高麗こま)” の例文
そこに一挺の女乗物を置いて、人待ち顔に往来を眺めている郷士風の侍のささやきを聞くと、これはまごうかたなき高麗こま村の人々です。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ぼくは高麗こま犬の写生をしてるんだよ、どうもね、一つの方が口をあいて一つの方が口をしめてるのがふしぎでならねえ」
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
高麗こまねずみのようにきりきり舞いをして、薬罐やかん、水差し、湯呑みなど病床の小道具一式を枕もとへ運んだのちそこらの物を押し入れへ投げ込んで
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
調布てうふ街道を入つた狛江こまえ村、昔から高麗こま人のすゑが傳へた、秋祭の傅統がその頃まで殘つて居て、江戸では見られぬ異國的な盛大さが觀物だつたのです。
そもそもお客の始まりは、高麗こま唐土もろこしはぞんぜねど、今日本にかくれなき、紀伊国文左に止どめたり。さてその次の大尽は、奈良茂の君に止どめたり。
紅白縮緬組 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
走るというのだからほぼ踊りかたの想像はつく。これらの歌舞が一わたりすむと、その次が唐及び高麗こまの舞楽である。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
きさきはじめおそばの人たちが心配しんぱいしますと、高麗こまくにから恵慈えじというぼうさんが、これは三昧さんまいじょうるといって、一心いっしんほとけいのっておいでになるのだろうから
夢殿 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
前年の六月になっても米価はますます騰貴するばかりで、武州の高麗こま入間いるま榛沢はんざわ秩父ちちぶの諸郡に起こった窮民の暴動はわずかに剣鎗けんそうの力で鎮圧されたほどである。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
多胡碑の里から火事がでて馬庭へ飛び火したこともあるそうだ。馬庭の旧家高麗こまさんは頭をかいて
これを我野通あがのどおりと称えて、高麗こまより秩父に入るの路とす。次には川越かわごえより小川にかかり、安戸に至るの路なり。これを川越通りと称え、比企ひきより秩父に入るの路とす。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
朝廷からも高麗こまの相人へ多くの下賜品があった。その評判から東宮の外戚の右大臣などは第二の皇子と高麗の相人との関係に疑いを持った。好遇された点がに落ちないのである。
源氏物語:01 桐壺 (新字新仮名) / 紫式部(著)
たったこの二つだけの動物意識で——つまり多Tティ・メニーとか長短ロング・コンド・ショットとかいうような種々いろいろな迷路を作って、高麗こま鼠にその中を通過させる——ものと、もう一つは蛞蝓なめくじ以外にはない背光性——。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
これは純粋の雑戸ざっこで、熟皮なめしがわの技術に慣れた高麗こま人や、百済くだら人などがこれになったのもありましょうし、鎧作よろいつくり鞆張ともはり鞍作くらつくり等、その他一切の皮革を扱うもの、みなこれに属する訳です。
高麗こま新羅しらぎ百済くだら任那みまななど互に攻略して、其処も安住の地でないので、彼等の中には、交通のやうやく開けたのに乗じ、山紫水明にして、気候温和なるわが国に移住帰化したものが多かつた。
二千六百年史抄 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
三峰川と中津川では山女魚釣りに谷を跋渉ばっしょうした。高麗こま川と名栗川へも行った。多摩川と奥多摩川、日原川、秋川などはここで説明するまでもない。江戸川、中川、綾瀬川など、もちろんのことだ。
水の遍路 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
狭手彦の軍をひきひて、任那みまなを鎮め、また高麗こまちしことはふみに見ゆ。
松浦あがた (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
彼等はどうせひとこしらえたものだという料簡りょうけんで、ごうも人力に対して尊敬を払わない引き方をする。海城かいじょうというところで高麗こま古跡こせきを見に行った時なぞは、尻が蒲団ふとんの上に落ちつく暇がないほど揺れた。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
『日本紀』二四に、皇極こうぎょく天皇四年四月、〈高麗こまの学僧らもうさく
うぶすなの森のやまもも高麗こま犬は懐しきかなもの言はねども
故郷七十年 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「異国の……」と、万太郎は目をえさせて、「異国と申しても、種々さまざまみんのものか、高麗こまのものか、あるいは呂宋刀るそんものでござりますか」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
遠い昔、西を追われたらしい高麗こまの豪族の一族郎党大人数が、舟で逃げてきて、ここに上陸した。今でもここに高麗神社があり、彼らにとってはここは記念すべき上陸の聖地だった。
曽我の暴れん坊 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
源氏は侍従へ唐本のりっぱなのをじんの木の箱に入れたものへ高麗こま笛を添えて贈った。
源氏物語:32 梅が枝 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ここらの海岸は、その昔、高麗こま人を移住させたあとで、もろこしはらと言ったといいます。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
伝右衛門和泉に向って前備を譲らんことを乞うた。和泉は驚き怒り、軍法をもって許さない。伝右衛門は和泉の鎧の袖にすがって、今日の戦は日本高麗こま分目の軍と思う。某は真先懸けて討死しよう。
碧蹄館の戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
これは高麗こまの帰化人であるところの、背奈氏せなしと合してその土地に住み、他の一派は京都洛外の、太秦うずまさ辺に住居して秦氏はたしの一族と合体したりしたが、宗家は代々摂津せっつ和泉いずみ河内かわち、この三国に潜在して
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
高麗こまの学僧らもうさく
この一戦は「太平記」に“笛吹嶺うすいとうげノ合戦”として有名である。だがほんとは、多摩、入間、高麗こまの三郡にかぎられた地域の戦いであった。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
高麗こま乱声らんじょう(競馬の時に右が勝てば奏される楽)がなぜ始まらないの」
源氏物語:46 竹河 (新字新仮名) / 紫式部(著)
この堂宇どううの内に納めてある洞白の仮面めん箱を盗み返し、離れの密室にいる馬春堂を助け出して、この高麗こま村におさらばを告げる方寸と見えました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
元寇げんこうの折、時宗公が元の使いを斬り、また遠くは高麗こま百済くだらの無礼なる使者を斬ったというような異国との断絶には当然いくらもあり得ることだが……
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
奥武蔵の高麗こま一族をしてその背後を驚かせ、また芳賀はが貞綱の勢を川越から。武田、薬師寺の軍を狭山から。およそ三面から総がかりで寸断したものとおもわれる。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それらの眷属けんぞくの祖先は、千余年前、大集団で、海の彼方かなたから武蔵野へ移住して来た高麗こま民族の家族と共に、移って来たものと、それより以前から、秩父ちちぶの山にいた純坂東種じゅんばんどうしゅの山犬と
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
高麗こまなどの思わぬ敵襲をうしろに聞き、また甲斐方面や海道筋には、富士川からこっち支離滅裂となった味方のなだれと、それを押して来る尊氏の本軍を見るなど、三方敵の重囲にあったのだった。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)