生立おいた)” の例文
思った事を実行するといっても、故意に社会の原則を無視したり、折角せっかく生立おいたって来た習慣を、無闇と破壊するというほどの意気込はない。
ソクラテス (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
数回にわたって、木曾義仲の生立おいたちと、信濃地方の情熱を書いた。義仲のなした治承、寿永年間の役わりとしては、ほんの序章にすぎない。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
百「ハイ、ここ此の村で生立おいたちましたから、ちっけえ時分から新利根川へ這入へえっちゃア泳ぎましたから、泳ぎは知って居やす」
かくて孤児みなしご黄金丸こがねまるは、西東だにまだ知らぬ、わらの上より牧場なる、牡丹ぼたんもとに養ひ取られ、それより牛の乳をみ、牛の小屋にて生立おいたちしが。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
健在すこやかなれ、御身等、今若、牛若、生立おいたてよ、とひそかに河野の一門をのろって、主税はたもとから戛然かちりと音する松の葉を投げて、足くその前を通り過ぎた。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ああ、真公の生立おいたちが知りたいというのだネ。あれは今からザット十五六年も前、四国の徳島で買った子だったがネ。当時はなんでも八つだといったネ。
三人の双生児 (新字新仮名) / 海野十三(著)
お繁はその生立おいたちのため、人に対して好戦的であり、親から受けた病気で腫物が絶えず、それが汗と垢のにおいと入り混って、そばへも寄れないほど臭かった。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それから後の与八の生立おいたちは、当人にも、周囲の人たちにも、わかり過ぎるほどわかっているにかかわらず、今以てわからないのは、それは与八を捨てた人です。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
根が貴族的に生立おいたった人だから、材料がいつでも素直すなお温和おとなしい上品なウブな恋であって、深酷な悲痛やじくれたイキサツや皮肉な譏刺きしが少しも見られなかった。
彼は自分と全く生立おいたちを異にしたような人達と話すことを好む方で、そこに奉公する女達のさまざまな身上話に耳を傾け、そこに集る年老た客や年若な客の噂に耳を傾け
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「人」としての生立おいたちや、日常生活や、環境は多くの人の知りたいと思うところであろう。
アインシュタイン (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
しかしながら、一切の肉を独断的にのろった基督キリスト教の影響のもと生立おいたった西洋文化にあっては、尋常の交渉以外の性的関係は、早くも唯物主義と手をたずさえて地獄に落ちたのである。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
水には一片の塵芥じんかいも浮ばず、断崖には一茎ひとくきの雑草すら生立おいたってはいないで、岩はまるで煉羊羹ねりようかんを切った様に滑かな闇色に打続き、その暗さが水に映じて、水も又うるしの様に黒いのです。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「へーえ、役者になりたい。」いぶかもなく蘿月は七ツ八ツの頃によく三味線を弄物おもちゃにした長吉の生立おいたちを回想した。「当人がたってと望むなら仕方のない話だが……困ったものだ。」
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
周さんもあとで私に、日本へ来てあんなにおしゃべりした夜は無いと言っていた。周さんはその夜、自分の生立おいたちやら、希望やら、清国の現状やらを、あきれるくらいの熱情をもって語った。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
おさない時分から、始終劣敗の地位にしいたげられて来た、すべての点に不完全の自分の生立おいたちが、まざまざと胸に浮んだ。それより一層退化されてこの世へ出て来る、赤子のことを考えるのも厭であった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼女の生立おいたちは——それは、ほんのすこしばかりしか知らない。
大橋須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
手前は此方こっち生立おいたって何も世間の事は知らねえが、うち財産かねは無くとも、旅籠という看板で是だけの構えをしているから
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
どうしてか、あんな知合いでいながら、ついぞお通からも武蔵からも、その生立おいたちについては、何も聞いていなかった。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
幸いにして、父母のこの希望は、家を譲る時まで空しくせられずに、ともかくも、このわれというものの生立おいたちを、自慢にはしようとも、恥辱とはしていなかった。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
好い生立おいたちをった滝の頼もしい人柄に就いて牧野から聞取ったことを書いて、マドマゼエルは選択をあやまらなかった、決して心配することはらないと思うと書添えて送った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
美妙をこんなに偏屈に孤立を好むようにならしめた所以の美妙の生立おいたちの家庭の事情にさかのぼらねばならないが、美妙と交際の極めて浅かった私はこれをきわむるだけの材料に不足しておる。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
土地では珍しいから、引越す時一枝ひとえだ折って来てさし芽にしたのが、次第にたけたかく生立おいたちはしたが、葉ばかり茂って、つぼみを持たない。ちょうど十年目に、一昨年の卯月うづきの末にはじめて咲いた。
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
周さんがひとりでこんなに長々と清国の現状やら自身の生立おいたちやらを順序を追って講演したというわけではなく、お酒を少し飲んだりして私と夜明け近くまで語り合ったさまざまの事柄をつづり合せ
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
花「ヘエ出ます、まアわしも此の近辺で生立おいたった者じゃアが、此の大生郷の天神様の鳥居といったら大きな者じゃア」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その他、彼の生立おいたちを見、彼の野望する所を見ても、唾棄だきすべき人物と、それがしは見ておるが。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
根岸の姪からは間もなくくわしいことを知らせてよこした。愛子は彼女の学友にいて、岸本の方で知りたいと思うようなことは一々女らしい観察を書いてよこした。その人の生立おいたちに就て。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「誰か、あの男の生立おいたちを知っているものはないか」
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
っかさんの言う事は例え御無理が有りましても、お言葉に背くめえという願掛けでございますが、圓次を殺したとは情ない、ちいさい時から一つ村で生立おいたって、ことに仲のえ圓次を殺し
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
山三郎は十一二の頃物心を知ってから己は二千五百石の一色宮内のたね、世が世なれば鎗一筋の立派な武士、運悪くして町家ちょうか生立おいたったが生涯町家の家は継がん、此の家は父親てゝおやの違う妹のお藤に譲って