疾駆しっく)” の例文
旧字:疾驅
馬車は、爆弾を乗せて走っているように木片を飛ばして疾駆しっくした。前後に乗っていた警官たちは、狼狽しながら、かつ怖れながら
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
街を疾駆しっくする洪水のような円タクの流れもハタと止り、運転手も客も、自動車を路傍ろぼうに捨てたまま、先を争うて高声器の前に突進した。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
見ると、海岸から一里も隔っている海上を、異様な怪物が、黒色の煙を揚げつつ疾駆しっくしているのだった。それは、夢にも忘れない黒船だった。
船医の立場 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
誰でも、夜なかのこの時刻に、わたしたちふたりがこんなに疾駆しっくするのを見たらば、悪魔にった二つの妖怪と間違えたに相違ありますまい。
五十マイルの速力で疾駆しっくする自動車の運転手の様に、機敏に、迅速に、しかも正確に、火花を散らして廻転していました。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それらの間を何か声高こわだかに叫びながら疾駆しっくしている若い乗馬将校の姿などが、つぎからつぎにかんで来た。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
ほんのわずかの供廻ともまわりを連れただけで二人は縦横に曠野こうや疾駆しっくしてはきつねおおかみ羚羊かもしかおおとり雉子きじなどを射た。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
いやそれよりも彼女は月明の中に疾駆しっくする興奮した気持ちを自分独りで内密に味わいたかったから。
快走 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
途中とちゅう、サンキスト・オレンジのたわわに実る陽光まばゆい南カルホルニアの平野を疾駆しっく、処々に働いている日本人農夫の襤褸ぼろながらも、平和に、尊い姿を拝見はいけんしました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
「——あら、快楽のためにはフォードだってかまわない、山間を疾駆しっくするじゃありませんか。」
大阪万華鏡 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
三をばらり——ズン! 薙伏なぎふせたかと思うと、怨恨えんこん復讐ふくしゅうにきらめく一眼を源十郎の上に走らせ、長駆ちょうく、地を踏みきって、むらがる十手の中を縁へ向かって疾駆しっくきたった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
枕の下に、すさまじい車輪疾駆しっく叫喚きょうかん。けれども、私は眠らなければならぬ。眼をつぶる。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
気持が先走りして、あたかもそれは、私がくらから落ちたのにかまわず疾駆しっくする悍馬かんばのようで、私は、それから離れまいと手綱を握ってずるずると地べたをきずり回されている感じであった。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
私は日本全国を震駭しんがいさせつつある重大事件の巨魁きょかいが帝都の中央を悠然ゆうぜんとタクシーで疾駆しっくしてゆく後影を見送りながら、何とも名状しがたい気持ちを抱いて、ぼんやりその場に立ちつくしていた。
動物園の一夜 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
暗号一発捕吏を整え、倉瀬泰助疾駆しっくして雪の下に到り見れば、老婆録は得三が乱心の手にほふられて、血に染みて死しいたり。更に進んで二階に上れば、得三は自殺して、人形の前に伏しいたり。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
梅雪入道は、もうまゆにもしものみえる老年、しかし、千軍万馬を疾駆しっくして、きたえあげた骨ぶしだけは、たしかにどこかちがっている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自動車は御成おなり街道の電車の右側の坦々たんたんたる道を、速力を加えて疾駆しっくしていた。万世橋迄は、もう三町もなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
中には戦場を疾駆しっくする戦車の中から、外をうつしているのもあって、ときどき、スクリーンが、ぱっと赤くなって、何にも見えなくなることがあったが、それは
二、〇〇〇年戦争 (新字新仮名) / 海野十三(著)
両艇は、ほとんど同じ距離をたもちながら、月島つきしまをはなれ、お台場だいばに近づき、またたくまに、そのお台場もうしろに見て、洋々たる東京湾の中心にむかって疾駆しっくしています。
青銅の魔人 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
鹿は闇の中を矢のように疾駆しっくしました。やぶを飛び越え森を突き抜け一直線に湖水を渡り、おおかみが吠え、烏が叫ぶ荒野を一目散、背後に、しゅっしゅっと花火の燃えて走るような音が聞えました。
ろまん灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
与吉と、与吉の道中差しは、鉄砲玉のようにくうになって疾駆しっくし去った。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
一瞬のまをおいて、同じ波うち際を二ツの影が疾駆しっくする! 潮風が傷にみるのか、弦之丞は右腕のつけ根をつかむようにおさえて駈けた。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三台の自動車が夜の京浜国道を、風の様に疾駆しっくしていた。先の二台はヘッドライトその他のあらゆる燈火を消して、黒い魔物の様に見えた。あとの一台は明らかに警察自動車だ。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
或いはまた三角暗礁あんしょうに赴き、或いは魚雷型潜水艇をって東西の大洋を疾駆しっくし、そのあいだ、巧みに金星超人X大使を牽制けんせいし、X大使の注意を建設進行中わが日本要塞の方に向けしめざりし殊勲は
地球要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
あるいはたたずみ、あるいはながながと寝そべり、あるいは疾駆しっくし、あるいは牙を光らせて吠えたて、ちょっとした空地でもあるとかならずそこは野犬の巣のごとく、組んずほぐれつ格闘の稽古にふけり
すなわち高廉の魔陣「飛天神兵」の疾駆しっくも、また得意の「太阿たいあノ剣」の呪文じゅもんも妙に威力を失ってしまい、戦えど戦えど、いくさはヘマばかり踏む始末で
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三台の自動車が、警視庁を出発し、明智の指図に従って、郊外池袋に疾駆しっくした。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
もとより山野の疾駆しっくには生まれながら馴れぬいている野武士である。治水の法、土塁どるいの築法などは、かえって藤吉郎などより心得ていること万々なのだ。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
点々と、邸の中を、雪の中を、夜鴉よがらすのように疾駆しっくしている黒い人影と刃影はかげ——一学は見た途端に総毛立った。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この前——三年程まえに初めて母の梅颸ばいしを京都に迎えて、自分の生活の安定を見せ、かたがた洛中洛外を見物させて歩いた折に、山陽の疾駆しっく的な名声に圧倒されて
梅颸の杖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、疾駆しっくする間に、かれは、私意や憎悪にとらわれて、人を目標とする剣争のムダなことを悟った。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いそぎにいそいで、小太郎山こたろうざんから疾駆しっくしてくるとちゅうで、馬もろとも、血をいてぶったおれたのか。あるいは、もう、そのへんまで——三方みかたはらの北のへんまでは、きているのか!
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
となすや、総勢一万五千の真ッ先を疾駆しっくして行ったのもまた、彼自身であった。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
長浜から軍をひきいて疾駆しっくし、安土城外で勢揃いをととのえ、信貴山へ向って友軍と合したが、松永久秀の自滅にひとしい没落ぶりに、その全力を用いるほどな激戦にも会わず、余力綽々よりょくしゃくしゃく
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これは謙信が名づけた綽名あだなではない。甲州の足長どのとは誰もいうのだ。その外交ぶり、その疾駆しっくぶり、あの山峡の国にいながら、実にまめな早足や早業はやわざを見せるところから起ったものらしい。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)