脂下やにさが)” の例文
緑雨は恐らく最後のシャレの吐きえをしたのを満足して、眼と唇辺くちもとに会心の“Sneer”をうかべて苔下にニヤリと脂下やにさがったろう。
斎藤緑雨 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
無事是貴人ぶじこれきにんとかとなえて、懐手ふところでをして座布団ざぶとんから腐れかかった尻を離さざるをもって旦那の名誉と脂下やにさがって暮したのは覚えているはずだ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
二人は恐る恐る霊公の顔色をうかがった。二人の見出したものは、底意の無さそうな、唯淫らな、脂下やにさがった笑い顔である。二人はホッと胸を撫下なでおろした。
妖氛録 (新字新仮名) / 中島敦(著)
外神田一番の味噌屋だから、越後屋の聟になれば人に後ろ指は差させない——などと良い心持さうに脂下やにさがつて居たと苦々しく話してくれるのでした。
七兵衛もあきがおです。すばしっこいのは今にはじめぬことだが、かくまで澄まし返って、脂下やにさがっていられるとしゃくです。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「為さあも、油屋の帳場に脂下やにさがっているそうだで、まア当分東京へも出て来まい。」小父は笑いながら話した。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
こうしてああしてこうして、と独りほくほくうなずきて、帳場に坐りて脂下やにさがり、婦人をうかがう曲者などの、万一もしきたることもやあらむと、内外に心を配りいる。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、大井も角帽をかぶったなり、ちょいとあごでこの挨拶に答えながら、妙に脂下やにさがった、傲岸ごうがんな調子で
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
私は内心大いに嬉しいのを我慢して、ニヤニヤしながら脂下やにさがつてゐると、思ひなしかその女中は私の根切笹の紋を珍しさうに見てゐるやうなので、これには私も気が揉めたことであつた。
青春物語:02 青春物語 (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「ふた流この石川に合し、つひに大に山門に脂下やにさがる」といふ句は妙なり。
両座の「山門」評 (新字旧仮名) / 三木竹二(著)
いやになってしまうな。分り切ったことを訊いて脂下やにさがっている」
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
パクリ/\脂下やにさがりに呑んで居る。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「そウら見さっしゃい、印象派の表現派のとゴテ付いてるが、ゴークやセザンヌはっくに俺がやってる哩」とでも脂下やにさがってるだろう。
脂下やにさがりの煙管きせる日向ひなたぼっこ、植木の世話と、ぬるい茶と、時々は縁側の柱にもたれて天文を案じながら、平次はこんな途方もないことを言うのです。
銭形平次捕物控:245 春宵 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
市五郎はれ気味で独言ひとりごとを言っているにかかわらず、自分は長火鉢の前へ御輿みこしを据えて、悠々と脂下やにさがっていました。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
カーネーション、フリージヤの陰へ、ひしゃげた煙管きせるを出してけようとしていたが、火燧マッチをパッとさし寄せられると、かかる騎士に対して、脂下やにさがる次第にはかない。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「何のことだか田舎者には分るめえ」と脂下やにさがつてゐたところ、豈図らんや文藝部委員の一人がその詩の批評をし、べつたら市の解説までしたので、「一高にも少しは江戸ツ児がゐるんだな」と思つて
青春物語:02 青春物語 (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
自分の手柄に脂下やにさがる萬七に案内されて、兎も角も、引取手もなく、むしろを掛けたまゝにしてある二人の死骸を見ました。
お角よりも少しおくれてやって来た一人の男が、お角と並んだところに席をとり、そうして、いやにニヤニヤと脂下やにさがりながら、高座の講釈師のかおをながめていることです。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
とかく世間を茶にして浮世うきよぶん五厘と脂下やにさがるテンと面白笑止おかしき道楽三昧ざんまいに堕したからである。
砥石といしを前に控えたはいが、怠惰なまけが通りものの、真鍮しんちゅう煙管きせる脂下やにさがりにくわえて、けろりと往来をながめている、つい目と鼻なる敷居際につかつかと入ったのは、くだんの若い者、すてどんなり。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
原田ばかりは嫌に脂下やにさがってスパ/\やって居る。
The Affair of Two Watches (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
眺めて脂下やにさがるほどの人間には出來てゐねえが、續け樣に來た二本の手紙に、腑に落ちないことがあるのだよ。腹の減つたついでに、その曲りくねつた梅の老木を
緑雨は定めしこけの下でニヤリニヤリと脂下やにさがってるだろう。だが、江戸の作者の伝統を引いた最後の一人たる緑雨の作は過渡期の驕児きょうじの不遇の悶えとして存在の理由がある。
斎藤緑雨 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
その絵の先生というのがしゃくにさわるじゃないか、ぬけぬけと二階に納まって、女共にちやほやされながら、脂下やにさがっている、色のなまちろい奴、胸が悪くならあ——とがんりきは
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
あわせの上に白の筒袖、仕事着の若いもの。かねてあつらえ剃刀かみそりを、あわせて届けに来たと見える。かんぬしが脂下やにさがったという体裁、しゃくの形の能代塗のしろぬりの箱を一個ひとつてのひらに据えて、ト上目づかいに差出した。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
通人氣取りで脂下やにさがつてゐる猅々のやうな小汚い野郎を縛りたいが、さうも行かないのが十手を預かる悲しさだ。
上手にこしらえるよりも上手に捨てるのが本当の色師だ、いい幸いでお譲りを受けて、持余もてあまものをおっつけられて、それで色男でそうろう脂下やにさがっているには、がんりきは、こう見えても少し年をとり過ぎた
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
平次は脂下やにさがりに噛んだ煙管をポンと叩くと、起き上がつてこのばうとした子分の顏を面白さうに眺めるのです。
そういうわけで、ニヤリニヤリと脂下やにさがる好人物としての入道には幾分の親しみもあるが、人をれしめない圧迫感もある。それに、ムク犬というものが、お松の命令と意志を分身のようによく守る。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
でも半歳足らずでいたちの道ぢやありませんか、何處へ行つたかと思ふと、河岸まで同じお幾のところで、脂下やにさがつて居たのもほんの二た月三月、近頃は素人衆がよくなつて
とがんりきに脂下やにさがられ、お蘭どの、眼尻が上ったり下ったりして
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
閉めきつた納戸の前に座布團を敷いて、少し脂下やにさがりに安煙草の輪を吹いて居ります。
がんりきの百からこう脂下やにさがられて、お蘭どのが今更のように
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
油障子を開けると三輪の萬七が、銀張りの煙管を脂下やにさがりに、ニヤリニヤリしてゐるのです。その後ろには萬七の子分のお神樂かぐらの清吉が、若い女を一人引据ゑて、肩肘かたひぢを張つてをります。
がんりきは長火鉢の前に脂下やにさがって
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
パイプを脂下やにさがりにくわえたままチェロを奏しているカサルスの写真を私はしばしば見受ける。あの好々爺こうこうや然とした自由な態度は、やがて美しい音楽の流るるがごとく生れ出る原因でもあろう。
女房に内證でお北を口説くどき落し、内々脂下やにさがつて居るところを、横合から浪人者本田劍之助に奪られ、内證事で表沙汰にもならず、さうかと言つて大金のかゝつた雇女を追ひ出す氣にもなれず
少し脂下やにさがりに銀煙管を噛んで、妙に含蓄がんちくの多い微笑を送ります。
「路地の足跡や、川の中の短刀は皆んなその浪人が見付けてくれました。見掛けによらない才智者で、うんとめてやると、——こいつは兵法へいはふの一つだから、何んでもないよ、なんて脂下やにさがつて居ましたが」
八五郎を出してやると、平次は又帳場に脂下やにさがります。
マドロスパイプを脂下やにさがりにくわえて居ります。
古銭の謎 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)