諏訪すは)” の例文
あそこも静かな涼しい好いところですね。あれから本沢温泉に行つて、八ヶ岳の向うの諏訪すはの山裏に行くのも面白いですね。
談片 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
我国にては毎年七月二十七日、所々にある諏訪すはまつりの次の日よりさけれふをはじめ、十二月寒のあけるをれふをはりとす。
(おゝ、諏訪すはみづうみあたりまで馬市うまいちしやすのぢや、これから明朝あした御坊様おばうさま歩行あるかつしやる山路やまみちえてきやす。)
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
そして五歳の春に東京に帰つたのであるが、只今になつてみると、諏訪すは神社のつるがかすかに記憶に残つてゐるだけで、長崎の港の記憶はほとんど無いくらゐである。
(新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
と同時に唄の声も、とぎれとぎれに聞え始めた。「この度諏訪すはの戦ひに、松本身内の吉江様、大砲固おほづつかためにおはします。……」次男は横になつた儘、心もち首をもたげて見た。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
訴訟にしたゝめ月番の町奉行大岡越前守御役所へ訴へ出たりけり是により諏訪すは町の家主長屋の者どもも内分ないぶんすませることもならねば一同相談を爲すにお菊が常々つね/″\の孝心勿々なか/\母を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
日も温かに鳥の聲も麗かなりぶらり/\と語りながら行くに足はつかれたり諏訪すはの湖水はまだ見えずや晝も近きにといふうちしもの諏訪と記したる所にいでたり旅宿やどやもありこゝならんと思へばこれは出村にてまだ一里といふ
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
名月やうさぎのわたる諏訪すはうみ
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
はじめ、もうのあたりから、やまべうとして諏訪すはみづうみみづよしいてはたが、ふと心着こゝろづかずにぎた、——にして、をんなあとばかりながめてたので。
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
遍路をそこに呼止め、いろいろ話してゐると、この年老いた遍路は信濃しなのの国諏訪すは郡のものであつた。T君はあの辺の地理にくはしいので、直ぐ遍路の村を知ることが出来た。
遍路 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
さて狐く氷をきくいふ事、酉陽雑俎いうやうざつそに見ゆ。こは本朝にても今猶諏訪すは湖水こすゐは狐わたりしをて人わたりはじむ、和漢わかん相同じ。狐の火をせつはさま/″\あれどみなうけがたし。
くみ米をかしぎ村方大半呼寄よびよせての大饗應おほふるまひ故村の鎭守ちんじゆ諏訪すは大明神の神主かんぬし高原備前たかはらびぜん并びに醫師玄伯等げんぱくらを上座に居て料理の種々くさ/″\興津鯛おきつだひ吸物すひものいわし相良布さがらめ奴茹ぬたの大鮃濱燒ひらめはまやきどぜう鼈煑すつぽんになどにて酒宴さかもり
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
東京とうきやう出程ときから、諏訪すはに一ぱく豫定よていして、旅籠屋はたごやこゝろざした町通まちどほりの菊屋きくやであつた。
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
諏訪すはのうみの田螺たにしを食へばみちのくにをさなかりし日おもほゆるかも
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
つかへ申けるは徳川と名乘なのらせ給ふにはさだめて仔細しさいある御方なるべしそれがし事は信濃國諏訪すはの者にて遠州屋ゑんしうや彌次六と申し鵞湖散人がこさんじんまた南齋なんさいとも名乘候下諏訪しもすは旅籠屋はたごや渡世とせい仕つれり若も信州邊しんしうへんへ御下りに成ば見苦みぐるしくとも御立寄あるべし御宿仕らんと云にぞ寶澤は打點頭うちうなづきさて
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
諏訪すはのみづうみのどろふかく住みしとふしじみひぬ友がなさけに
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
われ病みて旅に起臥おきふしありしかば諏訪すはまつりにけふ逢ひにける
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)