たっと)” の例文
あるんだぞ、忘れるな、自分をたっとべ大事にしろ。そして、さあ、笑え、腹の中から声を出して笑え。(二五八八、一一、六、夜十一時)
兵道でたっとぶところの、以心伝心などということに、誰も興味を持たなくなった。神人相通の術などと云っても、判らなくなった。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
また人の師となり得る人物はただ古いことをたっとぶのみでも新しいことに走るのみでも不可である、両者を兼ねなくてはならぬ。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
巍は遼州りょうしゅうの人、気節をたっとび、文章をくす、材器偉ならずといえども、性質実にこれ、母の蕭氏しょうしつかえて孝を以て称せられ、洪武十七年旌表せいひょうせらる。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
能楽という演技そのものが、その発祥を格式をたっとぶ社寺のうちに持ち、謡曲のうしろには五山の碩学せきがくが厳として控えて居り、啓書記、兆殿司ちょうでんす、斗南
美の日本的源泉 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
一 小説は独創をたっとぶものなれば他人の作を読みてそれより思ひつきたる事はまづ避くるがよし。おのれの経験より実地に感じたる事を小説にすべし。
小説作法 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
要するに戦争上りのことでもあるから、人気は一般に荒っぽく、不羈卓犖ふきたくらくというようなことをたっとぶので、それだけ勉強するものは因循党と見做された。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
支那は同姓不婚で名高い国だが、『左伝』『史記』などに貴族の兄弟姉妹と通じ事を起した例が少なからぬ。これも上世同姓婚をたっとんだ遺風であろう。
パスカルも、「人は葦の如き弱き者である、しかし人は考える葦である、全世界が彼を滅さんとするも彼は彼が死することを、自知するが故に殺す者よりたっとし」
善の研究 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
平生は芋野老ところなどを掘りまして、乏しく生活くらしておりますにも似ず、目前めさきの利害などには迷わされず、義を先にし節をたっとび、浮薄のところとてはございません。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
儒に神霊しんれいというは、すなわち仏教の識性しきしょうなり。霊識滅せず、いわゆる常に存す。儒教は形生をたっとび、死をこととして、葬および祭等の礼、みな形を重んずることとなす。
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
人間にたっとぶべきは、聖書に「もし汝らひるがえりて幼児おさなごのごとくならずば、天国に入るを得じ」
『グリム童話集』序 (新字新仮名) / 金田鬼一(著)
祭祀をたっとび、民の訟を聴き、運河を通ずるなどの事をなし、民心和し国力充実したる後ち、第三十年目に至って四隣征服のえきを起し、数年にしてバビロン全部を統一した。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
家庭料理は活用をたっとぶ。上等にも適し下等にも適し、伸縮自在なるがお登和嬢の長所なり。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
一死よりも名誉を重んじ、一命よりも門地をたっとぶ習慣の空気に生い立ちながら、みすみすこういうことをしでかした能登守には、魔が附いたと見るよりほかはないのであります。
内容なかみよりも外形うわべたっと現世げんせひとまなこは、それで結構けっこうくらませることができても、こちらの世界せかいではそのごまかしはきかぬ。すべてはみなかみうつり、また程度ていどたがいにもうつる……。
私は皆様に平和をたっとぶ心を植え付け、忍従と美を愛する心掛をお教え致しました。
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼は言う、自分は単純な人間で何事にも自然をたっとぶと。
望ましい音楽 (新字新仮名) / 信時潔(著)
しんあまねくし衆を和するも、つねここおいてし、わざわいを造りはいをおこすも、つねここに於てす、其あくに懲り、以て善にはしり、其儀をつつしむをたっとぶ、といえり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
物美なれば其虫いよいよ醜く事利あれば此に伴うの害いよいよ大なり。聖代せいだい武をたっとべば官に苛酷のを出し文を尚べば家に放蕩の児を生ず倶に免れがたし。
偏奇館漫録 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
恋愛の実境はそんな言ではつくし得ない、すべて少年は縹緻きりょうを重んじ中年は意気をたっとぶ、その半老以後に及んではその事疎にして情うたさかんに、日暮れ道遠しの事多し
そうしてこの時代に西方伝来の新音楽がたっとばれたことは、明らかに記録に残っているのである。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
あまりに科学や常識をたっとぶために、人間の頭が悪く理窟で固まってしまって「神秘」とか「不思議」とか「超自然」とかいう理窟に当てまらない事を片端かたはしから軽蔑して罵倒してしまうのを
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
美をたっとぶ国柄でげして、絵の方にはなかなか名人が出ました、御承知の通り……ところで、とりあえず狩野家の各派の家元を残らずメムバーに差加えます、それから、四条、丸山、南画、北画
本陣から駕籠に乗らなかったのは、秘密をたっとんだからであろう。
首頂戴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
国外のじょうかくの如し。しこうして域内の事、また英主の世を御せんことをさいわいとせずんばあらず。仁明孝友はもとよりたっとぶべしと雖も、時勢の要するところ、実は雄材大略なり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
これ猥䙝の嫌ひあるものなり。猥䙝の嫌ひあるもの果して全く猥䙝なるや否や。凡そ徳をたっとぶものは悪の大小を問はざる也。凡て不善に近きものを遠ざく。何ぞ猥䙝の真偽をきわむるの要あらんや。
猥褻独問答 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
「なにも、芸娼院と申したところが、芸妓と娼妓ばっかりを集めるという趣意ではがあせん、とりあえず美術でげす、日本は古来、美をたっとぶ国柄でげして、絵の方になかなか名人が出ました……」
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)