晴々はればれ)” の例文
晴々はればれしい光も、なつかしい色も、浮き立つような物の音も、何一つ楽の無い、あの灰色の墓場の塔へ、私はどうしても行く気にはなれぬ。
レモンの花の咲く丘へ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
浅草へ出るとさすがに晴々はればれしていけはたの石道をぽくぽく歩いてみた。関東だきと云うのか、章魚たこの足のおでんを売る店が軒並みに出ている。
貸家探し (新字新仮名) / 林芙美子(著)
じいさんまでが今日けふはいつもよりも晴々はればれしい面持おももちさそってくださいますので、わたくしたいへんうれしい気分きぶんになって、おじいさんのあとについて出掛でかけました。
「だが、胸が晴々はればれするじゃありませんか。御隠家様を斬った日本左衛門が、やがて、獄門に首をさらすんだと思うと、かたきを討ったような気がします」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
木村少佐は新しい葉巻に火をつけてから、ほとんど、得意に近いほど晴々はればれした調子で、微笑しながらこう云った。
首が落ちた話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
一家のものは明るい室に晴々はればれした顔をそろえた。先刻さっき何かにねて縁の下へ這入はいったなり容易に出て来なかったというはじめさえ、機嫌きげんよく叔父と話をしていた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
澄みきった綺麗きれいな水がいっぱいたたえていまして、池のふちやまわりには、真っ白な花が一面に咲き乱れていて、その上に晴々はればれとした日の光がさしているのです。
魔法探し (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
白雲の退き去るにしたがって彼等も晴々はればれしい心になるかして、少しく活溌な身のこなしを見せる。
茸をたずねる (新字新仮名) / 飯田蛇笏(著)
泣いていた子供も晴々はればれして、ふいとこちらを向きましたが、竜之助を見ると泣きそうな面をして
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
然し汽車は釧路くしろまで通うても、駒が岳は噴火しても、大沼其ものはきゅうって晴々はればれした而してしずかな眺である。時は九月の十四日、然し沼のあたりのイタヤかえではそろ/\めかけて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
だが、そのうち母は、急に言葉の調子をかえて晴々はればれしく私に言うのだった。
楚歌そか一身にあつまりて集合せる腕力の次第に迫るにもかかはらず眉宇びう一点の懸念けねんなく、いと晴々はればれしき面色おももちにて、かれ春昼しゅんちゅうせきたる時、無聊むりょうえざるものの如く、片膝を片膝にその片膝を、また片膝に
海城発電 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
春生は、努めて晴々はればれと兄に云った。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
突然晴々はればれしい女の笑声が起った。
踊る一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
篠田は晴々はればれと微笑を洩せり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
小鳥の声が晴々はればれとひびく、山や峰は孔雀色くじゃくいろの光に濡れ、傾斜の樹々きぎは強烈な陽をうけて、白い水蒸気をあげている。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただ今でもあの頃の御熱心だった御噂が、わたくしどもの口から洩れますと、若殿様はいつも晴々はればれと御笑いになって
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
久しぶりに夫とじかに向き合ったような気のしたお延はうれしかった。二人のあいだにいつのにかかけられた薄い幕を、急に切って落した時の晴々はればれしい心持になった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのありさまを、雨の後の晴々はればれとした日の光の中に眺めた時、村の人々は涙が出るほど喜びました。
ひでり狐 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
晴々はればれと明るい世間へ出たこともなし、御近所のお内儀かみさんたちが、やれ花見のお芝居のと誘って下すっても、ついぞ一日お仲間入りをしたこともないし、それというも
のみならずやっぱり私は岩下の子だと思って晴々はればれした。事実私は仲間からも岩下さんとよばれた。学年試験には叔母の家のおかげで優等賞をもらい、修業証には、立派に岩下ふみ子と記されていた。
こいつを聞くと娘の君江は、さも嬉しそうに晴々はればれと云った。
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
盲人たちはおそくまで眠つて、晴々はればれとした顔で、帳場へおりてきました。そして主人にいひました。
エミリアンの旅 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
と思うと、どこか家畜のような所のある晴々はればれした眼の中にも、絶えず落ち着かない光が去来きょらいした。
毛利先生 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その下が麦畠むぎばたけで、麦畠の向うがまた岡続きに高く蜿蜒うねうねしているので、北側のながめはことに晴々はればれしかった。須永すながはこの空地のはしに立って広い眼界をぼんやり見渡していた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
急に、晴々はればれした美しい面になると、真紅まっかな縮緬の前掛が燃え出したようにうつり合いました。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
翌日あくるひもまたき通るような日差ひざしを眼に受けて、晴々はればれしい空気を篏硝子はめガラスの外に眺めた彼の耳には、隣りの洗濯屋で例の通りごしごし云わす音が、どことなしに秋の情趣をそそった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
老紳士は赤くなった顔に、晴々はればれとした微笑を浮べて、本間さんの答を促した。
西郷隆盛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
細君の顔は晴々はればれしく輝やいていた。しかし健三の眼にはそれが下手へたな技巧を交えているように映った。彼はその不純を疑がった。そうしてわざと彼女の愛嬌あいきょうに誘われまいとした。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
敬太郎は久しぶりに晴々はればれした好い気分になって、水だの岡だのかけぶねだのを見廻した。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
女の容貌ようぼうは始めから大したものではなかった。真向まむきに見るとそれほどでもないが、横から眺めた鼻つきは誰の目にも少し低過ぎた。その代り色が白くて、晴々はればれしい心持のするひとみっていた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)