道路みち)” の例文
私は昨夜自動車に出会った場所は、停車場ステーションから海浜旅館ホテルへ出る道路みちとは違っている。しかも汽車が到着ついた時から一時間も経過っていた。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
私の保護者は、自分の席にのぼつて、角笛つのぶえを鳴らした。さうして、私たちは、エル町の「石だらけの道路みち」を、がら/\と通つていつた。
磯五はそれから、若松屋惣七のことをきいたり、おせい様のことを話したりしながら、お高といっしょに道路みちのほうへ歩き出した。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
藤田は立止つて凝然じつ此方こつちを見てゐる様だつたが、下げてゐた手拭を上げたと思ふ間に、道路みちは少し曲つて、並木の松に隠れた。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
折々きこゆるは河鹿かじか啼声なきごえばかり、只今では道路みちがこう西の山根から致しまして、下路したみちの方の川岸かしへ附きましたから五六町でかれますが
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「それぢや伺ひますが、君はいつ大阪の道路みちを見ました。」おとなしい岩田氏は幾らか喧嘩腰になつて心持顔を赤めて言つた。
彼が家の横なる松、今は幅広き道路みちのかたわらに立ちて夏は涼しき蔭を旅人に借せど十余年の昔は沖より波寄せておりおりその根方ねかたを洗いぬ。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
夕暮の野路でも、彼女たちはつかれきつて、默々と、まだ夜露にしめらない、土埃りのたつ道路みちを、まつ黒い影で二三人づつ歩いてゆくのだつた。
桑摘み (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
昔時むかしはそれでも雁坂越とって、たまにはその山を越して武蔵へ通った人もあるので、今でもあやしい地図に道路みちがあるように書いてあるのもある。
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
友達に別れると、遽然にわかに相川は気の衰頽おとろえを感じた。和田倉橋から一つ橋の方へ、内濠うちぼりに添うて平坦たいら道路みちを帰って行った。
並木 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
橋の向こう側には、坦々たんたんたる広い道路みちでも開けておればまだしも、真の闇だったらどんな気持がすることでしょうか。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
されば旧冬きうとう家毎いへごと掘除ほりのけたる雪と春降積ふりつもりたる雪と道路みちに山をなすこと下にあらはすを見てもしるべし。
と、その襞襀ひだの中腹にこの道路みちの延長があるのか、一台の華奢なクリーム色の二人乗自動車クーペが、一足先を矢のようにつッ走って、見る見る急角度にやみの中へ折曲ってしまった。
白妖 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
「そちらは反対の道路みちだわよ、其処にはもう人家がない、さびれた裏通りだもの、」
蜜のあわれ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
戸外そとは寒い風が、道路みちに、時々軽い砂塵埃すなぼこりを捲いていた。その晩は分けて電車の音も冴えて響いた。ましておとりさまと、女中などの言うのを聞けば、何となく冬も急がれる心地がする。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
道路みちは背が立たぬ。隣家へ行くにも船で無けねばならぬ。赤濁りの汚水が床板の上を川のように流れた。水は五六日で退き、道もやがて乾いたが、稲田は穂を含んだまゝに枯れて仕舞つた。
大野人 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
「好いお湿しめりだ、と言いてえが、これじゃあ道路みちぬかるんでやりきれねえ。いや、降りやがる、ふりやがる——豪気なもんだ。」
十八世紀の初め頃、墺太利オーストリー維也納ウヰンナ市街まちちやうどそれで、雨降りの日にでもなると、道路みちは大ぬかりにぬかつて、市民は外へ出るのが億劫でならなかつた。
捨吉は路傍みちばたにある石の一つに腰掛けて休んだ。そして周囲を見廻した。眼前めのまえには、唯一筋の道路みちと、正月らしくあたって来ている日の光とがあるばかりであった。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
されば旧冬きうとう家毎いへごと掘除ほりのけたる雪と春降積ふりつもりたる雪と道路みちに山をなすこと下にあらはすを見てもしるべし。
足が悪いだけにかけるのも遅いから、新吉は逃げようとするが、何分なにぶんにも道路みちがぬかって歩けません。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
山のけずりて道路みち開かれ、源叔父が家の前には今の車道くるまみちでき、朝夕二度に汽船の笛鳴りつ、昔は網だに干さぬ荒磯あらいそはたちまち今のさまと変わりぬ。されど源叔父が渡船おろしの業は昔のままなり。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
道路みちの上を盤と見做し、道行く人の頭顱あたまを球と思ひ做して、此の男の頭顱の左のはたを撞いて、彼の男の頭顱の右の端に觸れさせると向う側の髮結牀の障子に當つてグルツと一轉して來て
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
二人はやや失望を感じて同じ道路みちを戻ってくると、泉原はフトある家の前で足を停めた。彼はその家の三階の窓に、鉢植の草花を発見したのである。草花の鉢は雨が降れば取込む事にきまっている。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
そう思ったとき、彼女は、まるで戸板か何ぞのように思い切りよく道路みちの真ん中に倒れて、そのまま起き上がらなかった。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
あゝ、世の無情をいきどほる先輩の心地こゝろもちと、世に随へと教へる父の心地と——その二人の相違は奈何どんなであらう。斯う考へて、丑松は自分の行く道路みちに迷つたのである。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
実をいふと、岩田氏はこれまで幾度か東京へ来た事はあつたが、そんな折には大阪の事ばかり考へてゐたので、東京に道路みちがあるといふ事すら、少しも思ひ浮ばなかつた。
此のたびは伯父が大病でございまして、さぞお長屋の衆の御厄介だろうと思い実は彼方あちらの兄とも申し暮しておりました、急いで参るつもりでございますが何分にも道路みちが悪うございまして
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
彼処あすこに子供が三人居るんだ」——この思想かんがえに導かれて、幾度いくたびか彼の足は小さな墓の方へ向いた。家から墓地へ通う平坦たいら道路みちの両側には、すでに新緑も深かった。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
生酔いのように道路みちの真中を一文字に、見れども見えず聞けども聞かざるごとく、思案にわれを忘れて花川戸はなかわどの自宅に帰り着いた早耳三次は、呆れる女房を叱りとばして昼の内から酒にして
道路みちを隔てて、向側の農家の方で鳴く鶏の声は、午後の空気に響き渡った。強い、充実した、ふとった体躯からだに羽織袴を着け、紳士風の帽子をかぶった人が、門の前に立った。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
いいすてて、お駒ちゃんは、道路みちの一方へすたすた歩き出した。それは、日本橋のほうへ帰る方向だったので、久助は安心したが、しかし、お駒ちゃんが血相を変えているのが心配であった。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
道路みちは悪し、車は遅し、丑松は静かに一生の変遷うつりかはりを考へて、自分で自分の運命を憐み乍ら歩いた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
道路みちに一すじ赤っぽい光を投げて、まだ一軒の煮売り屋が起きている。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
どぶは深く、道路みちは悪く、往来ゆききの人は泥をこねて歩いた。それを通り越したところに、引込んだ閑静な町がある。門構えの家が続いている。その一つに実の家族が住んでいた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
見れば見るほど、聞けば聞くほど、丑松は蓮太郎の感化をけて、精神の自由を慕はずには居られなかつたのである。言ふべし、言ふべし、それが自分の進む道路みちでは有るまいか。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
吾儕を待つて居た馬車は、修善寺から乘せて來たのと同じで、馬丁べつたうも知つた顏だつた。天城の山の上まで一人前五十錢づゝ。夜のうちに霰が降つたと見えて、乘つて行く道路みちは白かつた。
伊豆の旅 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
日比谷へ行くことは原にとって始めてであるばかりでなく、電車の窓から見える市街の光景ありさますべて驚くべき事実を語るかのように思われた。道路みちも変った。家の構造たてかたも変った。店の飾り付も変った。
並木 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)