げき)” の例文
「忽ち鳥の奇聲を聞く。再びげきとして聲無し。熱帶の白晝、却つて妖氣あり。佇立久しうして覺えず肌に粟を生ず。その故を知らず」
典医てんいだけは奥へ出入りしていたし、城後の梅花は、日々ほころびそめて来るのに、その後、管楽かんがくの音は絶えて、春園もげきたり——であった。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
万籟ばんらいげきとして声をむ、無人の地帯にただ一人、姉の死体を湖の中へ引きり込むスパセニアの姿こそ、思うだに凄愴せいそう極まりない。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
またもとの境内の中央に立ちて、もの淋しくみまわしぬ。山の奥にも響くべくすさまじき音して堂の扉をとざす音しつ、げきとしてものも聞えずなりぬ。
竜潭譚 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一山げきとして、氣爽かに、心自から澄み、神冴え何を思うてみても、それが何處までゞも深くふかく考へることが出來る。
箱根の山々 (旧字旧仮名) / 近松秋江(著)
まして一月元日の夕景ともなるなれば四辺げきとして鎮まりかえり、聞こえるものはセコンドを刻む振子の音ばかり。
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
百余年このかたは坊主一疋もいなくなり、山神形をえあるいは豺狼さいろうあるいは猨狖えんゆうとなりて行人を驚恐せしむ、故を以て、空荒くうこうげきとして僧衆なしとある。
これエリパズが天地げきとして死せるが如き深夜において、ある霊に接し、その語りし語を取次いだのである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
神戸の病院に行って病室の番号を聞いて心を躍らせながらその病室の戸を開けて見ると、室内はげきとして、子規居士が独り寝台ねだいの上に横わっているばかりであった。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
しかし広大無辺の曠野にはげきとして声なく、岩上の文字は『沈黙』というのであった。彼はおののき震え、おもてをそむけ、愴惶そうこうとして遠く逃げ去って、再び帰って来なかった
日はあかくヱネチアのまちを照して、寺々の鐘は皆鳴り響けり。されど街衢がいくげきとして人影なきに似たり。船渠せんきよを覗へば、只だ一舟のよこたはれるありて、こゝにも人を見ざりき。
月の光にかげくらき、もりの繁みをとほして、かすかに燈のひかり見ゆるは、げにりし庵室と覺しく、隣家とても有らざれば、げきとして死せるが如き夜陰の靜けさに、振鈴しんれいひゞきさやかに聞ゆるは
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
其戸をうかがへばげきとして其れ人し、三歳覿えず、凶なりといふやうになつてしまふ。
震は亨る (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
賈慎庵は何でも乾隆けんりゆうの末の老諸生の一人だつたと云ふことである。それが或夜の夢の中に大きい役所らしい家の前へ行つた。家は重門ことごとおほひ、げきとしてどこにも人かげは見えない。
鴉片 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
私の隣りの空ベッドのあたりが余計げきとして来た、私はキリギリス籠を思わせるベッド蚊帳におさまって、それでも病躯にちがいないまだ異和のある身を、眠りのなかに忘れて行った。
草藪 (新字新仮名) / 鷹野つぎ(著)
四隣げきとして物音がない。草庵の隅に据ゑてある小さい桶の中へ、いつものやうに点滴が落ちてゐる。外は霧が籠めて真つ闇になつてゐて雪も見えない。墓穴の中のやうな静けさである。
寢る前の平生いつもの癖で、竹山は窓を開けて、煖爐ストーブの火氣に鬱した室内の空氣を入代へて居た。げきとした夜半の街々、片割月が雪を殊更寒く見せて、波の音が遠い處でゴウゴウと鳴つて居る。
病院の窓 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
観覧車も今はげきとして鉄骨のペンキも剥げて赤鏽あかさびが吹き、土台のたたきは破れこぼちてコンクリートの砂利がみ出している。殺風景と云うよりはただ何となくそぞろに荒れ果てた景色である。
障子の落書 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
これに対して、醤の陣営は、げきとして、しずまりかえっていた。
げきとして二人をつつむこの天地と一つになつた。
智恵子抄 (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)
げきたる堂上とほりよく
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
またもと境内けいだいの中央に立ちて、もの淋しくみまわしぬ。山の奥にも響くべくすさまじき音して堂の扉をとざす音しつ、げきとしてものも聞えずなりぬ。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
たちまち鳥の奇声を聞く。再びげきとして声無し。熱帯の白昼、却つて妖気あり。佇立ちょりつ久しうして覚えず肌に粟を生ず。その故を知らず」云々うんぬん
「まだ夜は深い。明けるには間もあり、城外の敵も、げきとしてひそまりおれば、充分にお過ごしなされ。——お心おきなく」
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しばらくげきとして声はなく、ただかやの風になびく音のみがサヤサヤと私の耳についていたが、途端に嗚咽おえつの音が洩れて
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
一座げきとして声なく、ただ聞えるものは、白骨が打ち合うようなカラカラと鳴る玉の音ばかり。
旅人のかへり行くあとを見送りて、ついまつの赤き光さへ見えずなりぬる時、あたりはげきとして物音絶えたり。この遺址ゐしのうちには、耶蘇教徒が立てたる木卓あまたあり。
外には沒落の嵐吹きさみて、散り行く人の忙しきに、一境げきとして聲なき墓門の靜けさ、鏘々として響くは松韵、戞々かつ/\として鳴るは聯珠、世の哀れに感じてや、鳥の歌さへいと低し。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
博士はげきとして、化石になりきっていた。
軍用鮫 (新字新仮名) / 海野十三(著)
滿天滿地、げきとして脈搏つ程の響もない。
葬列 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
かどを叩けばしもべ出で迎へて、あるじはおん身來まさば、案内あないすることをもちゐざれと宣給のたまひぬといふ。そのさま吾が至るをしたるに似たり。廣間にはとばりおろして、げきとして物音を聞かず。
夜は深沈と更けわたり、四辺げきとして、聞こゆるものは松吹く風の音ばかり。
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
相変らずげきとした深夜の廊下に、電灯のみが煌々と輝いているのを見ると、私は忍び込んだ男が、窓を破って二階から下へ飛び降りる以外にはどこからも逃げ出す口のないのを見定めておいて
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)