砂塵さじん)” の例文
満地まんち満天まんてんに木々の落葉おちばをふき巻くりあれよと見るまに、咲耶子は砂塵さじんをかおに吹きつけられて、あ——とまなこをつぶされてしまう。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
濛々もうもうと煙る砂塵さじんのむこうに青い空間が見え、つづいてその空間の数が増えた。壁の脱落したところや、思いがけない方向から明りがして来る。
夏の花 (新字新仮名) / 原民喜(著)
つまり、芦の茂みに砂や土が溜まり、流れて来た小枝や枯葉が溜まり、そこへまた砂塵さじんや土が混って、洲の一段が出来あがる。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
砂利を積んだ車がまたぐらぐらと橋をゆすったので、砂塵さじん濛々もうもう、水も空も、日が暮れて月が冴えねば、お夏がたたずんだ時のように澄みはしない。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
まるで雲をつかむような当てのないことであるが、私はそれから小村方を出て、寒い空に風の吹く砂塵さじんの道を一心になって
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
河内介は、敵味方が火花を散らしてたゝかいつゝある怒号と砂塵さじんの中にあって、ゆくりなくも久しく忘れていた少年時代の悪戯の記憶を呼び戻した。
部屋のなかは蒸し暑いし、往来ではつむじ風がきりきりと砂塵さじんいて、帽子が吹き飛ばされる始末だった。
椰子の樹下のタクシーに英国人十数人が一人の女を胴あげにして一塊ひとかたまりになると喚声の間に泣き叫ぶ女の哀調をのこして砂塵さじんをたてて見えなくなってしまった。
孟買挿話 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
濛々と立騰たちのぼ砂塵さじんをあびせて、ヨセフは眼に涙を浮べながら、腕の子供をいつか妻にきとられてしまったのも忘れて、いつまでもひざまずいたまま、動かなかった。
さまよえる猶太人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ハース氏の船室は後甲板の上にあるが、そこでは黒の帽子を一日おくと白くちりが積もると言っていた。どうもアフリカの内地から来る非常に細かい砂塵さじんらしい。
旅日記から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
乗合バスが速さを増すと、同時にスパセニアの馬も、砂塵さじんたてて追って来ます。私の車とれにけながら、片手を伸ばして車の窓硝子ガラスたたいているのです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
空っ風と一緒に吹き上げてくる砂塵さじんに顔をそむけそむけしながら、彼はさっきからいくたびそう心のうちつぶやいたことであろう。署を出てから、もう二時間余りにもなる。
五階の窓:03 合作の三 (新字新仮名) / 森下雨村(著)
手拭てぬぐいを以て馬と見せ、砂塵さじんを投げて鳥となし、つめより火を出してタバコを吸ひ、虚空こくうを飛行し地に隠れ、火の粉を降らして沃土ようどを現じ、その他さまざまの幻術を使ふ。……
ハビアン説法 (新字旧仮名) / 神西清(著)
濛々もうもうたる砂塵さじんをあげて、トラック隊は、ひきもきらず、呆然ぼうぜんたる彼の前を通りぬけていった。
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それから何時間経ったでしょう、水の黒さが身にしむばかり、人足も大分途絶えて、名物のからかぜ、花を散らした名残なごりを吹いて、サッと橋の上の砂塵さじんを吹きあげる頃でした。
悪人の娘 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
町の方から砂塵さじんを蹴あげて、五十人あまりの異様な一団が、この大戸へ来たことであった。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
さすがに、無情むじょうかぜですら、人間にんげんこころのあさましさにあきれてしまったように、さもはらだたしげに、つよつよいて、みちうえ砂塵さじんをまいて人間にんげんこまらしてやろうとしました。
ある冬の晩のこと (新字新仮名) / 小川未明(著)
朝はすべてに水がしたたっていても、午後にはすべてが砂塵さじんにおおわれる。
黒く焼けこがれた市街が、東にずっと続いていた。市街をめぐる山々は美しく、鮮かな緑に燃え、谷山方面は白く砂塵さじんがかかり、赤土の切立地きりたてちがぼんやりとかすんでいた。自然だけが、美しかった。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
つまり、芦の茂みに砂や土がまり、流れて来た小枝や枯葉が溜まり、そこへまた砂塵さじんや土が混って、洲の一段が出来あがる。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
前田陣の前衛は——いや中軍の近くまでも、敗走して来る佐久間勢のわめきや血まみれをれて、見るまに、砂塵さじんの渦となり、濛々もうもうたる凄色せいしょくにくるまれた。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
柱と壁の隙間すきまが離れてそこから風が砂塵さじんと共に吹きつけた。彼女は自分の体が壁に挟撃きょうげきされそうな気がし、輝雄を突き落さんばかりに転げ落ちながらけ降りた。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼は、毎朝早く起きて、砂漠の下の防空壕ぼうくうごういだすと、そこに出迎えている常用戦車じょうようせんしゃの中に乗り込み、文字どおり砂塵さじんを蹴たてて西進し、重工業地帯へ出動するのであった。
北西の風は道路の砂塵さじんをこの簡単な「店」の上にまともに吹きつけていた。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
と、すんでのことに、彼もその陥穽かんせいみずから飛びこむはずみだったのを、ハッとして足を食い止めましたが、濛々とあがった砂塵さじん驚愕きょうがくに、中をのぞく隙もなく
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
山火事のようにうずをまく砂塵さじんの中に、ただひとり取り残されていた彼だった。
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
勝頼かつより末子ばっし伊那丸いなまるが、まだ快川かいせんのふところにかくまわれているという事実をかぎつけて、いちはやく本陣へ急報したため、すわ、それがしてはと、二千の軍兵ぐんぴょう砂塵さじんをまいて
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そしてあたりを見廻わしたが、クラブのかこいの外は、茫々ぼうぼうたる草原が見えるばかりで、怪人物の姿は何処にも見えなかった。ただはるか向うを、濛々もうもうたる砂塵さじんが移動してゆくのが目に入った。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
あたかも鉄球てっきゅうがとぶように、砂塵さじんをついて疾走しっそうしていく悍馬かんばがあった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして親しく中軍の士気をはげましているうちに、野末のずえの一端が、黄いろい砂塵さじんにけむり出した。——するとその土ぼこりはたちまち全面にひろまってきた。もうもうと、何かが泰家に迫っている。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すすきの果から、濛々もうもうと、黄色い砂塵さじんが立って来た。
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)