蓬々ほうほう)” の例文
く沈んだ憂えを帯んだ額に八の字を寄せて、よもぎのように蓬々ほうほうとした半白の頭を両手でむしるようにもだえることもあるかと思えば
(新字新仮名) / 小川未明(著)
無茶先生は昨日きのうの通り頭や髭を蓬々ほうほうとして裸で居りましたが、豚吉夫婦が生きた馬と豚を持って来たのを見ると腹を抱えて笑いました。
豚吉とヒョロ子 (新字新仮名) / 夢野久作三鳥山人(著)
立換たちかわってにぎやかなあかるい中に、榎のこずえ蓬々ほうほうとしてもの寂しく、風が渡る根際に、何者かこれ店を拡げて、薄暗く控えた商人あきんどあり。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そしてはるかに遠く武蔵一国が我が脚下あしもとに開けているのを見ながら、蓬々ほうほうと吹くそらの風が頬被ほおかぶりした手拭に当るのを味った時は、おどあがり躍り上って悦んだ。
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
それはその花がんで実になると、それが茎頂けいちょうに集合し白く蓬々ほうほうとしていて、あたかもおきな白頭はくとうに似ているから、それでオキナグサとそう呼ぶのである。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
で、夢見心地でこの広々とした原っぱを通り過ぎると、間もなく物凄いすすきの大波が蓬々ほうほうしげった真に芝居の難所めいた古寺のある荒野に踏み入る筈だ。
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
蓬々ほうほうとした太い眉毛、魚の形をした夢見るような眼、決してけわしくない高い鼻、軽く開いても強く結んでも、愛嬌のあふれる小型の口、これが顔の道具であった。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そして燈火ともしびに向って、篠崎の塾から借りて来た本を読んでいるうちに、半夜はんや人定まったころ、燈火で尻をあぶられた徳利の口から、蓬々ほうほうとして蒸気が立ちのぼって来る。
安井夫人 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
蓬々ほうほうの広い廃園を眺めながら、私は離れの一室に坐って、めっきり笑を失っていた。私は、再び死ぬつもりでいた。きざと言えば、きざである。いい気なものであった。
夏期に韃靼を旅行する人は、おそらく、広大なステップが無人のままにあり、そしてそれを消費する家畜がいないので牧草が蓬々ほうほうと荒れるに委されているのを見るであろう。
そして青萱あおかや蓬々ほうほうと足に絡まる墓場の中を、跫音を忍ばせて近づいて行った私は、つい二、三間先のその辺でも殊に大きな墓の前に三人の男女がたたずんでいるのを見たのであった。
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
いまは、高山生活一か月にまっ黒に雪焼けをし、蓬々ほうほうと伸びたひげを嶽風がはらっている。
人外魔境:10 地軸二万哩 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
すすき蓬々ほうほうたるあれば萩の道に溢れんとする、さては芙蓉ふようの白き紅なる、紫苑しおん女郎花おみなえし藤袴ふじばかま釣鐘花つりがねばな、虎の尾、鶏頭、鳳仙花ほうせんか水引みずひきの花さま/″\に咲き乱れて、みちその間に通じ
半日ある記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
夏は紅白の蓮の花が咲いた。土手には草が蓬々ほうほうと茂っていた。が、濠端を通る人影はまばらだった。日影のすくない、白ちゃけた道が、森閑しんかんとして寂しく光った。葭簀張よしずばりの店もなかった。
四谷、赤坂 (新字新仮名) / 宮島資夫(著)
山はまだ上の方へのびて、枯草が蓬々ほうほうとしてゐますが、岩はこれでおしまひでした。その一ばんはしの岩の上へのぼつて、お父さんと一しよに、おにぎりをたべ、水筒の水をのみました。
八の字山 (新字旧仮名) / 土田耕平(著)
蓬々ほうほうとした髪の毛の白くなったさまは灰か砂でも浴びたようにじじむさく、以前ぱっちりしていただけ、落窪おちくぼんだ眼は薄気味のわるいほどぎょろりとして、何か物でも見詰めるように輝いている。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
上甲板の欄干にりて秋天一碧しうてんいつぺきのあなた、遠く日本海の西の波に沈まむとする落日を眺めつゝ、悵然ちやうぜんたる愁懐を蓬々ほうほう一陣の天風に吹かせ、飄々何所似へうへうなんのにたるところ天地一沙鴎てんちいちさおうと杜甫が句を誦し且つ誦したる時
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
蓬々ほうほうとして始まり、号々として怒り、奔騰狂転せる風は、沛然はいぜんとして至り、澎然ほうぜんとしてそそぎ、猛打乱撃するの雨とともなって、乾坤けんこん震撼しんかんし、樹石じゅせき動盪どうとうしぬ。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
老婆も私とさし向いに坐ったが、瘠せ枯れた白い手で襟元を直して、蓬々ほうほう逆立さかだった髪毛かみを撫で上げた。
空を飛ぶパラソル (新字新仮名) / 夢野久作(著)
この蓬々ほうほうとなっているのは、その実のいただきにある長い花柱かちゅう白毛はくもうが生じているからである。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
右門は五右衛門の強力ごうりきを心ひそかに嘆じながら、今は遁がれぬ必死の場合、両手を岩に打ち掛けて、金剛力は出しても、地の中深く喰い込んだ苔蓬々ほうほうたる孕石はらみいしは、身弛みゆるぎ一つすればこそ。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
写真機と手提袋を深い雨どいの中へ落し込んだ私は、手早く髪毛かみのけを解いて、長く蓬々ほうほうと垂らしました。
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
黄色い胡麻塩ごましお頭が蓬々ほうほうと乱れて、全身が死人のように生白く、ドンヨリと霞んだ青い瞳を二ツ見開いて、一本も歯の無い白茶気た口を、サモ嬉しそうにダラリといている。
空を飛ぶパラソル (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ひげ蓬々ほうほうとして顔色憔悴しょうすいしていたが、事件発生後一週間目に当る去る三十一日夜、何処いずこよりか一通の女文字の手紙が同氏宛配達されて以来、何故なにゆえか精神に異状を来たしたものらしく
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
……蓬々ほうほうと延びた髪の毛……無性ヒゲ……ボロボロの浴衣ゆかた……結び目をブラ下げた縄の帯……せ枯れた腕……灰色のホコリにまみれた素跣足すはだし……そんなものの黒い影が、一寸法師のように
童貞 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
頭は蓬々ほうほうと渦巻き縮れて、火を付けたら燃え上りそうである。
笑う唖女 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
白粉おしろいの残った顔を撫でまわしながら蓬々ほうほうたる頭をもたげた。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)