かぶと)” の例文
そうして不空羂索観音の渇仰者かつごうしゃであるZ君にかぶとをぬいだ。しかし美しいのはただ本尊のみではない。周囲の諸像も皆それぞれに美しい。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
いつか絵本で、日本の大将が、まえだてのついたかぶとおどしの鎧をきて、戦争に行く勇しい姿をみたことがあったからです。
海からきた卵 (新字新仮名) / 塚原健二郎(著)
「どうも分らない。殺人事件の犯人を捜す方がよっぽど楽だ」と、智慧の神様といわれている水久保係長も、あっけなくかぶとをぬいでしまった。
○○獣 (新字新仮名) / 海野十三(著)
戦焦いくさやけとでもいうのか、顔の皮膚は南蛮鉄なんばんてつのように黒くて艶があった。かぶとのあとが薄白くけ残っている程なのである。
篝火の女 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鹿角かづの打ったるかぶとを冠り紺糸縅こんいとおどしよろいを着、十文字のやりっさげて、鹿毛なるこまに打ちまたがり悠々と歩ませるその人こそ甚五衛門殿でございました」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
白綾しらあや紅裏もみうら打ったる鎧下よろいした色々糸縅いろいろおどしの鎧、小梨打こなしうちかぶと猩々緋しょうじょうひの陣羽織して、手鑓てやりひっさげ、城内に駈入り鑓を合せ、目覚ましく働きて好き首を取ったのは
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
この子は腕白で頭の骨がかぶとのように硬く、肋は一枚あばらという健康児であった。この子はそれでいて感情家で、綺麗な声を持っていた。唱うことが好きであった。
光り合ういのち (新字新仮名) / 倉田百三(著)
私はそこにロダンの傑作、黄銅時代、ダナイト、美しきかぶと造り、接吻等に変って、バルザックの寝巻姿が私達の心に憂鬱な余生を送る心理学者のように映るのを見るのであった。
バルザックの寝巻姿 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
そんな事が可能かどうか分らぬが、とにかく秀吉に忠信のかぶとを受け継ぐものは、忠勝の外にないと云われたり、関東の本多忠勝、関西の立花宗茂と比べられたりした典型的の武人である。
真田幸村 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
権兵衛はまずかぶとって海へ投げた。蒼黒い海は白い歯を見せてそれを呑んだ。権兵衛はそれからよろいを解いて投げた。冑も鎧も明珍長門家政の作であった。権兵衛はそれから太刀を投げた。
海神に祈る (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
かぶとの星の菊の座も、えい、華やかにこそ威毛おどしげの、思ふかたきを打ち取りて、えい、わが名を高くあげまくも、えい、つるぎは箱に納め置く、弓矢ふくろを出さずして、えい、富貴の国とぞなりにける。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「ほんものらしいね、かぶとをぬぐ、人は使いようだということを認めるよ」
山椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
浴衣を着て涼台すゞみだいへ出ますと、もう祭提灯まつりちやうちんで街々が明くなつて居ます。私の町内の提灯は、皆かぶとの絵がかいてあるのでした。隣町は大と云ふ字、そのまた隣町は鳥居とりゐ玉垣たまがきの絵だつたと覚えて居ます。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
あばあに初心ならん 品川に梟示きようじ竜頭りゆうとうかぶと 想見る当年怨毒の深きを
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
かぶとを取つて逆様に著給へば、侍共『おん冑逆様に候ふ』と申せば
右大臣実朝 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
かぶと人形、菖蒲しょうぶ刀、のぼりいちが立って、お高は、それも見に行きたいと思ったが、二十七日は、雑司ぞうし鬼子母神きしもじんに、講中のための一年一度の内拝のある日であった。お高は、これへ行ってみたかった。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
Kはこうした瞬間には支店長にかぶとを脱ぐのだった。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
さらばかぶとに羽の
武田信玄の死骸なきがらは、楯無たてなしのよろいに日の丸の旗、諏訪法性すわほうしょうかぶとをもって、いとも厳重に装われ、厚い石のひつぎに入れられ、諏訪湖の底に埋められてあり
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
こうなればかぶとを脱いで彼の男の結論の前に礼拝するのが得策であると感じたので、科学者は十円札を出して叫んだ。
科学者と夜店商人 (新字新仮名) / 海野十三佐野昌一(著)
と、いって直ぐ、かぶとの緒をしめながら表方へ走った。ぽう——と、まだ暗い暁天ぎょうてんに、出陣の貝は鳴り出していた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
進んで三の柵際まで来て、自ら柵を引抜き出した。大音声で名乗りを挙げるが、織田勢その威に恐れて誰も出合わない。雨の様な弾丸は、右衛門尉のかぶとに五つ当った。年三十一で討死である。
長篠合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
椽の下からあらわいでたる八百八狐はっぴゃくやぎつね付添つきそいおれかかとねらうから、此奴こやつたまらぬと迯出にげだうしろから諏訪法性すわほっしょうかぶとだか、あわ八升も入る紙袋かんぶくろだかをスポリとかぶせられ、方角さらに分らねばしきりと眼玉を溌々ぱちぱちしたらば
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
紺地金泥の法華経とおい。源義家神馬のくつわ。新田義貞奉納鎧。諏訪法性のかぶとなどは取り分け大切の宝物であった。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
老臣黒田睡鴎すいおう追い付いて諫めたので、鎧は着けたが、猶かぶとを冠らない。
島原の乱 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
彼は人造人間の頭のようなグロテスクな円筒形のかぶとを被っていた。
深夜の市長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
頭領と見える四十五六の男は、さすがに黒革の鎧を着、鹿角かづのを打ったかぶとを冠り、槍を小脇にかい込んでいた。
弓道中祖伝 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「これは昔からの云い伝えだが、諏訪法性のかぶとには、諏訪明神のご神霊が附き添いおられるということだ」
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
前立まえだて打ったるかぶとを冠り、白糸おどしの大鎧を着、薙刀なぎなたい込んだ馬上の武士——それこそ地丸左陣である。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
武田の家宝と称されおる諏訪法性のかぶとなるもの元は諏訪家の宝であったが、信玄無道にしてそれを奪い、死後尚自分の死骸に着け、所もあろうに諏訪湖の底へ、石棺に封じてほうむるとは
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
毛皮を打ち掛けた牀几しょうぎの上へ悠然と腰掛けた一人の武士、これぞ一団の大将と見え、身には直垂ひたたれを付けよろいを着流しまだ角髪つのがみ艶々つやつやしきに故意わざかぶとを従者に持たせ烏帽子えぼしを額深く冠っている。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「解ったぞ解ったぞ声に聞き覚えがある。滝沢氏でござろうがな。アッハハハハ、奇遇々々。いかにも手前十返舎一九、かぶとを脱いでいざ見参! ありゃありゃありゃありゃ、ソレソレソレソレ」
戯作者 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)