法被はっぴ)” の例文
と、私は情ない声を出して、あきらめたように裏木戸へ引き返そうとした時、紺の法被はっぴを着た酒臭い息の男が何処からかやって来て
少年 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
遠くでもハッキリ見えたが、近寄って来ると、その白い円いものは法被はっぴの上の染め抜きで、暗紅色あんこうしょくのふちぬいの中にあることを知った。
(新字新仮名) / 魯迅(著)
が、その男は巡査でもなく探偵でもなく法被はっぴを着た警察の小使らしい男なのです。その男は私の戸を開けるのも待たず、息をはずませながら
ある抗議書 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
長袖の法被はっぴのかわりに年中マニラ麻の白い背広の上着を羽織った異様な風態で俥をひいて出て「ベンゲットの他吉」の綽名はここでも似合った。
わが町 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
威勢のよい法被はっぴ姿が、人々をかき分けて、進み出たかと思うと、もうそこの柱によじ昇り、柱の頂上から鉄骨へと飛び移り、見事な軽業を始めていた。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
細い竹で仕切った枯れた花壇の傍の小使部屋では、黒い法被はっぴを着、白い緒の草履を穿いた男が、背中を丸めて何かしている。奥の方の、古臭いボンボン時計。
思い出すかずかず (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
そのとき、たちまちにペリティの店の向う側を黒と白の法被はっぴを着た四人の苦力クーリーが、黄いろい鏡板の安っぽい出来合い物の人力車をいて来るのに気がついた。
見ると、の香のにおう法被はっぴの腰に、棕梠縄しゅろなわを帯にむすんで、それへはさみをさした若いいなせな植木屋である。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
と、いったん表の方に出て、誰かを手招きした、すると、間もなく、襟に春月亭と染めぬいてある法被はっぴを着た男が、リヤカーに沢山の空罎をのせてやって来た。
次郎物語:03 第三部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
調べるように通達致しました。それからタイプライターと法被はっぴに関する報告が書き取ってありますが……
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
停車場へ着くと、提灯ちょうちんを持った男が十人余り出迎えていた。法被はっぴを着た男や、しまの羽織に尻端折しりはしょりをして、靴をはいた男などがいた。中には羽織袴はおりはかまの人もあった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
法被はっぴなどが、雑然と抛り出してあるところを見ても、およそこの中にざわめいているお客様の種は知れる。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
うらやまれ、敬慕せられ、殆ど世界を支配するほどの威勢の有った身が、自分のお仕せに生活するそろいの法被はっぴの下男達と共々に、倒れた建物の隅や、自分の家の穴倉の中や
暗黒星 (新字新仮名) / シモン・ニューコム(著)
目元きりゝっとして少し癇癪持かんしゃくもちと見え、びんの毛をぐうっと吊り上げて結わせ、立派なお羽織に結構なおはかまを着け、雪駄せった穿いて前に立ち、背後うしろ浅葱あさぎ法被はっぴ梵天帯ぼんてんおびを締め
ひき子も黒の法被はっぴに大黒帽などと進歩したが、辻待ちなどには随分小汚ない古車も多く、心棒にわらじが一足ぶら下って鉄の輪を二つ、これが走りだすとジリンジリン鳴る。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
五銭はしかったし、犬は恐ろしかったので、二人は進退に困っていると、うしろから誰かがやって来た。この家の下男げなんのような人で法被はっぴをきていた。木之助たちを見ると
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
そっちの法被はっぴは下男のやつだ。こっちの刺し子は依田のけいこ着だ。いわば、おまえとおいらのようなもんさ。——そら! そら! いううちに、変な声が聞こえるじゃねえか。
汽車は、いかにも山麓さんろくらしい、物置小屋と大してかわらない小さな駅に停車した。駅には、高原療養所の印のついた法被はっぴを着た、年とった、小使が一人、私達を迎えに来ていた。
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
黒吉は遙か下の舞台を下すと、ピエロの仙次は、可笑おかしな身ぶりに、愛嬌をふり撒き、代って救助網を持った小屋掛人足が、意気な法被はっぴを着て三人ばかり出て来るところだった。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
お前は法被はっぴを馬にかぶせて、その下で水鉄砲の水を耳に注ぎ込み、思惑どおり気違いのようになった馬から、相沢様が落ちるところをねらって、かねて用意した文箱を摩り替えたろう。
そう云う別の台の、かがんでいる黒子の男の身体が邪魔になる法被はっぴ姿の若い者の声と
撞球室の七人 (新字新仮名) / 橋本五郎(著)
揃いの法被はっぴに揃いの手拭、向鉢巻に気勢いを見せて、鳶頭、大工二十人、三十人、互いに自慢の咽喉を今日ぞとばかり、音頭取りの一くさりを唄い終るかおわらぬに一斉の高調子
残されたる江戸 (新字新仮名) / 柴田流星(著)
「江戸の花」には、命をも惜しまない町火消まちびけし鳶者とびのものは寒中でも白足袋しろたびはだし、法被はっぴ一枚の「男伊達おとこだて」をとうとんだ。「いき」には、「江戸の意気張り」「辰巳たつみ侠骨きょうこつ」がなければならない。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
ただ掃除夫のうす汚れた赤い法被はっぴが、霧の中でごそごそと動いているだけだった。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
そしてその二人だけが、今日のために、紺のにおう新しい法被はっぴを着て待っていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
かねて父の往診用の人力車はあったのですが、兄の帰朝のためにとまた一台新調して、出入の車夫には新しい法被はっぴを作って与えました。帰朝の日には新橋しんばしまで迎いに出すという心組こころぐみでした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
女は手提の中から大きな白金巾かなきんの風呂敷を出して、丁寧に包んで、それから俥屋を呼ぶと新橋二五〇九と染め抜いた法被はっぴを着た、若い二十代の俥屋が這入って来た。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
法被はっぴを着て、木や竹の杖をついていて、何か非常に面白そうに「こら行こら」と云うんですが、それを聞くと行きたくって行きたくってたまらなくなるんだそうです。
紀伊国狐憑漆掻語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それから時どきに黒と白の法被はっぴを着た苦力クーリーの人力車に乗って、静かに通ってゆく白い顔の幻影、ウェッシントン夫人の手袋をはめた手、それから極めてまれではあったが
切能きりのうの出しものは「龍神りゅうじん」である。厚板あついた着附きつけに、赤地に銀の青海波模様せいがいはもようのある半切はんぎり穿かせ、なお上から紺地金襴こんじきんらん葵紋あおいもんの龍神まき——法被はっぴともいうものを着せかける。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
生国魂神社の夏祭には、良家のぼん/\並みに御輿かつぎの揃いの法被はっぴもこしらえて呉れた。
放浪 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
花笠だの揃いの法被はっぴ、赤い襷の鈴、男の児の白粉をつけた顔、まことに珍しく眺めて停留場へ来たら彼方に一台電車が留っていて動かないのよ。子供をひいたという声がします。
人足が法被はっぴを腰に巻き附け、小太い竹の息杖を突き、胴中どうなか細引ほそびきで縛った長持を二人でかつぎ、文身ほりものといってもかざりではございません、紺の木綿糸を噛んで吐き附けた様な筋彫すじぼり
もう起ち上って、庄太郎は、法被はっぴに袖を通した。突っかけ草履で、土間を戸口へ
黒助はそう言いながら、法被はっぴを脱いで、馬の首に冠せ、その下から手を入れて
僕はM君にそう言い、ひどい泥濘の中にはいり込まないように、道のへりのほうを歩きながら、旧街道らしいものの傍らで、二人の法被はっぴすがたの男がせっせと為事をしている方へ近づいていった。
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
法被はっぴのもの、はなはだしいのは南京米の袋をかぶったもの、いずれも表通りでは見られないような男達が、およそ四十人近くも、いっぱいに詰まって、いぎたなくそこにごろ寝をしているのだった。
地図にない街 (新字新仮名) / 橋本五郎(著)
警部は早速、法被はっぴ姿の人夫に化けて、O町に急行した。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
小砂利を掃くお六尺も、お賄所まかないじょの門をくぐる出入商人でいりあきゅうども、すべて、新しい法被はっぴを着ていた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
人力車を一台い、長袖の法被はっぴ長股引ながももひき、黒い饅頭笠まんじゅうがさといういでたちで、南地溝の側の俥夫しゃふの溜り場へのこのこ現われると、そこは朦朧俥夫もうろうしゃふの巣で、たちまち丹造の眼はひかり
勧善懲悪 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
紺の香のにおう法被はっぴの上から、棕櫚縄しゅろなわを横ちょにむすんで、それへ鋏をさした植木屋のあにイ——見なれない職人が、四、五日前から、この不知火御殿しらぬいごてんといわれた壮麗な司馬の屋敷へはいって
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
られた男は、狂気のようになって番屋へ訴えに駈けだすと、おせッかいな人間が、それ、向うへ大股で行った法被はっぴが怪しいの、今おれの後ろに立っていた男の人相が悪かったのと
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
源三郎が笑って、石にかけたまま紺の法被はっぴの腕ぐみをした瞬間
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
法被はっぴの袖をまくり上げて——
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)