荒寥こうりょう)” の例文
それは本土との交通がほとんどなく、少数の貧しい漁夫たちが、所々の寂しい山蔭やまかげに住んでるような、暗く荒寥こうりょうとした島嶼とうしょであった。
この道を奥の方へと荷馬車の通うのにも出逢であったが、人里がありそうにも思えない荒寥こうりょうたる感じで、陰鬱いんうつな樹木の姿も粗野であった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そして荒寥こうりょうたる土地のうえに落ちて来る暗澹たる夜の淋しさをひしひしと感じて、胸をめられるような思いがするのだった。
初雪 (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
その後では万象寂ばんしょうせきとして声なく、ひっそり静まりかえって呼べども答えぬ水面は、ひときわ怖ろしく、ひときわ荒寥こうりょうたるものになってしまう。
その荒寥こうりょうとした眺めのなかの柱の周囲をかもめの群が、大きな翼で自分の体をたたきながら、低く、高く、群れとんでいる。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
ところが——この一座に江戸ッ子が一人もいない、一座が荒寥こうりょうとして、悲哀を感じたのはこの時のことでありました。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
また、セント・ヘレナの島に幽閉ゆうへいされた英雄えいゆうが、荒寥こうりょうたる岩頭に立って、胸に雄志をいだきながら大海原おおうなばらをながめやっている姿を見たこともあるのです。
荒寥こうりょうとしていたのは、西南戦争当時の薩摩の人心の情勢が今もなおほのかに残っている気がして、興味を感じた。
田原坂合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
目もはるかな荒寥こうりょうたる曠野の土は、ひろびろと窮りない天空の下に、開拓、建設の鍬が、勇ましく雄々しく振われることを待っているように感じられた。
日は輝けり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
一首の意は、潮煙の立つ荒寥こうりょうたるこの磯に、亡くなった妻の形見と思って来た、というのだが、句々緊張して然かも情景ともに哀感の切なるものがある。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
ただしろ荒寥こうりょうとした鉛色なまりいろひかこおり波濤はとう起伏きふくしていて昼夜ちゅうや区別くべつなく、春夏秋冬はるなつあきふゆなく、ひっきりなしに暴風ぼうふういている光景こうけいかぶのでした。
台風の子 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「地大根」と称えるは、堅く、短く、かぶを見るようで、荒寥こうりょうとした土地でなければ産しないような野菜である。お雪はそれを白い「練馬ねりま」に交ぜて買った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
これ以上に痛ましくも荒寥こうりょうとした展望パノラマは、どんな人間の想像でも決して思い浮べることができない。
荒寥こうりょうとした高原の、はてしない崖縁を、僕らは、どこへ行くとも知らず、とぼとぼと歩いていた。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
再び得難い天然を破壊し、失い易き歴史のあとを一掃して、其結果に得る所は何であろう乎。殺風景なる境と人と、荒寥こうりょうたる趣味の燃えくずを残すに過ぎないのではあるまい乎。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
かれが心のはげしき戦いは昨夜にて終わり、今は荒寥こうりょうたる戦後の野にも等しく、悲風惨雨さんうならび至り、力なく光なく望みなし。身もたまも疲れに疲れて、いつか夢現ゆめうつつの境に入りぬ。
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
空には雲の影さえなく、満月に近い月が寒々と輝き、前面の山々に異様なくまを作っている。あたりは溢れるような虫の声、遙かに谷川のせせらぎの音、荒寥こうりょうたる秋の夜景である。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
平生ふだん人気ひとけまれ荒寥こうりょうとした野天に差し掛けの店が出来ているので、前の日の夜の十二時頃から熊手を籠長持かごながもちに入れて出掛けるのですが、量高かさだかのものだから、サシでかつがなければなりません。
この荒寥こうりょうたる大都会の夜景の中を、全人類を代表して自然の暴力に抵抗しようとしている人のように、吹雪を真正面に受けて、新橋から須田町の方角へ向かって歩いてゆく一点の人影があった。
犠牲者 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
夜寒よさむしろに焼尽して、塚のしるしの小松もあらず……荒寥こうりょうとして砂に人なき光景ありさまは、祭礼まつりに地震して、土の下に埋れた町の、壁の肉も、柱の血も、そのまま一落の白髑髏しゃれこうべと化し果てたる趣あり。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
時刻も彼と同様、陰鬱いんうつだった。はるか下のほうには、タッパン・ジーの水が暗く、ぼんやり、荒寥こうりょうとひろがり、陸のかげにしずかにいかりをおろしている帆かけ舟の高い帆柱があちらこちらに見えていた。
前に評釈した「飛弾山ひだやま質屋しちやとざしぬ夜半よわの冬」と同想であり、荒寥こうりょうとした寂しさの中に、或る人恋しさの郷愁を感じさせる俳句である。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
春の花園のように、光と愛と美しさとに、ちていた美奈子の心は、あらしのために、吹き荒されて、跡には荒寥こうりょうたる暗黒と悲哀の外は、何も残っていなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
さすがに門の外は、荒寥こうりょうたる自然の山科谷だけれど、門の中には相当に手入れをした形跡はある。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
このあたりを取り巻いているものは、ひろびろとした荒寥こうりょうたる環境かんきょうばかりでした。からびた褐色かっしょくのヒースと、うす黒くげた芝草しばくさが、白い砂洲さすのあいだに見えるだけでした。
彼が探していた質実な生活は彼の周囲まわりに在った。ず彼は眼を開いて、この荒寥こうりょうとした山の上をながめようとした。そして、その中にある種々いろいろな物の意味を自分に学ぼうとしていた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
人気も無い荒寥こうりょうを極めた山坡に、見る眼も染むばかり濃碧のうへきの其花が、今を盛りに咲き誇ったり、やゝ老いてむらさきがかったり、まだつぼんだり、何万何千数え切れぬ其花が汽車を迎えては送り
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
はたけの中にある田舎の家。外には木枯しが吹き渡り、家の周囲には、荒寥こうりょうとした畦道あぜみちが続いている。寂しい、孤独の中にふるえる人生の姿である。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
日が荒寥こうりょうたる硫黄ヶ岳のかなたに落ち、唐竹の林に風が騒ぎ、名も知れない海鳥が鳴くときなど、灯もない小屋の中にうずくまっている俊寛に、身を裂くような寂しさが襲ってくる。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
彼等は新しい大陸に足を立てゝ居る。彼等の過去は、彼船と共に夢と消ゆる共、彼等の現在は荒寥こうりょうであるとも、彼等は洋々ようようたる未来を代表して居る。彼等は新世界のアダム、イヴである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
暴風雨の朝、はたけ作物さくもつも吹き荒され、万目まんもく荒寥こうりょうとして枯れた中に、ひとり唐辛子の実だけが赤々として、昨日に変らず色づいているのである。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
あの満目荒寥こうりょうたる無人の曠野こうやを、汽車で幾日も幾日も走った後、漸く停車した沿線の一小駅が、世にもにぎわしく繁華な都会に見えるということだった。
猫町:散文詩風な小説 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)