人通ひとどおり)” の例文
浅草観音堂の裏手の林の中は人通ひとどおりがすくなかったが、池の傍の群集の雑沓ざっとうは、活動写真の楽器の音をまじえて騒然たるひびきを伝えていた。
水魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
トタンにがらがらと腕車くるまが一台、目の前へあらわれて、人通ひとどおりの中をいて通る時、地響じひびきがして土間ぐるみ五助のたいはぶるぶると胴震どうぶるい
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
第三図は童児二人紙鳶たこを上げつつ走り行く狭き橋の上より、船のほばしら茅葺かやぶき屋根の間に見ゆる佃島の眺望にして、彼方かなたよこたはる永代橋えいたいばしには人通ひとどおりにぎやかに
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
買ってもらって、人通ひとどおりの少い方へきますと、山門の上から見下していた鳩が、一度にぱっと羽音を立てて下りて来て、人に踏まれそうな処まで集ります。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
自動車はただちに、けたたましい音を立てて、人通ひとどおりのない、どての上を、吾妻橋の方へ、飛ぶ様に消え去った。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
日が暮れて街の人通ひとどおりすくなくなった時分に、留吉は街はずれの汚い一軒の安宿を探しあてました。
都の眼 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
ようやく近づいて見るとやはり婆さんだ。白髪頭に手拭を被って、見慣れたままの様子である。其処そこは病院の横手で長い石垣がつづいている。このあたりは風が寒いので此様日には人通ひとどおりまれな処である。
老婆 (新字新仮名) / 小川未明(著)
そのあたりの家はみな新木造あらきづくりとなりたり。小路は家を切開きて、山の手の通りに通ずるようなしたれば、人通ひとどおりいと繁く、車馬の往来しきりなり。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さいわい闇夜やみよにて人通ひとどおりなきこそ天のたすけと得念が死骸しがいを池の中へ蹴落けおとし、そつと同所を立去り戸田様とださま御屋敷前を通り過ぎ、麻布あざぶ今井谷いまいだに湖雲寺こうんじ門前にで申候処
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
松屋あたりの、人通ひとどおり。どっちが(端近。)なのかそれさえ分らず、小児等は魅せられたようになって、ぞろぞろと後に続く。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
杉の茂りのうしろ忍返しのびがえしをつけた黒板塀くろいたべいで、外なる一方は人通ひとどおりのない金剛寺坂上こんごうじさかうえの往来、一方はそのうち取払いになってれればと、父が絶えず憎んで居る貧民窟ひんみんくつである。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
「来やがれ、さあ、戸外おもてへ歩べ。生命いのちを取るんじゃねえからな、人通ひとどおりのある処がいや、握拳にぎりこぶしで坊主にして、お立合いにお目に掛けよう。来やがれ、」
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いつになく乱酔した清岡が、人通ひとどおりのないこの裏通の角で突然君江の姿を見たら、何をしだすか知れない。新聞紙をにぎわすような騒ぎを引起しては大変だと心配したのである。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
多人数一室へ閉籠とじこもって、徹夜で、密々ひそひそと話をするのが、しんとした人通ひとどおりの無い、樹林きばやしの中じゃ、そのはずでしょう。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「いいのよ。すぐ其処そこですから。」と君江は人通ひとどおりの絶えた堀端ほりばた本村町ほんむらちょうの方へと歩いて行く。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
どうしてその時分じゃからというて、めったに人通ひとどおりのない山道、朝顔のいてる内に煙が立つ道理もなし。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
人通ひとどおりも早や杜断とだえ池一面の枯蓮かれはすに夕風のそよぎ候ひびき阪上さかうえなるあおいの滝の水音に打まじりいよ/\物寂しく耳立ち候ほどに、わが身の行末にわかに心細くあいなり土手ぎわの石に腰をかけ
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それに今じゃ、三里ばかり向うを汽車が素通りにしてくようになったから、人通ひとどおりもなし。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
日頃人通ひとどおりの少ない処とて古風な練塀ねりべいとそれをおおう樹木とは殊に気高けだかく望まれる。
と、ともかく。ですからな、夫人おくさん、人が来ない内に、帰りましょう。まだ大して人通ひとどおりもないですから。はやく、さあ、疾く帰ろうではありませんか。お内へ行って、まず、お心を
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
路地を出ると支那蕎麦屋しなそばやが向側の塀の外に荷をおろしている。芸者の乗っているらしい車が往来ゆききするばかりで人通ひとどおりは全く絶え、表の戸を明けているのは自動車屋に待合ぐらいのものである。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
つのぶちの目金めがねで、じっと——別に見るものはなし、人通ひとどおりもほとんどないのですから、すぐ分った、鉢前のおおきく茂った南天燭なんてんの花を——(実はさぞ目覚めざましかろう)——悠然として見ていた。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
人通ひとどおりは全くない。空気は乾いてゆるやかに凉しく動いている。
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
かれこれ十一時に近く、戸外おもて人通ひとどおりもまばらになって、まだ帰って来なかった。
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
で、路と一緒に、人通ひとどおりの横を切って、田圃たんぼを抜けて来たのである。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「こんなに人通ひとどおりがあるじゃないかい。」
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)