自家じか)” の例文
「いや、話してくれないでも好い。いやだと云うものに無理に貰ってもらいたくはない。しかし本人が来て自家じかに訳を話すが好い」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
職業が新聞記者で始終しじゅう自家じかの説ばかり主張しているから、ひとの言うことが容易に耳に入らないのだろう。但しイヨイヨ逃げ切れなくなれば
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
このごろ世間に、皇学・漢学・洋学などいい、おのおの自家じかの学流をたてて、たがいに相誹謗ひぼうするよし。もってのほかの事なり。
中津留別の書 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
勿論他人の芸術がわからずとも、トルストイのやうな堂々たる自家じかの芸術を持つてゐれば、毛頭まうとう差支さしつかへはなきやうなり。
雑筆 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
綾之助は芸にも自家じかけんを立てているように、子女の教育の上にも一家の見識を持っている。娘たちの長所短所を見分けて、学ぶところを選ませている。
竹本綾之助 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「それは普通ふつう無智むちおんなたいしてのことさ。IならS、Hくんでもきつとおとなしくするよ。」わたし自家じかけん遜の意味いみつたが、いくらかの皮肉ひにくもないとはへなかつた。
微笑の渦 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
病院びやうゐんなどにはひるものは、みんな病人びやうにん百姓共ひやくしやうどもだから、其位そのくらゐ不自由ふじいうなんでもいことである、自家じかにゐたならば、猶更なほさら不自由ふじいうねばなるまいとか、地方自治體ちはうじちたい補助ほじよもなくて
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
其後故人も彼も前後に新聞社を出て、おの/\自家じかの路を歩み、顔を見ること稀に、消息を聞かぬ日多く打過ぎた。然し彼は一度故人と真剣の話をしたいと久しく思うて居た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
この機会きかいに乗じてみずから自家じかふところやさんとはかりたるものも少なからず。
骨董こっとうとしてこれを好むものがもてあそんでいればよいものだと称して、人に意見をきかれても笑って答えず、同僚の教授連とも深くはまじわらず、唯自家じかの好む所に従って専ら老荘ろうそうの学を研究し
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
事件のあった日のあかつき、彼は自家じか売品ばいひんたるフィルムを一本と現像液を準備して、それに店にあった小形撮影機を一台と、パンや蜜柑みかんなどの食料品、束髪の西洋鬘せいようかつらなどを一緒に風呂敷に包み
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
外人ぐわいじん地震説ぢしんせつは一けんはなは適切てきせつであるがごとくであるが、えうするにそは、今日こんにち世態せたいをもつて、いにしへの世態せたいりつせんとするもので、いはゆる自家じかちからもつ自家じか強壓けうあつするものであるとおもふ。
日本建築の発達と地震 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
この詩を瞥見べっけんすれば、抽斎はその貧に安んじて、自家じか材能さいのうを父祖伝来の医業の上に施していたかとも思われよう。しかし私は抽斎の不平が二十八字の底に隠されてあるのを見ずにはいられない。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
県会議員や郷先生ごうせんせいをする傍、殖産興業の率先をすると謂って、むすめを製糸場の模範工女にしたり、自家じかでも養蚕ようさん製糸せいしをやったり、桑苗販売そうびょうはんばいなどをやって、いつも損ばかりして居た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
病院びょういんなどにはいるものは、みんな病人びょうにん百姓共ひゃくしょうどもだから、そのくらい不自由ふじゆうなんでもいことである、自家じかにいたならば、なおさら不自由ふじゆうをせねばなるまいとか、地方自治体ちほうじちたい補助ほじょもなくて
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
今日こんにちまで經過けいくわからして、すべての創口きずぐち癒合ゆがふするものは時日じじつであるといふ格言かくげんを、かれ自家じか經驗けいけんからして、ふかむねきざけてゐた。それが一昨日をとゝひばんにすつかりくづれたのである。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
この軽薄な、作者を自家じかの職人だと心得ている男の口から、呼びすてにされてまでも、原稿を書いてやる必要がどこにある?——かんのたかぶった時々には、こう思って腹を立てたことも、まれではない。
戯作三昧 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
小林の語気は、貧民の弁護というよりもむしろ自家じかの弁護らしく聞こえた。しかしむやみに取り合ってこっちの体面をきずつけられては困るという用心が頭に働くので、津田はわざと議論を避けていた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)