春寒はるさむ)” の例文
突然こんな話を聞かされた私も、いよいよ広い座敷の春寒はるさむが襟元まで押寄せたような心もちがして、「成程なるほど」と云う元気さえ起らなかった。
疑惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その天麩羅屋てんぷらやの、しかも蛤鍋はまなべ三錢さんせんふのをねらつて、小栗をぐり柳川やながは徳田とくだわたし……宙外君ちうぐわいくんくははつて、大擧たいきよして押上おしあがつた、春寒はるさむ午後ごごである。
春着 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
宗近君は椅子いす横平おうへいな腰を据えてさっきから隣りのことを聴いている。御室おむろ御所ごしょ春寒はるさむに、めいをたまわる琵琶びわの風流は知るはずがない。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そうして二月はじめの春寒はるさむというにふさわしい、ひどく凍てる日のことであったが、彼女は中屋敷の書院へ出て半三郎を呼び、人ばらいをした。
菊千代抄 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それを逃れたとしても必然に襲うて来る春寒はるさむの脅威は避け難いだろう。そうすると罎を出るのも考えものかもしれない。
厄年と etc. (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
はじめてここへ移って来たのは、三月の春寒はるさむがまだ去りやらない頃で、その月末の二十五、二十六、二十七の三日間は毎日つづいて寒い雨が降った。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
こうして、春寒はるさむの夜を、炉にすわって、ホタホタと燃える静かな火に、あたたかな若い肉体を、おだやかに。
また梅が散る春寒はるさむの昼過ぎ、摺硝子すりガラス障子しょうじを閉めきった座敷のなか黄昏たそがれのように薄暗く、老妓ばかりが寄集った一中節いっちゅうぶしのさらいの会に、自分は光沢つやのない古びた音調に
銀座 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
つくねんと立ちながら、ポソポソ話し合っていると、春寒はるさむの夜はヒッソリ更けて、犬の遠吠とおぼえ按摩あんまの笛、夜鳴よなきうどんに支那蕎麦しなそばのチャルメラ……ナニ、そんなのアないが、とにかく、深更である。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
春寒はるさむのふた日を京の山ごもり梅にふさはぬわが髪の乱れ
みだれ髪 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
幽魂いうこんの来りくなる夜のほどろ春寒はるさむにしも酒やさめにし
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
春寒はるさむのよりそひ行けば人目ある
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
この淋しい京を、春寒はるさむよいに、とく走る汽車から会釈えしゃくなく振り落された余は、淋しいながら、寒いながら通らねばならぬ。
京に着ける夕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
僕は返事のペンを執りながら、春寒はるさむの三島の海を思い、なんとかいう発句を書いたりした。今はもう発句は覚えていない。
追憶 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
勉強べんきやう出來できず、稼業かげふ仕事しごと捗取はかどらず、持餘もてあました身體からだ春寒はるさむ炬燵こたつはふんで、引被ひつかついでぞたりけるが、時々とき/″\掛蒲團かけぶとんえりからかほして、あゝ、うゝ、と歎息ためいきして、ふう
大阪まで (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
春寒はるさむや船からあがる女づれ
自選 荷風百句 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
春寒はるさむもいつまでつゞく梅椿
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
私はいつかうとうとと浅い眠に沈みながら、それでもまだ腹の底には水のような春寒はるさむが漂っているのを意識した。
疑惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
春寒はるさむを深み、加茂川かもがわの水さえ死ぬ頃を見計らって桓武天皇かんむてんのうの亡魂でも食いに来る気かも知れぬ。
京に着ける夕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
……おもことがある。淺草あさくさ田原町たはらまち裏長屋うらながやころがつてとき春寒はるさむころ……足袋たびがない。……もつと寒中かんちうもなかつたらしいが、うも陽氣やうきむかつて、何分なにぶん色氣いろけづいたとえる。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
小夜子の夢は命よりも明かである。小夜子はこの明かなる夢を、春寒はるさむふところに暖めつつ、黒く動く一条の車にせて東に行く。車は夢を載せたままひたすらに、ただ東へと走る。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
春寒はるさむの社頭に鶴を夢みけり
京に着ける夕 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
春寒はるさむの社頭に鶴を夢みけり
京に着ける夕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)