一掴ひとつか)” の例文
むしろあくどい刺戟しげきに富んだ、なまなましい色彩ばかりである。彼はその晩も膳の前に、一掴ひとつかみの海髪うごを枕にしためじの刺身さしみを見守っていた。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
遊行上人はこういって、座右ざうの箱に入れてあった名号の小札を一掴ひとつか無造作むぞうさに取っておしいただくと、肩衣袴かたぎぬばかまを附けた世話人が
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
余りにある銭にすくんだようにちょっとためらったが、ひとりが先んじて一掴ひとつかみ取って退さがると、同時に、わあっと凱歌がいかのような歓声があがった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ポケットの中がからになると、また木田さんはぼくたちを一掴ひとつかみポケットの中に入れた。その中にはぼくもまじっていた。
もくねじ (新字新仮名) / 海野十三(著)
しばらくしてげんさんは、ガラスつぼから金平糖こんぺいとう一掴ひとつかみとりすと、そのうちの一つをぽオいとうえげあげ、くちでぱくりとけとめました。そして
牛をつないだ椿の木 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
やがて、みぞろが池の御殿へ帰って来ますと、鬼童丸は手下を大広間へ集めて、盗んで来た金銀を山のように積んで、それを一掴ひとつかみずつ手下にやりました。
三人兄弟 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
それを見た豊吉は、にはかに元気の好い声を出して、『死んだどウ、此乞食ア。』と言ひながら、一掴ひとつかみの草を採つて女の上に投げた。『草かけて埋めてやるべえ。』
二筋の血 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
丁度ちやうど荷鞍にぐらほねのやうな簡單かんたん道具だうぐである。そのあしからあしわたしたぼうわら一掴ひとつかみづゝてゝは八人坊主はちにんばうずをあつちへこつちへちがひながらなはめつゝむのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
ひょいと島田髷しまだまげを前へ俯向うつむけると、脊柱せきちゅうの処の着物を一掴ひとつかみ、ぐっと下へ引っ張って着たような襟元に、さきを下にした三角形の、白いぼんのくぼが見える。純一はふとこう思った。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
といって僕が大急ぎでひとかたまりに集めた碁石の所に手を出して一掴ひとつかみ掴もうとした。
碁石を呑んだ八っちゃん (新字新仮名) / 有島武郎(著)
手際てぎはなもので、あふうちに、じり/\と團子だんごいろづくのを、十四五本じふしごほんすくりに、一掴ひとつかみ、小口こぐちからくしつて、かたはら醤油したぢどんぶりへ、どぶりとけて、さつさばいて、すらりと七輪しちりんまたげる。
松の葉 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
煙草たばこの煙のこもり過ぎたのに心づいてわたしは手を伸ばして瓦塔口かとうぐちふすまを明けかけた時彩牋堂へてた手紙を出しに行った女中がその帰りがけ耳門くぐりの箱にはいっている郵便物を一掴ひとつかみにして持って来た。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
傍らの乱れ籠の中から一掴ひとつかみの紙を取り出して、左に持ち換えて引抜いた脇差の身へあてがうと、極めて荒らかにその揉紙もみがみで拭いをかけはじめました。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
お民はやつとかう云つたと思ふと、塩豌豆を一掴ひとつかみさらつた後、大儀さうに炉側を立ち上つた。……
一塊の土 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
それはそれは強そうな、獅子ししでもとらでも一掴ひとつかみにしそうな男でした。
三人兄弟 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「雪が一掴ひとつかみあればいいと思う。」
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
米友を一掴ひとつかみにして、引裂いて食ってしまう権幕で迫って来たその形相ぎょうそうが、人を驚かすに充分です。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
あなやと思う間に、その一羽の大鷲が、急に舞い下って、大風にこけつまろびつしている弁信の胸のあたりを見計らい、一掴ひとつかみに掴んだ、と見れば、そのまま空中高く舞い上ってしまったのです。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)