つよ)” の例文
というのは、岩石のそそり立つ山坂を平地と同じように踏めるのは、牛のような短くつよあしをもったものに限ると聞くからであった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
今日の紛糾を明日へ向ってつよく掴む歴史的な感覚の弱さでは小説の弱さに通ずるものとして、私たちを深く省みさせる点だろうと思う。
威張れば威張る程別れられないし、ワカレルワカレルといっても、胴締めはワカレルという言葉のたびに、つよく締めつけられるのである。
我が愛する詩人の伝記 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
こんな文句を毎日眼の前におきながら、弁当をぱくついてゐた雪堂といふ百人頭は性来うまれつきはぐきつよい、胃の腑の素敵に丈夫な男だつたらしい。
附近には鹿の足跡が非常に多く、つよい西風の枝を鳴らす音に交って、例のピューンピューンという細い声が絶えず聞えていた。
大井川奥山の話 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
教養の蓄積というさもしい性根を、一挙にして打ち砕くようなつよさをもって佇立ちょりつしていた。本来人間はことごとく仏性をもつはずだ。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
人間の怨念、執着というものが、どれほど激しくつよいものかを知ったなら、恐ろしさに生きつづける気はしなくなるであろう。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
飽くまでもつよく押して行けば、やがてその人を笑わなくなり、ああ、浅墓だ、恥を知れ! 掌を返すが如くその人を賞讃し、畏敬の身振りもいやらしく
善蔵を思う (新字新仮名) / 太宰治(著)
その底の根に在ると感じられたあの土を穿うがち、根を大地の金輪際にまで下しているとも思えるそのつよく逞しい力。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
彼はつよい風に吹かれながら、眼の下の景色を見つめていると、急に云いようのない寂しさが、胸一ぱいにみなぎって来た、そうして思わず、声を立てて泣いた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
これは、ベートーヴェンの性格にあるつよ不羈ふき性やその他本来ドイツ的でない他のいろいろな彼の性質を理解しようとするとき忘れてはならないことである。
これや北風ほくふうに一輪つよきを誇る梅花にあらず、またかすみの春に蝴蝶こちょうと化けて飛ぶ桜の花にもあらで、夏の夕やみにほのかににおう月見草、と品定めもしつべき婦人。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
意志のつよそうな眉、豊かな線をもつひき緊った唇つき、なにもかもが親愛な、温かくじかに心に触れてくる感じだ、——こんなにも自分に近いひとだったのか
菊屋敷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
明治四十四年十一月十九日! 我が大東の健児が近く世界の体育競争場裡に於て鉄脚のつよさを試すべく、東京府下羽根田の運動場に於て国際予選の大競走を行つた日である。
オリムピヤ選手予選 (新字旧仮名) / 長瀬金平(著)
されどその民の土やせて石多く風つよく水少なかりしかば、聖者ひじりがまきしこの言葉ことのは生育そだつに由なく、花も咲かず実も結び得で枯れうせたり。しかしてその国は荒野あれのと変わりつ。
詩想 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
つぐんで黙ってしまう。そして立った彼女の顔の左半面の、咲いたばかりの花のようなつよ
廃墟(一幕) (新字新仮名) / 三好十郎(著)
ほそつよく太く艶あるの聲の如き心をもたむとぞ思ふ (シャリアーピンを聞きて)
和歌でない歌 (旧字旧仮名) / 中島敦(著)
浴をらなかったものだが、今は立派な温泉宿が出来た、それにしても客の来るのは、夏から秋だけで、冬は雪が二尺もつもる、風がつよくて、山々谷々から吹きげ、吹き下すので
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
彼能くわが兵刃を禁ずれど必ず刃なき物を禁じ能わぬべしと、すなわち多くつよい木の白棒を作り、精卒五千を選んで先発せしめ、万を以て計る多勢の賊を打ち殺したが、禁術は一向利かなんだとある。
すなどりびとらがつよき肩たゆまず
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
はるかに海をへだたっている保のところまで、つよいひとすじの綱を投げかけようとするように、伸子は心いっぱいにその手紙を書いた。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
成程うでぷしつよさうに出来てゐるが、その二十年といふもの、金なぞたんまり握つた事の無ささうな掌面てのひらだなと弟子は思つた。
筒井はその時はじめてつよく語調をあらため、彼の腹にこたえるように申し出たのであった。それは思いかけぬ言葉の剛直さをあらわしていた。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
熊笹くまざさを鳴らすつよい風はつれなくとも、しかし彼は宿内の小前こまえのものと共に、同じ仕事を分けることをむしろ楽しみに思った。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
風のつよい日で、百人ほどの兵士が江の島へ通ずる橋のたもとに、むらがって坐り、ひとしく弁当をたべていた。
狂言の神 (新字新仮名) / 太宰治(著)
青年俳優わかおやまの眉目には、最近一身一命をなげすてて、大事にいそごうとするものだけが現す、あのつよく、激しく、しかも落ちついた必死、懸命の色がみなぎるのであった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
つよい雑草の根の張った地面は、虎之助の渾身こんしんの力を平然とはね返してしまう、老躰の閑右衛門にはごく楽々と出来ることが、彼の壮年の力量をまるで受付けないのだ。
内蔵允留守 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
私は眼の前に突き出された巨大の拳固のように、つよい力の籠った山の姿を瞳に烙きつけながら「よし、来年はあれに登ろう」と独語して、偃松の露に浸した手拭で顔を洗った。
木曽駒と甲斐駒 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
蝶子さんを見ると、流れに任せてなよ/\と、どこの岸にでも漂い寄って咲けるうきくさの花の自然の美しさを感じずにはいられない。弱いものゝ持つつよみを感じられずにはいられない
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
うるわしきすみれの種と、やさしき野菊の種と、この二つの一つを石多く水少なく風つよく土焦げたる地にまき、その一つを春風ふきかすみたなびき若水わかみず流れ鳥蒼空あおぞらのはて地にるる野にまきぬ。
詩想 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
最も親しき人々の流血の惨事——この大悲痛からの脱却を身命をして祈念されたつよい信念、何よりもまず私はそこへ参入したいと願うのである。これが書紀を読んだ後の私の感銘であった。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
いだくはつよく張りし琴
草わかば (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
ここの若者たちは、小説をよむのもそういう工合だし、芝居を見るのも、常にそういう素朴でつよい態度をもっているのであった。
広場 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
子供のやうにやんちやで、うぶで、一本気で、手障てざはりは冷たく静かなやうだが、底には高い潜熱とつよい執着をもつてゐた。
枝という枝は南向に生延びて、冬季に吹く風のつよさも思いやられる。白樺は多く落葉して高く空に突立ち、細葉の楊樹やなぎうずくまるように低く隠れている。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
貞時はほかには何もいわず、ただ、ひとつの言葉だけをつよく、迷うことなく答えるようにといった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
いと尊き玉はいとつよき金剛砂もて飽くまで磨かざるべからざる也。汝はいと貴き玉なれば也。
甲武信岳のあたりは既に濃藍色の幾重の雲に包まれ、破風山もまたまさに隠れんとしてつよい風でも起っているらしく、其あたりの雲が頻りに騒いでいる。さいわいに北の方面は穏かであった。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
雪之丞は、三斎をつよい目でみつめたまま、しかし口元の冷たい笑いを絶たなかった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
永遠に人目に触れずしてかつ降り、かつ消えてはまた降り積む、あの北地の奥のしら雪のように、その白さには、その果敢はかなさの為めにかえってゆるめようもない究極のつよい張りがあった。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
中宮寺の像は、その大いさにもよるが、うける感じがつよたくましいのである。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
「水の火よりもつよきを知れ。キリストの嫋々じょうじょうの威厳をこそ学べ。」
HUMAN LOST (新字新仮名) / 太宰治(著)
チンダルは科学者の心持で終始一貫して、その科学精神のつよくリアリスティックであることから独特の美を読者に感じさせる。
枝という枝は南向に生延はえのびて、冬季に吹く風のつよさも思いやられる。白樺しらはりは多く落葉して、高く空に突立ち、細葉の楊樹やなぎうずくまるように低く隠れている。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
応募兵は自分が螽斯ばつたのやうにつよい脚を持つてゐるのを見せるために、二三度靴のかゞと地面ぢべたを蹴つてみせた。
生絹は言い当ててはあとに引かぬこの男の言葉のつよさに、しだいに心が惹かされて行った。このように勁い言葉を持った男というものを見たことも、生まれてはじめてであった。
荻吹く歌 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「そういう風にまっすぐに生きられればいいな」幸太は話を聞きながらよくそう云った、性質のはっきり現われている線のつよい彼の顔が、そんなときふと思い沈むように見えることがあった。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
弱いものゝ持つつよみをあなたに感じずにはいられません。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
朔風きたかぜつよい夜には、星の光も、するどいものです。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
何かよりつよい人間精神の高揚によって社会悲劇をも克服した芸術としての俳諧、そういうものを自分の芸術に求めていたのではあるまいか。
芭蕉について (新字新仮名) / 宮本百合子(著)