山陽も、此紀行にあつては始て出づる人物である。父は已に顕れた人物だから名字を録することを須(もち)ゐない。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
劇通で芝居の所作事(しよさごと)をしくんだ壽阿彌に斯(かく)の如き滑稽のあつたことは怪むことを須(もち)ゐない。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
是れ朝廷の威信を繋(つな)ぐ所以(ゆゑん)の道に非ず。皇祖天神照鑒在上。吾説の是非、豈(あに)論ずるを須(もち)ゐんや。吾に左袒(さたん)する者は、檄(げき)の至るを待ち、叡山(えいざん)に来会せよ。共に回天の大策を可議者也(ぎすべきものなり)。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
紫の紐(ひも)を以て髻(もとどり)を結(ゆ)うのが、当時の官吏の頭飾(とうしょく)で、優が何時までその髻を愛惜(あいじゃく)したかわからない。人はあるいは抽斎の子供が何時斬髪したかを問うことを須(もち)いぬというかも知れない。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
想ふに授受が眞志屋と金澤氏との間に行はれた初には、縱(よし)や實に寓公たらぬまでも、眞志屋の名前人が立てられてゐたが、後に至つては特にこれを立つることを須(もち)ゐなかつたのではなからうか。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)