猜疑心さいぎしん)” の例文
これが、彼のいちばん不可いけないところだった。じぶんを持することあまりに高いために、すぐ人と争い猜疑心さいぎしんを燃やす癖がある。
人外魔境:03 天母峰 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
葉子は自分の愛子ぐらいの年ごろの時の自分の経験の一々が生き返ってその猜疑心さいぎしんをあおり立てるのに自分から苦しまねばならなかった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「一ノ関は猜疑心さいぎしんの強い人だ、仙台、江戸はもちろん、館にいても非常に用心がきびしい、まあ聞いてくれ」と十左が云った
チベット国民はほとんど巡査か探偵 のように猜疑心さいぎしんを起し外国人に対しては非常の注意を持って穿鑿せんさくするという有様である。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
で、続けて言いますがね、あなたはその猜疑心さいぎしんのために、鋭い機知を持ちながら、事物に対する健全な判断力までなくしてしまわれたのです。
血統というものは恐ろしいものである。酒飲みの子供は、たいてい酒飲みである。頼朝だって、ただ猜疑心さいぎしんの強い、攻略一ぽうの人ではなかった。
花吹雪 (新字新仮名) / 太宰治(著)
智者を用いるのに猜疑心さいぎしんがつよくて、そのために君の腹心となって身命をなげ出すという家臣がいないのです。
余が猜疑心さいぎしんはますます深くなり、余が継子根性ままここんじょうは日に日に増長し、ついには明け放しの門戸を閉鎖して我黄色な顔をいよいよ黄色にするのやむをえざるに至れり
自転車日記 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
嫉妬しっとから、猜疑心さいぎしんから、競争心から、好奇心から、等々。噂はかかるものでありながら噂として存在するに至ってはもはや情念的なものでなくて観念的なものである。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
ミンナが肺患になって、その病苦を忘れるために阿片あへんみ始め、次第に猜疑心さいぎしんは強くなっていた。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
彼はかれ自身で知らない間に、彼自身の心から永い間の猜疑心さいぎしんをとりのぞいていたのである。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
猜疑心さいぎしんは、成りあがり者の持前である。彼らは、献帝のそばにまで、密偵を立たせておいた。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それでいやしくも乗ずべき機会があらば、あるいは猜疑心さいぎしん、嫉妬心、もしくは人種的感情、宗教的感情とにより、我が国の勃興を妨げんとするものが起らないとは言えないのである。
〔憲政本党〕総理退任の辞 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
背負揚しよいあげのうちに、何等なんら秘密ひみつがあらうとはおもはぬ。が、もしつたら如何どうする?とさけんだのも、おそら猜疑心さいぎしんであらう。わたしはそれをかんずると同時どうじに、めう可厭いやした。
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
個人としても国民としても自ら悪意や猜疑心さいぎしんを以て暗雲を立て、東西の方角までも朦朧もうろうたらしむるに代え、善意と友情によりて碧空ひきくう一点の雲翳うんえいを止めざる所まで昇るを要する。
東西相触れて (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
ああした不具者見たいな男のことで、その方の猜疑心さいぎしんは人一倍発達しているだろうからね。
黒手組 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
余はその巨大なる外力の数値を何とかして得たいと思って努力したが、それは不成功に終った。その不成功の原因の一つは、わが国に対する妥当でない猜疑心さいぎしんによるものである。
地球発狂事件 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
敵愾てきがい的観念、外国の侮辱に対する猜疑心さいぎしん、その自国同胞の卑屈に反撥する慷慨心こうがいしん等は、実に彼が満身の熱血を沸騰点まで上衝じょうしょうせしめ、この熱血のる所さかのぼりて尊王の観念となり
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
吉見の父が少年二人を密訴みつそに出したので、門番も猜疑心さいぎしんを起さずに応対して、かへつて運びが好かつた。門番の聞き取つた所を、当番のものが中泉なかいづみに届ける。中泉が堀に申し上げる。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
露西亜から日本に送ったのであろうなどゝ評議区々まちまちなりしとう。当時クリミヤ戦争の当分ではあるし、元来がんらい英吉利イギリスと露西亜との間柄は犬と猿のようで、相互あいたがいに色々な猜疑心さいぎしんがある。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
猜疑心さいぎしんがつよくて、責任心は、まるでなかつた。薩長人や、浪人や、政争者流は、ワイロをおくつて、この一団を勝手放題に利用していた。その野望をとげる道具につかつていたわけである。
「君等は猜疑心さいぎしんの為めに自殺するのか」流石さすがに行徳もつひ赫怒かくどせり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
長い限りの無い悪夢にでも襲われたようにして起って来た恐怖——親戚しんせきや友人に対してさえおさえることの出来なかった猜疑心さいぎしん——眼に見えない迫害の力の前に恐れおののいた彼のたましい——夢のように急いで来た遠い波の上——知らない人の中へ行こうとのみした名のつけようの無い悲哀——何という恐ろしい眼に遭遇であったろう。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
なぜならば政府の内でも既に猜疑心さいぎしんを起して反対の傾向を持って居る者が沢山ある。現にこういう事をいうて居る人がある。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
彼はふいに直覚した——彼の猜疑心さいぎしんはポルフィーリイにたった一度接触しただけで、わずか一言二言かわしただけで、一、二度目を見合せただけで
あの猜疑心さいぎしん、あの執念、あの残虐、それらが悉く私の執拗しつようなる復讐心から生れたものだと知ったなら、私の読者達は恐らく、そこにこもる妖気に身震みぶるいを禁じ得なかったであろう。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
猜疑心さいぎしんは時代の通有性だった。又太郎の方でも特にいやな奴輩やつばらだとは考えもしない。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それ憶浮おもひうかべると同時どうじに、わたしむねにはめうな一しゆ好奇心かうきしんきてた。し、わたしつまたいして不満足ふまんぞくいだいてゐたとすれば、其不満足そのふまんぞくは、いましゆ猜疑心さいぎしんとなつたのであらう。わたし無論むろんつましんじてゐた。
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
ところがそのうちに私の猜疑心さいぎしんがまた起って来ました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それ故に彼はつねに猜疑心さいぎしんに苦しめられる。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
そうでなくても山間の人民で殊に猜疑心さいぎしんの深き国民でございますから、なおさら疑いを深からしめました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
平和のにせもの、偽の平和——と、まったく影をひそめてしまった庶民たちの猜疑心さいぎしんが、らんらんたる太陽一つを、空におきのこして、なおさら、この地上を、わびしいものにしていた。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自惚うぬぼれの強い私の猜疑心さいぎしんは、そんな途方とほうもないことまでも、想像するのであった。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)