橙色だいだいいろ)” の例文
陽がした。白い海気ににじんだ橙色だいだいいろの旭光を船底から上に仰ぐと、後醍醐は、待ちきれぬもののように、乾魚俵ほしかだわらの間からお身を起した。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここでは月は、まるで大地のようにはてしなくひろがり、そして地球は、ふりかえると遥かの暗黒あんこくの空に、橙色だいだいいろに美しく輝いているのであった。
月世界探険記 (新字新仮名) / 海野十三(著)
目覚めて見れば、これはまたにわかに活況を呈し、頬の色さえ橙色だいだいいろとなったタヌが立っていて、次のような計画をコン吉にもらすのであった。
ある物は乾燥紙の上に半ば乾き、ある物は圧板おしいたの下に露を吐き、あるいは台紙に、紫、あか、緑、かば橙色だいだいいろ名残なごりとどめて、日あたりに並んだり。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
夕やけに照らされて山も木も橙色だいだいいろに輝いてまぶしかった。村じゅうの見わたせるその丘の上から見下す静かな入海も夕陽を受けて金色に光っている。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
師走しわす十九日にしては暖かい日のれがたで、風のない空には、橙色だいだいいろに染まった大きな雲があり、街はその反映で、きみの悪いほど明るく夕焼けていたが
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
夕ばえの空は橙色だいだいいろから緑に、山々の峰は紫から朱にぼかされて、この世とは思われない崇厳な美しさである。
旅日記から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その男は黙って眼鏡ばかり動かしていて、また一日じゅう青年たちと蹴球をやっていたのである。三人は橙色だいだいいろの髪を真ん中から分けて、長い無表情な顔をしていた。
橙色だいだいいろの月が、来た方の山からしずかにのぼりました。伊佐戸の町です火が、赤くゆらいでいます。
種山ヶ原 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
敬太郎けいたろうは三階のへやから、窓に入る空と樹と屋根瓦やねがわらながめて、自然を橙色だいだいいろに暖ためるおとなしいこの日光が、あたかも自分のために世の中を照らしているような愉快を覚えた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すなわち赤色、橙色だいだいいろ、黄色、緑色、青色、藍色あいいろ、紫色がこれでありまして、日光光線を分光器で分析しますと、いわゆるスペクトルとなって、これらの美しい色にわかれます。
紫外線 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
同様にして三番目は緑、四番目は橙色だいだいいろ、五番目は白、六番目は菫色すみれいろと変化しているのだ。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
この時空の西のはて橙色だいだいいろに色づいて来た。月が昇ろうとしているのであった。徐々に昇って来る月の光が、役ノ優婆塞の石像の顔を、薄蒼白く照らした時、庄三郎は仰いで見た。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
着物は橙色だいだいいろの麻毛交織物まぜおりもので、後ろは十分ゆったりしていて、胴のところは非常に詰まっている、——そして実際他の点においてもこの着物は詰っていて、胴の中ほどより下へ達していない。
鐘塔の悪魔 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
クマゼミ又の名シャンシャンゼミはセミの中で一番巨大で色も黒、緑の外に橙色だいだいいろが交り、翅も透明でしかも強く、形もよいようであるが、此は手にとって見たのでないから詳細は知らない。
蝉の美と造型 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
扉の向うには、やや離れた処に、一つの大きな窓があってあたりが一面に咫尺しせきを弁ぜぬ真っ暗闇であるのに、ただその窓のみが、四角に区切られた火炎の如く、橙色だいだいいろに輝いているのである。
凍るアラベスク (新字新仮名) / 妹尾アキ夫(著)
私のすぐ足許あしもとの、いつかその赤い屋根に交尾こうびしている小鳥たちを見出したヴィラは、もう人が住まっているらしく、窓がすっかり開け放たれて、橙色だいだいいろのカアテンのらいでいるのが見えた。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
橙色だいだいいろの燈のついた卓子には、二人の貧弱なトランクが並んでゐた。桃色の花模様の壁紙や、柔い水色毛布のかゝつてゐるダブルベッドは、如何いかにも仏蘭西フランス人の趣味らしく、清潔で可愛いかつた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
ヨハンの起き伏しする住居すまいというのは「山の会堂」の裏の森で、森の中にぼやッと橙色だいだいいろがともっている窓がそれです。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
罪を鳴らす鼓か、と男はあわただしく其方そなたを見た。あらず、人車鉄道の、車輪隠れて、窓さえ陰、ただ、橙色だいだいいろつらなった勾配のない屋根ばかり、ずるずるといて通る。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
刻限は過ぎている、帰ってもよいのだが、その決心がつかない、もうしばらくと思う。ここでは霧がほとんど動かない、頭上はすっかり明けて、橙色だいだいいろに染った雲が鮮かに見える。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
水へ向いた室々へやべやの窓や障子に、燈火ともしびの光が橙色だいだいいろにさして、それが水面に映ってもいた。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「広い海がほのぼのとあけて、……橙色だいだいいろの日が浪から出る」
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今までとはまるで違って、しいんとした一室に、短檠たんけいの灯だけが、ボッと橙色だいだいいろの小さな光を立てていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
橙色だいだいいろの灯が一つあらわれ、それが揺れながら、ゆっくりとこちらへ近づいて来ると、提灯ちょうちんを持った、二十八九歳になる、逞しい躯つきの侍の姿が、片明りにうかびあがって見えた。
橙色だいだいいろの柳縹子、気の抜けた肩をすぼめて、ト一つ、大きな達磨だるまを眼鏡でぎらり。
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
浜べはもう暮れかかる、うすもやの沖に、橙色だいだいいろの雲がわずかに夕明りを流していた。婆はまだ思いあきらめようとしない。そこに火をいて、焚火のそばへ権叔父を抱き寄せ
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのとき小屋の一棟に火が移ったとみえ、あたりの煙がぱっと橙色だいだいいろ耀かがやきだした。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
とちと粘ってなまりのある、ギリギリと勘走った高い声で、亀裂ひびらせるように霧の中をちょこちょこ走りで、玩弄物屋のおんな背後うしろへ、ぬっと、鼠の中折なかおれ目深まぶかに、領首えりくびのぞいて、橙色だいだいいろの背広を着
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
毎日はんで押したようにつづきましたが、丁字ちょうじ風呂の二階に、ぽッと春の灯が橙色だいだいいろにともるころになりますと、お蝶も、日本左衛門も、期せずしてえいのさめたようなひとみに変り
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
栄二が立停ると、万吉は身をかがめて向うをうかがった。雨にでもなりそうな空もようで、星一つ見えない闇夜だったが、海の上には遠い、釣舟のものらしい灯が、淡い橙色だいだいいろにまたたいていた。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
処へ、ふわふわと橙色だいだいいろあらわれた。脂留やにどめの例の技師で。
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
戸や庇の下から吹きだす煙は、ようやく家ぜんたいを包み、油臭い匂いを広げ、物の焼けはぜる音がしだいに高くなり、やがて突然、庇を巻きあげるように、橙色だいだいいろほのおがぱっと闇をひき裂いた。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
一つだけあいたままになっている焚口の火を映して、建物の中に充満した濃霧は橙色だいだいいろにぼうと染まり、その幻想的な明るさの下で、床の上のしみは鮮やかに赤く、点々と彼女の足跡を追っていた。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
棚雲のふちを染めていたまぶしいほどの金色は、華やかな紅炎から牡丹色ぼたんいろに変り、やがて紫色になると、中天に一つはなれた雲が、残照を一点に集めるかのように、いっとき明るい橙色だいだいいろに輝いたが
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
棚雲のふちを染めていたまぶしいほどの金色は、華やかな紅炎から牡丹色ぼたんいろに変り、やがて紫色になると、中天に一つはなれた雲が、残照を一点に集めるかのように、いっとき明るい橙色だいだいいろに輝いたが
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そして、黒ずんでゆく黄昏たそがれのなかで、早くも掛け行燈あんどんの灯が、橙色だいだいいろにうるみだした、魚金の店へと入っていった。……店の中は夕食の客で混雑していた、二人で掛けられる場所はなさそうであった。
秋の駕籠 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)