蹌踉そうろう)” の例文
ワグナーは蹌踉そうろうとして貧しい自分の部屋に帰ったが、おそろしい興奮のために発熱して、翌る日も枕から離れることは出来なかった。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
若僧は最前より妙信のものいえるを顧みざるがごとく、下手の方をながめたりしが、この時蹌踉そうろうとしてたましいうつけたる姿に歩み出づ。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
あたかも病みあがりのロイマチス患者のごとき蹌踉そうろうたる歩調あしどりで、大道狭しと漫歩しているのは、まことに荘重類ない眺めであった。
次で腰元たちが二人三人と来る、金吾が来る宙野が現われる、いちばん最後に若さまが、蹌踉そうろうとよろめきながら出てまいられた。
若殿女難記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それから追捕を避けつつ千辛万苦する事数箇月、やっと一ヶ年振りの十一月の何日かに都に着くと蹌踉そうろうとして吾家わがやの門を潜った。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その沸ぎりたつ空気の中へ、結城紬の袷を着ながしのまま痩躯鶴のような成島柳北が、一杯機嫌で蹌踉そうろうとしてあらわれてくることもあった。
早稲田大学 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
大酒家の孫翊は、蹌踉そうろうと、門外へ出てきた。かねてしめし合わせていた辺洪へんこうは、ふいに躍りかかって、孫翊を一太刀に斬り殺してしまった。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だが、氏が「自己満足の創痍。」のためにやや蹌踉そうろうとして居る始末までをなお私が氏からこの上負わされるのはやり切れない。
鶴は病みき (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
大勢おおぜい神将しんしょう、あるいはほこり、あるいはけんひっさげ、小野おの小町こまちの屋根をまもっている。そこへ黄泉よみの使、蹌踉そうろうと空へ現れる。
二人小町 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
がんりきは、竜之助の刀を避けて、ならの木の蔭へ隠れる。白刃しらはひらめかした竜之助は、蹌踉そうろうとして、がんりきの隠れた楢の木の方へと歩み寄る。
大菩薩峠:08 白根山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
天願氏がブリキのように薄い肩で人波を切りながら蹌踉そうろうと歩く後から、私達がつづいた。古本屋のおやじの肩に、黄色の銀杏いちょうの葉が乗っている。
風宴 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
物置小屋のかげに、つづみの与吉はつばをのんで、蹌踉そうろうと椎の老幹に身をささえているお藤のようすを心配げに見あげた。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ひどい熱に浮かされながら、幹にすがり、座間の肩をかりて蹌踉そうろうとゆくうちに、あたりの風物がまた一変してしまった。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
間もなく、豚や鳥の油でぎらぎらしているその露路の入口から、阿片に青ざめた女たちが眼をにぶらせて蹌踉そうろうと現れた。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
傍にそなえられた高度計の目盛は、グングン廻って行った。遙かなる地球は、蹌踉そうろうとして足下に、のたうっている……。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
わたしは今までにも数回この老看守には会っているのだが、こんなに彼が蹌踉そうろうとしているのを見たのは初めてだ。
灯台鬼 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
「しつれいします。」そのまま美濃は、店先から離れて、蹌踉そうろうちまたへひきかえした。ぞろぞろ人がとおっていた。
古典風 (新字新仮名) / 太宰治(著)
繭玉が二つ、もつれ合ったような恰好で、博士を背に水戸は深海軟泥につまづきながら蹌踉そうろうと歩みはじめた。
地球発狂事件 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
高柳君は蹌踉そうろうとして進んでくる。夫婦の胸にはっときざした「これは」は、すぐと愛の光りに姿をかくす。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
蹌踉そうろうとして立ち上り、顧みて老いたる妻を一目見たる後、戸をあけて去る。後四人しばらく無言)
父帰る (新字新仮名) / 菊池寛(著)
なかに蹌踉そうろうとした足どりの幾組かもあって、バンザーイ、バンザーイといいながら、若い女のひとの顔の前へいきなりひょいと円い赤い行列提灯をつきつけたりしていた。
一層ひどくした蹌踉そうろうたる足どりで、折からの銀座の出盛りのなかにまぎれ込んでしまった。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
蹌踉そうろうとした足どりで彼が町を歩いていると、後からいきなり肩を叩いたものがあった。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
まるで悪夢につかれた人間のように、彼の足は蹌踉そうろうとして定まらないのであった。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
私はのみ過ぎた酒の為に、やや蹌踉そうろう蹣跚まんさんとして歩いていたわけです。
悪魔の弟子 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
先生と学生らは、夜半まで痛飲して、蹌踉そうろうとして帰って行った。
純情狸 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
凝視し、蹌踉そうろうと道を歩く。その様追はるる予言者の如し
狼園 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
どこまでつづく奥曲輪か、長い長い深夜の廊を、蹌踉そうろうと曲がりくねって来たところで、彼は何かへどすんと肩でもぶつけたような気がした。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
山も谷も恐るるところにあらず、どこまでもこの道を辿たどってニースまで行き着こう、と、二人で固く誓いを立て、また蹌踉そうろうたる前進を続けるのであった。
お地蔵様のように捧げた片手のの上に、なにか崩れた豆腐のようなものを持って見るからに蹌踉そうろうとした足取りで線路の方へ消えて行った、と云うのだった。
三狂人 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
言い捨てて勘定も払わず蹌踉そうろうと屋台から出て行きます。さすが、抜け目ない柳田も、頭をかいて苦笑し
女類 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そうして蹌踉そうろうたる老紳士のうしろから、二列に並んでいるテエブルの間を、大股に戸口の方へ歩いて行った。
西郷隆盛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
妙念 (蹌踉そうろうとして正面に眼をすえたるままに歩み出でみずからに言えるがごとく声調怪しくゆるやか)
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
私は神様に命ぜられたような崇高な感じに打たれつつ蹌踉そうろうとして一候補生に追い附いた。無言で肩を貸してやって、又も近付いて来る砲弾の穴を迂廻させてやった。
戦場 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
饗宴きょうえんの席からけ者にされたモーツァルトが雇人達やといにんたちと一緒に食事をさせられて、「雇人扱いにされた」という屈辱感と激怒のため酔っ払いのように蹌踉そうろうとして帰り
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
十二時頃、外套がいとうのばら銭を台の上にありったけさらけ出して私は蹌踉そうろうとして風の巷によろめき出た。
風宴 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
彼の蹌踉そうろうとした姿のあることだけが、さもあたりまえのように、知らず知らず思われていたのだ。
腐った蜉蝣 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
はつ女に支えられた、綱宗の姿を、手燭の光が、ぼうと、いかにも心もとなくうつし、そして上段のふすまのかなたへ、蹌踉そうろうと去っていった。甲斐はしんと、それを見送っていた。
凹凸ある教会の石壁に沿うて外套の肩から手風琴を吊った男が一人の仲間と腕を組み、蹌踉そうろうとやって来た。歩道は長い。意志まで酔いつかれた長いジグザグ歩き。蹄の音が遠くからした。
馬車の客、車の客の間に、ただ一人高柳君は蹌踉そうろうとして敵地に乗り込んで来る。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
けれども、そういう中でも、一番顕著なものと云うのは、ほかでもないロムベルグ徴候じゃないか。両眼を覆われるか、不意に四辺あたりが闇になるかすると、全身に重点が失われて、蹌踉そうろうとよろめくのだ。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
私は、蹌踉そうろうとして日が暮れてから、わが家へ帰ってきた。
泡盛物語 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
来島が片手をマストにかけ、蹌踉そうろうとして立ちあがった。
風蕭々 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
翠蓮すいれん父娘おやこが何度も伏し拝んで立ち去った後も、三人は灯ともる頃まで、快飲していた。そして蹌踉そうろうと夜の街へ歩き出ると、やがて四ツ辻で
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
訥吃とっきつ蹌踉そうろう七重ななえの膝を八重やえに折り曲げての平あやまり、他日、つぐない、内心、固く期して居ります。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
自分たちの左右には、昔、島崎藤村しまざきとうそんが「もっとかしらをあげて歩け」と慷慨こうがいした、下級官吏らしい人々が、まだただよっている黄昏たそがれの光の中に、蹌踉そうろうたる歩みを運んで行く。
毛利先生 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
蹌踉そうろうとして、座にも堪えないように立ち上って、何方いずれともなく出て行ってしまいました。
女記者の役割 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
然れども、その蹌踉そうろう状態の下に行われたる夢遊行動中にもまた、本事件の表面上に現われたる、重要なる疑問的特徴を作りしものあるを推測され得るを以て、特に項を改めて記述すべし。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
蹌踉そうろうとしてアーチをくぐった高柳君はまた蹌踉としてアーチをいでざるを得ぬ。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
蹌踉そうろうと、所も知らず、歩いていたかれは、ふと、違った知覚にかれた。颯々さっさつと、氷のような冷気に頭を吹きぬかれた。