菫色すみれいろ)” の例文
左に二人並んでいるのは、まだどこかの学校にでも通っていそうな廂髪ひさしがみの令嬢で、一人は縹色はなだいろはかま、一人は菫色すみれいろの袴を穿いている。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
また他の時はすこしつかれを帯びたようにしずんで、不透明ふとうめいで、その皮膚ひふの底の方にはなんだか菫色すみれいろのようなものが漂っているように見えた。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
道には川砂を敷きましたし、菫色すみれいろの小さな貝殻も交じっています。私のいちごも食べていただきましょう。私がそれに水をやっていますのよ。
その前には連判状、その前には硯箱、煙っているのは香炉の煙り、照っているのは菫色すみれいろ燈火ともしび、いずれも愛情を誘う道具!
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
海には白帆が、その上には菫色すみれいろの雲が、じつと動かずにゐた。そこら一めんに陽炎かげろふがもえ、路のふちにはたんぽぽが、黄金こがねのおあしのやうに落ちてゐた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
菫色すみれいろの横封筒……いや、どうも、その癖、言う事は古い。(いい加減に常盤御前ときわごぜんが身のためだ。)とこうです。
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ああ今日も寝坊して気の毒だなと思って「テーブル」の上を見ると、薄紫色うすむらさきいろの状袋の四隅を一分ばかり濃い菫色すみれいろに染めた封書がある。我輩に来た返事に違いない。
倫敦消息 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
官能は、鮮緑色と菫色すみれいろとの火のあまたのぎらぎらしゆらゆらしている焔と共に、回旋した奇妙な香炉からたちのぼる、互にまじりあって争っている薫香に、圧せられた。
それからずっと西の方は、斗満上流の奥深く針葉樹しんようじゅを語る印度藍色インジゴーいろの山又山重なり重なって、秋の朝日に菫色すみれいろ微笑えみを浮べて居る。余等はやゝ久しく恍惚こうこつとして眺め入った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
この日は風のない暖かなひよりで、樺林の間からは、菫色すみれいろの光を帯びた野州の山々の姿が何か来るのを待っているように、冷え冷えする高原の大気をとおしてなごりなく望まれた。
日光小品 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そのうちに遂に、菫色すみれいろ独逸ドイツ海の海面が、ノーフォークの海岸の緑の縁を越して現われた。
同様にして三番目は緑、四番目は橙色だいだいいろ、五番目は白、六番目は菫色すみれいろと変化しているのだ。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
道の左側には、巨大な羊歯しだ族の峡谷をへだてて、ぎらぎらした豊かな緑の氾濫はんらんの上に、タファ山の頂であろうか、突兀とっこつたる菫色すみれいろ稜線りょうせんが眩しいもやの中から覗いている。静かだった。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
梅雨つゆは二三日前からあがって、暑い日影ひかげはキラキラと校庭に照りつけた。扇の音がパタパタとそこにも、ここにも聞こえる。女教員の白地に菫色すみれいろの袴が眼にたって、額には汗が見えた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
ぎにつたほがらかなこゑくぶっぽうそう(佛法僧ぶつぽうそう)はきつゝきのるいで、かたちからすてゐますが、おほきさはその半分はんぶんもありません。羽毛うもう藍緑色あゐみどりいろで、つばさとが菫色すみれいろびてゐます。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
がんじ搦みにされてしまった! そうして自然とサルグツワがまり、あんまり意外なので気絶したが眼覚めてみれば気味悪い部屋! ……菫色すみれいろ燈火ひかり
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
習慣が、時計の音を黙らせたり、菫色すみれいろのカアテンの敵意を弱めたり、家具を動かしたりする余裕がないのだ。
旅の絵 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
それへ東窓をもれる朝日の光が、うしろからさすので、髪と日光の触れ合う境のところが菫色すみれいろに燃えて、生きたつきかさをしょってる。それでいて、顔も額もはなはだ暗い。暗くて青白い。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
園養えんようのものには、白、桃色、また桃色に紫のしまのもあるが、野生のれは濃碧色のうへきしょくに限られて居る様だ。濃碧がうつろえば、菫色すみれいろになり、紫になる。千鳥草と云えば、直ぐチタの高原が眼に浮ぶ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
手に持っている、中身は書物らしい紫の包みの外には、のどの下と手首とを、リボンでくくったシャツや、はかま菫色すみれいろが目に留まったに過ぎない。実際女学生は余り人と変った風はしていなかった。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その女というのは、一月ほど前から、町のはずれの四辻よつつじでよく出会った女で、やはり小学校に勤める女教員らしかった。廂髪ひさしがみ菫色すみれいろの袴をはいて海老茶えびちゃのメリンスの風呂敷包みをかかえていた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
ひわくちがちょっと触ってもかすか菫色すみれいろあざになりそうな白玉椿の清らかに優しい片頬を、水紅色ときいろの絹半帕ハンケチでおさえたが、かつ桔梗ききょう紫に雁金かりがねを銀で刺繍ぬいとりした半襟で、妙齢としごろの髪のつやに月の影の冴えを見せ
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その間も香炉からは煙りが立ち、微妙に部屋をかおらせている。その間もがんからは菫色すみれいろ燈火ひかりが、ほんのりと四方を照らしている。そうして聞こゆる催情的音楽!
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
雲の割れ目から菫色すみれいろの空がちらりと見えるようなこともあったが、それはほんの一瞬間きりで、霧はまた次第にくなって、それが何時いつの間にか小雨こさめに変ってしまっていた。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
その仏像の左右の眼には金剛石が嵌められてあって蝋燭の光に反射して菫色すみれいろの光をこぼしている。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)