気忙きぜわ)” の例文
旧字:氣忙
自分が今催促されて参入する気忙きぜわしさに、思慮分別のいとまも無く、よしよし、さらば此の石帯を貸さんほどにく疾く主人あるじかたにもて行け
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
建物はどちらを眺めても、赤煉瓦の三階か四階である。アスファルトの大道には、西洋人や支那人が気忙きぜわしそうに歩いている。
上海游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そんな秘密の願が、気忙きぜわしい顧客とくいまわりに歩いている時の彼女の心に、どうかすると、或異常な歓楽でも期待され得るように思い浮かんだりした。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
とにかく気忙きぜわしく苛々うろつきまはつたすゑには、夜がくるとガッカリして消えさうな様子で縮こまつたりしてゐる。
小さな部屋 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
「いいえ……別に……でも、お気忙きぜわしい……少しは旅籠に心をおちつかせ、おいでなされたらよろしいものを……」
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
と、がたがたと気忙きぜわしそうに障子しょうじを開ける音がした。主翁はびっくりして蒲団ふとんをはねけて起きあがろうとした。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
……待っていられては気忙きぜわしいから、帰りは帰りとして、自然、それまでにほかの客がなかったらお世話になろう。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
食うために戻ってきたのだろうか? どうしてみんなはあんなに気忙きぜわしいのか? 食わない男は働く必要はない。
ぎりりゅう、と骨を擦り合わせるように電車がきしる。犬が底の底から空腹を告げる。自動車の警笛が眠い頭を揺りましていく。気忙きぜわしくドアの開かれる音。
猟奇の街 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
こう言いながら、彼女は気忙きぜわしそうに婦人外套マンチリヤをまとい、帽子をかぶった。ドゥーネチカも身じたくをした。
まだ一日の間があるのに、もうすぐに迫っているような気忙きぜわしなさが、つぎつぎにその部屋へ運ばれてくる。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
家内の者は何かしら気忙きぜわしそうに、物言いも声を潜めるようになり相手をしてくれることもなくなった。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
それから長く休刊だった雑誌が運転しだすと急に気忙きぜわしさが加わった。雑誌社は何時いつ出かけて行っても、来訪者が詰めかけていたし、原稿は机上に山積していた。
火の唇 (新字新仮名) / 原民喜(著)
田舎でも四囲の山々が日々に紅に色づいて、そして散り落ちていった。私は何となく、気忙きぜわしくなった。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
藍子は窓枠に腰かけ、彼が兵児帯へこおびを前で結び、それをぐるりと後へ廻す、気忙きぜわしそうな様子を眺めた。
(新字新仮名) / 宮本百合子(著)
私は、そのときまで娘の成長せいちょうを、ほとんど意識の上においていなかった。その成長過程かていについても、いちいち考えてやることのできないような気忙きぜわしい生活である。
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
気忙きぜわしく出かけてしまって、置いてけぼりのわたしはいったい、どうなるんだよ、路用はいただいたが、これから、どこへ出向いて、どこで待っていてあげりゃいいのさ
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そんなわけであるから、一泊でもかなりに気忙きぜわしい。いわんや日帰りに於いてをやである。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼女は気忙きぜわしない片言をつぶやきながら、彼を不思議そうにながめた。彼は尋ねた。
ポッ/\/\/\という自動車にしては気忙きぜわしい物音に目を覚すと、家ではなくて宿屋の座敷だった。昨夜は皆の話を聞きながらお母さんに手紙を書いていたまゝ眠ってしまったのらしい。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
腹をそこねて臥っている牧師を案じて、お松は気忙きぜわしかった。近道をして家の前へ出てみると消燈して、窓は黒く寂しい。お松はドアを押した。みんな寝てしまったのかと思った。会堂で物音がした。
反逆 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
地上にはそれにつれて大きなまばらをなして日陰と日の照るところとが鬼ごっこでもしているように走り動いていた。せかせかする気忙きぜわしいような日であった。人の心も散漫と乱れて、落ちつかなかった。
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
何だかそれが洋一には、気忙きぜわしそうな気がして不快だった。と云ってまた下へりて行くのも、やはり気が進まなかった。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そうしてやっとそれを言出すことのできたのは、鶴さんが気忙きぜわしそうに旅行の支度を調えてからの昨夜ゆうべであった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
御内方おうちかたかもを一羽げて参ったのだが、何と、酒と鍋の物の支度をしてくださらぬか。明日あすとなっては気忙きぜわしないから、明後日あさっての門祝いをやってしまうのじゃ。
死んだ千鳥 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「どうも、小頭こがしらなんて、何十人という部下の先頭に立たねばなんなくて、どうも気忙きぜわしくて……」
或る部落の五つの話 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
そんなわけであるから、一泊でもかなりに気忙きぜわしい。いわんや日帰りに於てをやである。
温泉雑記 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
男の方は何か気忙きぜわしい心配があるらしい顔色、足どりの忙しさでよく分ります、してみると、多分、女の方は取上げ婆さんでございましょう……という返事、人をつけて見ると
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
結縁けちえんしょう。年をとると気忙きぜわしゅうて、片時もこうしてはおられぬわいの、はやくその美しいお姿を拝もうと思うての。それで、はい、お婆さん、えッちらえッちら出て来たのじゃ。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今も彼は十五、六人の、暇そうな見物に取り巻かれ、気忙きぜわしそうに喋舌っていた。
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いらだちも気忙きぜわしさもなかった。彼女は怠惰で、ぶらついたり寝坊したりするのが好きだった。幾時間も庭の中に寝そべっていた。夏の小川の上のはえのように、静寂の上に漂っていた。
と亀田さんは甚だ気忙きぜわしい人だった。
負けない男 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ですから泰さんは遅れ勝ちで、始終小走りに追いついては、さも気忙きぜわしそうに汗を拭いていましたが、その内にとうとうあきらめたのでしょう。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
盆が来ると、お島は顧客先とくいさきへの配りものやら、方々への支払やらで気忙きぜわしいその日その日を送っていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
千浪は、気忙きぜわしなく眼を配って、何も言わず、重蔵の袖を引いて砂利場の蔭へ身を隠した。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
万事があまりに気忙きぜわしくなったために、一つの狂言の噂が耳の底によく沁み込まない。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
気忙きぜわしそうで口早な痩せた男の訪問があり、玄関で押問答の上、二階へ連れて上ったのは……挿画さしえ何枚かの居催促、大人に取っては、地位転換、面目一新という、某省の辞令をうけて
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼は映画のタイトルを読むような気忙きぜわしさで、この三つのうちから、最も清楚せいそな感じの、最も高価な指環を選んだ。それは素晴らしく大きな青光りのダイヤと、黄金の薔薇の花束から出来ていた。
指と指環 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
捻釘がばかばかしく長いように思われ、いつまでたっても引き抜けそうになかった。そして同時に、冷たい汗が全身に流れるほどの気忙きぜわしないいらだちのうちに、幼時の思い出が一つ頭に浮かんだ。
気忙きぜわしく一喝したのは、博徒風の男であり
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そのあいだに神山は、彼女の手から受け取った果物の籠をそこへ残して、気忙きぜわしそうに茶の間を出て行った。果物の籠には青林檎あおりんごやバナナが綺麗きれいにつやつやと並んでいた。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
始終たすきがけの足袋跣たびはだしのままで、店頭みせさきに腰かけて、モクモクと気忙きぜわしそうに飯をッ込んでいた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
お米との立ち話で、良人おっとの万吉が大津の半斎はんさいの所へ立ち寄り、その足で江戸へ向ったと聞いたお吉は、わずかの消息にでも、ほっとした嬉しさを感じたが、渡舟の出るのに気忙きぜわしく
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「まあ待たぬかい、気忙きぜわしない。……のう又八、あれはが身に預けたであろうか」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
腕車の上と下とで、こんな話が気忙きぜわしそうに取り交された。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
で、わたしは気忙きぜわしい思いで、朝早く停留所へ行った。
蒼白い月 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
お増が新調のコートを脱ぎながら、気忙きぜわしく訊いた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)