おもんばか)” の例文
せめてはめいの迎え(手放し置きて、それと聞かさば不慮の事の起こりもやせん、とにかく膝下しっかに呼び取って、と中将はおもんばかれるなり)
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
川に架け渡した小橋は洪水のときをおもんばかって橋礎から別誂えに高く築いたその上にも水の届かないよう高くそびえさして架け渡してあるので
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
人にさそはれ夕凉ゆうすずみいづる時もわれのみはあらかじめ夜露の肌をおかさん事をおもんばかりて気のきかぬメリヤスの襯衣シャツを着込み常に足袋たびをはく。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
その浪人を以てかずてむと欲したのは、諸藩の士には各其主のために謀るおそれがあるとおもんばかつたが故である。わたくしはこゝに堂上家の名を書せずに置く。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
外国へ行っての気候や食物の変化をおもんばかって日本の食料品を充分積み込み、腕のえた料理人を召抱え、その他、衣類から、酒類から、万事ぬかりなく
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
吾輩はかねてこの危険をおもんばかり、T市の鍵の模造品を用意して身辺に保管して置いたのだ。昨夜の暴漢は、それを偽せ鍵とも知らずして盗んでいったのだ。
深夜の市長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
移住のために食糧の準備をした彼らは、凶作のあととは云え、米作地で、石十円に近い米を、それも、後日をおもんばかって二年分の見越しをつけて買い込んだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
尊王的の攘夷家を沮絶そぜつ反動せしめ、攘夷を宣言するときにおいては、佐幕的開国家を疎隔せしむるをおもんばかりてのみ。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
誰も、佐伯でさへも舎監の眼をおもんばかつて忌憚きたん気振けぶりを見せ、慰めの言葉一つかけてくれないのが口惜くやしかつた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
翌日は幽ノ沢が魚留瀑以上全部雪渓をなしていることを知らなかったので、瀑の多い峡谷を遡行する困難をおもんばかって、本流と平沢との間の尾根を登ることにした。
利根川水源地の山々 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
逆にある綿密なおもんばかりから出たことかも知れない、だとするとこの皇子もなかなか隅に置けないわいとひとひねり首をひねるところがまあ一日の長といふものである。
春泥:『白鳳』第一部 (新字旧仮名) / 神西清(著)
せふかゝる悲境に沈ましめ、殊に胎児にまで世のそしりをうけしむるをおもんばからずとは、是れをしも親の情といふべきかと、会合の都度つどせつ言聞いひきこえけるに、彼も流石さすがに憂慮のていにて
母となる (新字旧仮名) / 福田英子(著)
妻ハコレヲ読ンダトシテ、ドウイウ処置ニ出ルデアロウカ。僕ノ将来ヲおもんばかッテ、今後ハ行動ニ幾分ノ制御ヲ加エルデアロウカ。僕ノ推測スル限リデハ、恐ラクソンナヿハアルマイ。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
はいよいよ更けて、風寒きに、怪者の再来をおもんばかりて、諸君は一夜を待明かさむ。
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
されば、ままよ。損をすることには馴れてゐる。尠くともお酒が這入つてゐれば、淡白といふか愚かといふか、人が体面をおもんばかつて遠慮するていのことくらゐは、ても眼中にないのである。
亡弟 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
……城中の意見は二つに別れた。国許の者は強硬で、兵を出して揉潰もみつぶしてしまえと主張した。然し宗利はじめ江戸から来た人々は幕府の監察をおもんばかって、あくまで穏便な方法を固守しようとした。
松風の門 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
家の者達をおもんばかつて——それに又お葉自身も、この坊ちやんの我儘と懶惰に腹も立つて還してやると、活動のプログラムか何かをポケツトにして、銀座で友人にランチでも奢つて直き又猫のやうに
浪の音 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
世間の騒ぎになろうをおもんばかって、今まで一心にこらえてまいったのだワ。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
翁は謙遜けんそんな人であった。たとえ長寿を保つことに自在を得ているにしろ、翁は人並を欲した。翁はこの時代の人寿のほどをおもんばかっておよそこれにならおうとした。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
大統領は吾が国のために謀ること深く、貴使臣は吾が国のためにおもんばかること厚し。れ固よりその辱を拝す。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
切明けの有無すら探ってない未知の地に蹈み入るの危険をおもんばかって、今回は雁坂、甲武信間の縦走を仕遂げたので満足することとし、梓山に下山することに決めて
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
驟雨しゅうう雷鳴から事件の起ったのを見て、これまた作者常套じょうとうの筆法だと笑う人もあるだろうが、わたくしは之をおもんばかるがために、わざわざ事を他に設けることを欲しない。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
佐和山女史の懐中からは、四宮理学士の撮った跫音あしおとの曲線をうつした写真が出た。それは多分、三階のどこかに学士が危険をおもんばかって、ひそかに隠匿いんとくして置いたものであろう。
階段 (新字新仮名) / 海野十三(著)
宿屋の一室に端座たんざし、過去を思い、現在をおもんばかりて、深き憂いに沈み、婦女の身のとど果敢はかなきを感じて、つまらぬ愚痴ぐちに同志をうらむの念も起りたりしが、た思いかえして
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
横井の門人横山、下津は、かねて途中の異変をおもんばかつて、武芸の心得のあるものを選んで附けたのであるから、刀を抜き合せて立ち向つた。横山は鹿島と渡り合ひ、下津は柳田と渡り合ふ。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
眼鏡のほかには体じゅうに一絲をもまとっていなかったが、(私もその時までイヤリングのほかには何も身に着けていなかった)安静が絶対条件であることをおもんばかって、やはり裸のままにして
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
壮士間に紛紜ふんぬんを生じ、渡航をこばむの壮士もある様子ゆえ、儂は憂慮に堪えず、彼らに向かい、間接に公私の区別を説きしも、悲しいかな、公私を顧みるのおもんばかりなく、許容せざるを以て
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
私達は今度の旅行の困難をおもんばかって、なまじ案内者などは雇わず、前もって大山村の宇治長次郎に、気の合った者を一人連れて、二十五日の朝九時迄に間違まちがいなく魚津の停車場に来ていてくれと
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
。これ衆民を籠絡ろうらくするをおもんばかりたるなり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
如何いかなる事情あるかは知らざれども、妾をかかる悲境に沈ましめ、ことに胎児にまで世のそしりを受けしむるをおもんばからずとは、これをしも親の情というべきかと、会合の都度つどせつに言い聞えけるに
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)