砂埃すなぼこり)” の例文
もうおひるを少しすぎた。木之助の袂はずしんずしんと横腹にぶつかるほど重くなった。草鞋わらじばきの足にはうっすら白い砂埃すなぼこりもつもった。
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
すると、私自身でも思いがけなかったほど、その柱はひどくグラグラしていて天井から砂埃すなぼこりが二人の襟足えりあし雲脂ふけのように降りかかって来た。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
あたりに砂埃すなぼこりのような幕が立って、彼は彼の手で仰向あおむけに突きとばされたヒロ子さんがまるでゴムマリのようにはずんで空中に浮くのを見た。
夏の葬列 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
下城したときはもうすっかりれていた。かなり強い北風で、道から砂埃すなぼこりが舞いあがり、内濠うちぼりの水は波立って、頻りに石垣を打つ音が聞えた。
はたし状 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
砂埃すなぼこりと煙を立てて走って行く姿を見てあれは暴君だといってよく怒ったものである。風致を害するともいったものだ。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
砂埃すなぼこりが馬のひづめ、車のわだちあおられて虚空こくうに舞い上がる。はえの群が往来を横ぎって家から家、馬から馬へ飛んであるく。
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
砂埃すなぼこりと蹄の音を高く揚げながら、千里一飛びという勢いで都の南の端にある青物市場へ一目散に飛び込みました。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
靴の上へ積った砂埃すなぼこりを気にするのであったが、彼自身の影さえ映らない真暗な路へさしかかると、またしても妙に落着きを装うて歩きつづけるのであった。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
重い輪止わどめが車輪にかけられて、馬車が雲のような砂埃すなぼこりを立て燃殻もえがらのような臭いをさせながら丘を滑り下っている時、真赤な夕焼は急速に薄くなって行った。
翌る日、ガラツ八の八五郎が長刀草履なぎなたざうり砂埃すなぼこりを飛ばして、明神下の平次のところに飛び込んで來ました。
今でも覚えているが、その日は猛烈な砂埃すなぼこりが深い霧のようにあたりに立罩たちこめ、太陽はそのうす濁った砂の霧の奥から、月のようなうす黄色い光をかすかに洩らしていた。
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
砂埃すなぼこりの立つ白いみちを、二人はのろくるまに乗って帰って来たが、父親がすすめてくれた濁酒に酔って、俥の上でごくりごくりと眠っている小野田の坊主頸ぼうずえりをした大きい頭脳あたま
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それによごれたかますを並べ、馬の餌にするような芋の切れ端しや、砂埃すなぼこりに色の変った駄菓子が少しばかり、ビールびんの口のとれたのに夏菊などさしたのが一方に立ててある。
(新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
まへもおきよ、わたし毎日まいにち出勤しゆつきんするあの破堂やぶれだうなかで、かほあせだらけ、砂埃すなぼこりうへ蜘蛛くもで、目口めくちかない、可恐ひどよわつたところを、のおかただ、そで綺麗きれいにしてくだすつた。
みつ柏 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
俺も砂埃すなぼこりのこうひどくない、いくらかは空気のいいところへ移りたくなった。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
舞上る砂埃すなぼこりに遮られて、それは森とも丘とも見わけのつかぬ茫漠とした眺めではあったが、あの混濁のなかに一つの清澄がんでいて、それがしきりに向うから彼の魂を誘っているようだった。
秋日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
と、満載した材木の蔭から、砂埃すなぼこりでまっくろになった運転手の顔がのぞいた。
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)
木片きぎれ砂埃すなぼこりなどの散乱した中に、患者はベッドもなく、幕の上に毛布を敷いた応急の病床に、ところ狭くよこたわり、その枕元に附添人、看護婦などがうずくまるという有様、電燈線は切断され
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
日帰りに兀山を越えなければならぬ暑さは、もとより格別であろうが、炎天下の行列の暑さも同情に値する。大勢の人が蹴立てて行く砂埃すなぼこりを想像しただけでも、何だかむせっぽい感じがして来る。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
私の登った北米のフッド火山は、大なる氷河が幾筋となく山頂から流れているにもかかわらず、麓の高原は乾き切って、砂埃すなぼこりとゴロタ石の間に栽培した柑橘かんきつ類の樹木が、まばらに立っているばかり。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
「まあきたない足」といった。松次郎と木之助は食べながら自分の足を見ると、ほんとに女中のいった通りだった。紺足袋こんたびの上に草鞋わらじ穿いていたが、砂埃すなぼこりで真白だった。
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
吹きつける砂埃すなぼこりから顔をそむけた、「ときどきこの保本をよこすが、もう少しようすをみてからでないとわからない、とにかくあれ以上ひどくなるような心配はないだろう」
赤ひげ診療譚:06 鶯ばか (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
金縁きんぶち眼鏡をかけて、細巻ほそまきを用意した男もあった。独法師ひとりぼっちのお島は、草履や下駄にはねあがる砂埃すなぼこりのなかを、人なつかしいような可憐いじらしい心持で、ぱっぱと蓮葉はすはに足を運んでいた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
こんな長閑のどかな住居にいる人達が、どうして私の事を、馬の骨だの牛の骨だのなんかと言うのだろうか、沈黙だまって砂埃すなぼこりのしている縁側に腰をかけていると、あの男のお母さんなのだろう
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
お千はまた興奮して、地団太じだんだを踏み、往来の砂埃すなぼこりをしきりと立てていた。
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)
大きいほうの男はそれを横眼ににらんでいて、それから立ちあがり、着物の裾を手ではたいた。痩せた男はぐいと顔をそむけた。砂埃すなぼこりでもよけるような、神経質な身ぶりであった。
ひとでなし (新字新仮名) / 山本周五郎(著)